暗号資産市場の未来、アジアでの展開が牽引する【オピニオン】

米中の緊張が高まるなか、政治の専門家は外交の行方に注目しているが、金融規制においては、静かな戦いが始まろうとしている。今のところは局地的だが、グローバル市場では、長く局地的なままでいられるものはない。その影響は、暗号資産市場をはるかに超え、現在の変わりゆく情勢下では、地政学的にかつてないほど大きな経済的影響力をもたらすかもしれない。

香港証券先物取引委員会(SFC)は先日、6月1日施行予定の暗号資産規制案を公表し、パブリックコメントの受け付けを開始した。この規制案には、暗号資産サービスプラットフォームのライセンス制度も含まれるが、これは当初、サービス提供は適格投資家のみのはずだった。

SFCは現在、個人投資家も含まれるべきか、どのような保護策を整備するべきかについて意見を募っている。さらに原則的には、最も流動性の高い一部のトークンのみを含むはずの「承認される」資産の範囲も議論の対象となっている。

ここまで読むと、規制の明確さと、暗号資産について市民から意見を求めようとする姿勢に関して、アメリカのはるか先を行く国の事例のように思える。しかしよく見ると、はるかに、それ以上のものが隠れている。東西における戦略の違い、個人投資家のパワーと動向を見ることの重要性を示す例でもある。

香港の暗号資産フレンドリーな提案

それほど昔のことではないが、香港は暗号資産企業を歓迎する姿勢をそれほど見せていなかった。とはいえ、あまり敵対的でもなく、中国の敵対姿勢の高まりとは対照的に、概して重要ではないと考えているようだった。

香港は2020年、すべての暗号資産プラットフォームを直接規制し、そのサービス対象を適確投資家のみに限る、新しいライセンス制度を導入する計画を発表。今回発表された規制案は、その時の計画を明確にしたものにとどまらず、その範囲を拡大し、個人投資家からの関心の高まりを考慮したものになっているようだ。

動きは、ライセンス制度だけにとどまらない。香港はさらに、個人や企業を対象にした教育プログラムを含め、暗号資産発展のために5000万香港ドル(約8億7000万ドル)の予算を確保。ポール・チャン財政長官は、暗号資産の活用を模索するために、政策担当者や業界関係者からなるタスクフォースを立ち上げると発表した。暗号資産サービス提供業者の監視だけにとどまらない、はるかに広範で長期的な政策のようだ。

これには、香港の経済成長の地盤を整えるという側面もある。香港経済は中国本土からの金融サービスや観光に大きく依存しているが、どちらも新型コロナウイルス対策の厳格なロックダウンで大きなダメージを受けた。

香港は先日、4期連続の四半期GDP減少を発表。ジョン・リー行政長官は、海外からの人材誘致を優先事項にすると述べた。香港を拠点にしていた暗号資産企業のほとんどは、2021年に中国が暗号資産の取引とマイニングを禁止したことで、事業の先行きが不透明になったことから、香港を去っていった。しかし今、いくつかの企業が香港に戻るための申請を行うと発表している。

さらにこれは香港と700万人の香港市民に限られた話でもない。香港はもちろん、中国本土と密接に関連している。中国本土と香港は「一国二制度」の原則のもとで統治され、香港の経済行政は中国本土のものとは切り離されている。しかし、近年の抗議行動によって、中国が実質的な支配権を持っていること、中国の承認なしには香港では何も起こらないことが世界に対して明らかになっている。

ここで興味深いのは、中国がどうやら、香港の暗号資産政策を承認していることだ。

中国当局が注視

ブルームバーグは先日、中国当局の関係者が香港の暗号資産関連イベントで目撃されたと報じた。秘密裏に訪れていたわけではないようだ。中国の中央銀行で通貨政策委員会の委員を務めていたファン・イピン(Huang Yiping)氏は1月、公の場で中国は暗号資産の禁止を見直すべきだと発言した。中央銀行を代表しての発言ではなかったが、当局の承認なしに、そのような発言が公でなされた可能性はきわめて低い。

