ナイキが仕かけたウェブ3戦略:技術だけでは勝てない【コラム】

ナイキがウェブ3とメタバースの世界で動きを強めている。

アスレジャーの象徴的ブランドであるナイキは昨年(2021年)11月、オンラインゲームプラットフォームの「ロブロックス(Roblox)」で、バーチャル体験をお披露目した。

「ナイキランド(Nikeland)」と名付けられたこのスペースには、世界中から670万人が訪れ、訪問回数は延べ2160万回に達した。ヴァンズ(Vans)の訪問回数8200万回には及ばないが、ナイキのジョン・ドナホー(John Donahue)CEOは、同社のデジタル戦略の一環として「ポジティブな勢いとエネルギー」を広めるのには十分な成功だったと考えている。

ナイキは2021年12月、NFT(非代替性トークン)スタジオのRTFKTを買収し、ウェブ3の世界に飛び込んだ。この買収に続いて、一連のNFTコレクションを数カ月にわたってリリース。

コレクション第1弾は、2万個のスニーカーNFTのコレクション『Cryptokicks』で、そのうちの1つはアーティストの村上隆氏がデザインしたもの。販売価格は驚きの13万4000ドルであった。

ナイキはそれ以降、NFT保有者向けの独占ドロップや、フィジタル(フィジカルとデジタルを掛け合わせた言葉)アイテムのリリースなども行なっている。

数字で見る成功

ナイキのウェブ3での取り組みは、大いに効果を上げている。

データによれば、ナイキのNFTの売り上げは約1億8500万ドル。アディダス、グッチ、ドルチェ&ガッバーナ、ティファニーなどのブランドをしのいでいる。これらブランドのNFT売り上げは、すべて合わせてもナイキの売り上げの半分にも満たない。

しかし、ここには大きな脚注がつく。

ナイキはRTFKT買収の条件を公表しておらず、最新の収支報告でも、ウェブ3での取り組みの事業コストを明らかにしていない。様々な取り組みが金銭的に、どれほどの成功、あるいは失敗だったのか分からないのだ。ちなみにナイキの2022年の予測年間収益は、467億ドルである。

はっきりしていることが1つある。ナイキは新興のウェブ3の世界において、最も愛されるブランドの1つという立場を確実にしたのだ。

数字もそれを物語っている。RTFKTのディスコード(Discord)サーバーは現在、23万2000人弱のメンバーを抱えている。対照的にアディダスは、約5万7000人だ。ユガ・ラボ(Yuga Labs)が所有するクリプトパンク(CryptoPunks)やBored Apes Yacht Clubなどのウェブ3ネイティブのプロジェクトさえも、それぞれ7万1000人、17万2000人と、ナイキには及ばない。

カルチャーをめぐる競争

暗号資産(仮想通貨)関連のツイッター界では、ナイキのコミュニティ構築の巧みさを称賛する声が広まっている。しかし、コミュニティ構築のケーススタディを成功させているだけでなく、ナイキのウェブ3での取り組みは、新しい顧客層に働きかけ、競合の一足先をいくために新しいカルチャーを活用する完璧な見本なのだ。

ナイキの戦略においては長年、カルチャーが中核を成してきた。スポーツパフォーマンスの世界から手を広げたナイキは、スポーツ、音楽、ライフスタイル、アートの世界で、カルチャーの象徴的存在としての立ち位置を確保してきた。新しいウェブ3とメタバースの世界でも同じアプローチをとっていることは、驚きではない。

2019年の収支報告において、ネットフリックスの共同CEOリード・ヘイスティングス(Reed Hastings)氏は、的を得た指摘をした。「私たちは(米テレビ局の)HBOよりも、(オンラインゲームの)フォートナイトと競合し(そして負け)ている」と。そして、「私たちが他のアクティビティから、エンターテイメントの時間を勝ち取っていると考えている」と続けた。

ヘイスティングス氏の考えでは、競争はいわゆる「ストリーミング戦争」ではない。ディズニーが提供する番組オプションは確かにパワフルなものかもしれないが、真の戦いは、人々の関心をめぐるものだと、ヘイスティングス氏は理解していたのだ。そして人々の関心の多くは、ユーチューブと、フォートナイトなどの人気ゲームに向けられている。

ナイキも、ウェブ3とメタバースについて似たような気づきを持ったようだ。ナイキは単に、アディダスやアンダーアーマー、その他のアパレル大手と売り上げを競い合っているのではない。

新興のeスポーツブランドや新進気鋭のデジタルファッションブランドなど、その多くがZ世代やゲーマーたちの間で勢いをつけているブランドと、カルチャーの世界における重要性を競い合っているのだ。

フォートナイト級のメインストリームへの普及からはほど遠いが、デジタルファッションブランドやゲームメーカーは、インターネットカルチャーやデジタルエコノミー、ウェアラブルやコレクティブルの世界で、ニッチを見出してきた。メインストリームでの人気を活用して、実際のグッズの世界へと進出したブランドもあるほどだ。同じことは、先日40億ドルの推定評価額がついたウェブ3の大手ユガ・ラボにも言える。

人気eスポーツ組織のフェイズ・クラン(FaZe Clan)は2021年、5000万ドルの収益を見込んでいた。これは、2023年第1四半期に127億ドルの収益を見込むナイキと比べると見劣りするもので、ナイキとしてはこのままの状態を維持したいと考えている。

ネットフリックスがフォートナイトと競争しているのだと気づいた頃には、競争はすでに手がつけられないほどに過熱していた。ナイキは同じ間違いを犯すことは避けたかった。ナイキは競合が参入する前に、ウェブ3の基本的な構造の中に自らを埋め込んでしまったのだ。

これこそが、ナイキのウェブ3戦略の優れた点だ。ウェブ3を新しいテクノロジーとして見ている他の伝統的ブランドとは異なり、ナイキはそのテクノロジーが、はるかに大きな何かの側面の1つに過ぎないということを見抜いていた。それは、新しいカルチャームーブメントである。

ジェイク・ストット(Jake Stott)氏は、ウェブ3エージェンシー、ハイプ(Hype)の共同創業者兼CEO。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像: fireFX / Shutterstock.com
|原文:Nike’s Venture into Web3 Isn’t About Tech – It’s About Culture