だからと言って、中国が暗号資産市場をすぐに開放するわけではない。しかし、中国は自国の立場を軟化させ、最終的にはグローバルな暗号資産を自国経済に取り込むつもりで、香港の動きを注視しているのかもしれない。

中国の規模から考えると、これは一大事だ。中国に関しては小さな数字は存在せず、参加者となる可能性のある人たちの規模は市場を圧倒する。中国には2億1200万人の個人投資家がいるとされる。一方、アメリカの全人口は約3億3000万人。中国の個人投資家の多くは厳しいロックダウンの最中に経済の不透明感を理由に株式市場から撤退したが、先行きの改善にともない、パンデミック中に貯まった資産を使って、より高いリターンを求めているかもしれない。

さらに中国の個人投資家は、アメリカの個人投資家に比べてリスク回避の傾向がおおむね低い。一般的に安定した利回りよりも勢いを追い求めることを好む。だからこそ数年前には、暗号資産市場に対する熱狂が広まり、壊滅的な損失リスクがあまりに高まったために、政府が取引を禁止することになった。

しかし、中国における暗号資産取引は完全には無くなっていない。FTXの債権者の8%は中国本土に居住しており、ケンブリッジ大学が発表したビットコインマイニングについての最新リサーチによれば、中国にいるマイナーがグローバルなハッシュレートの約20%を占めている。

さらに中国は、積極的に量的緩和政策を実施している世界でも数少ない国の1つだ。中国人民銀行は2月、政策金利はそのままに、流動性注入を増やしたが、アナリストの見解では第2四半期には利下げの継続が見込まれている。また中国の銀行による新規ローンの数は、12月から1月の間に3倍以上に増加。量的緩和政策がリスク資産に対してどのような影響をもたらすかを思い出すために、それほど昔の記憶を掘り起こす必要はないだろう。

中国 vs アメリカ:2つの異なるスタイル

地政学的にも重要だ。中国が実際にドルの価値にダメージを与えずに、ドルの国際的役割を弱めたいと思っていることは明らかだ。そして中国はアメリカの資本市場が、国際貿易における重要な要素となっていることも理解している。

中国の金融規制当局はここ数年、中国市場に多くの海外投資家を呼び込もうとしたり、より多くのヘッジを可能にしたり、オンショア上場の要件を簡素化したり、人民元で決済される取引を促進するなど、中国市場の動きを活発化させることに取り組んでいる。

もちろん、暗号資産市場を許可することは、人民元からの流出を促すことにもつながり得る。中国当局にとって、避けたいことだろう。

しかし、暗号資産やそれがもたらすイノベーションが未来の金融市場の発展の鍵になるとしたら、中国は間違いなく、影響力を持ちたいはずだ。さらに中国は、アメリカでの暗号資産に対する規制の高まりを関心を持って見守っているだろう。アメリカが暗号資産市場を脅威とみなせば、それは中国にとっては検討に値する脅威となるかもしれない。

これは、2つの超経済大国の典型的な戦略的アプローチを象徴している。誰かが昔、2つの国で人気のボードゲームに国の哲学をなぞらえることを聞いたことがある。

アメリカではチェスが人気、敵のリーダーを倒すことで勝つゲームだ。一方、中国で人気の囲碁は、陣地を征服し、確保することで勝つ。中国の指導者たちは国際的金融市場を戦場と捉え、暗号資産を領土争いの駒と見ているかもしれない。暗号資産は弱体化させるべき敵ではなく、新しい世界秩序の戦略的柱、あるいは少なくとも世界の資本、人材、評判を集めるためのチャンスとなり得る。

アナリストは2023年現時点まで、暗号資産市場のパフォーマンスを動かす主な要因として、マクロ経済の要素に注目しており、進化するユースケースや技術的投機も回復を特徴づけるものとして見ている。

しかしより重要な要因が、グローバルな戦略の舞台でゆっくりと整いつつあるかもしれない。しかも、東洋の地政学の動きの中にあるようだ。

ノエル・アチェソン(Noelle Acheson)氏:CoinDeskとジェネシス・トレーディング(Genesis Trading)の元リサーチ責任者。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:The Future of Crypto Markets Will Be Driven by Developments in the East