欧米の投資家は日本、アジアのどこに、なぜ注目しているのか──日米を知る投資家に聞く

今年設立されたネオクラシック・キャピタル(Neoclassic Capital)は、Web3とデジタル資産に特化したベンチャーキャピタル。アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)の共同創業者マーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)氏、同じくゼネラルパートナーのクリス・ディクソン氏(Chris Dixon)などが支援する注目のVCだ。共同創業者のスティーブ・リー(Steve Lee)氏は、ゴールドマン・サックスの東京とシンガポールの資産管理部門を経て、2018年から暗号資産投資会社ブロックタワー・キャピタル(BlockTower Capital)の投資ディレクター兼アジア代表を務めた。韓国で生まれ、幼少期を日本で過ごし、アメリカ、シンガポールでの経験も持つ。東西の暗号資産市場と投資環境、さらにはカルチャーを知るリー氏に双方の現在の投資環境などを聞いた。

アジアと欧米をつなぐ

──ネオクラシック・キャピタルを設立した経緯は?

ゴールドマン・サックスで8年、ブロックタワー・キャピタルで5年、合計13年間投資を行い、自分の好きな投資の手法や原則、哲学が明確になった。今後、投資家として活動していくうえで、一度は自分が信じる原則、哲学を最大限生かして投資をしていきたいと考えた。もうひとつは、ネオクラシックを共同創業した信頼できるパートナーのマイケル・ブチェラ(Mike Bucella)氏と出会えたことも大きい。前職で彼は資金調達とビジネス計画を担当し、私は投資を担当していたが、人を見る目線、人と関係を結ぶときにどこを重視するか、どのようなコーポレートカルチャーを作りたいかが非常に似ている。この3つが合致し、自然と一緒に新しい投資会社を設立することになった。

──先日のブルームバーグの記事では、アジアと欧米の企業をつなぐと語っている。そのコンセプトも2人で一致したのか?

それが設立の3番目の理由だ。自分たちに何ができるかを考えたときに、マイケルはニューヨーク育ちの生粋のニューヨーカー、一方の私は韓国に12年、日本で10年、アメリカが14年、シンガポール4年と多様な経験がある。今、クリプト業界には優秀な人たちが大勢いる。しかし、クリプト/Web3はDay1からグローバルなはずなのに、まだアジアはアジア、欧米は欧米に留まっているように思う。双方をつなぐためには、ローカリゼーションをうまく行う必要がある。ただし、言語ができても、カルチャーが理解できなければ、うまくいかない。アジアのカルチャーを理解できるアメリカのVCとして双方の世界をカバーできるところが強みになると考えている。

──アメリカの投資家は今、アジアの市場をどう見ているのか?

まず1つ目は、日本や韓国をはじめ、アジアはクリプトのトレーディングが盛んだということ。少し前にビットコイン取引高の約70%がアジアという報道があった。

2つ目は大企業がWeb3に積極的。日本ではNTTドコモ、ソニーなど、韓国では、SKグループ、サムスンなどの財閥やネクソンなどのゲーム会社が力を入れている。これは明確なアジアの特徴だと思っている。

3つ目は、少し私の意見が入るが、Web2では欧米で基礎技術の開発が進み、アジアではそれを利用したアプリケーションが開発されたと言われている。Web3においても、アジアにはクリプトに馴染んでいるユーザーが多いので、今はまだインフラ中心の投資が多いが、これからさまざまなアプリケーションが登場し、ユースケースが生まれてくるときに、アジアはマーケットとして非常にポテンシャルが高い。特に日本、韓国が強いゲーム、IPエンターテイメントの分野は、ブロックチェーンのいろいろなユースケースの可能性の中でも、誰もが最も同意するユースケースになっており、この分野ではアジアが最先端を行く可能性が高いと考えている。

Web3ユーザーを期待できないアメリカ

ネオクラシック・キャピタルのWebサイト

──アメリカはビットコインETFで大きなお金が動いている。個人投資家は暗号資産にあまり積極的ではないのか?

確かにアメリカのクリプト市場は、今はビットコインETFに話題が集中している。だが問題は規制だ。SEC(証券取引委員会)はビットコインETFを承認したが、イーサリアムETFは先行きが不透明で、DeFi(分散型金融)への規制も強める動きを見せている。規制がアメリカ市場の最大のボトルネックで、個人投資家は暗号資産投資に手を出しにくい環境になっている。

一方、アジアは個人投資家の存在感が大きい。例えば、FX取引を行う個人投資家は「ミセス・ワタナベ」と呼ばれ、世界的にも知られている。韓国も株式市場における個人投資家の割合が大きい。金融に対する距離感が近く、暗号資産取引も盛んなのだと思う。資産形成において、日本は銀行預金が中心で、アメリカは株式投資が一般的と言われているが、クリプトに限るとアメリカの個人投資家の距離感はアジアに比べるとかなり遠い。加えて、アジアはテクノロジーのイノベーションにすごく敏感だ。

──アメリカは日本よりもWeb3企業が多く、ユースケース開発は盛んな印象があるが。

アメリカはタレントとキャピタル、アジアはユーザー、ヨーロッパとシンガポールはデベロッパーが強いと理解している。アメリカにはウォールストリートがあり、ビットコインETFなどを提供する大手金融機関が動きをドライブしている。またサンフランシスコやシリコンバレーでは、さまざまな人たちがブロックチェーンの基礎技術、つまりインフラ開発に取り組んでいる。

ただし、それを使うユーザーはアメリカにはいない。規制が不明確なので、アメリカでは何もできない。大手DeFiプロトコルには「アメリカでは使えない」と注釈がある。アメリカのユーザーは、VPNを使ってアクセスしているのが現状だ。アメリカのWeb3企業はサービスを開発しても、ユーザーは国外で探さないといけない。そのためアジアに今、非常に大きなポテンシャルを見ていて、マーケットとして狙っている。

──一方で日本は税制の問題など、まだハードルが多いと言われている。

グローバルから見ると、日本政府ほど積極的にWeb3関連の法整備に取り組んでいるところはない。DAO(分散型自律組織)の法整備、他社発行トークンの継続保有分を課税対象外にしたこと、投資会社によるトークン投資を可能にしたことなど、環境整備が進んでいる。振り返ると2017年におそらく世界で初めて暗号資産を金融商品として位置づけている。Web1の時代、つまり1990年代には日本は世界をリードしていたが、Web2時代には負けてしまった。だからWeb3でまた負けることはできないと政府は考えているのだろう。

また欧米では、アジアをひとまとめに見る人も多いが、日本、韓国、中国は全然違う。中国は政府主導、韓国は大手財閥、日本は大手企業、特に金融機関の影響力が大きいと見ている。日本の金融機関は今は株式市場が好調で収益も上がっているだろうが、これまで収益確保に苦しみ、新しい収益源を生み出す必要があった。

そうした状況の中で、STO(セキュリティ・トークン・オファリング)やRWA(リアル・ワールド・アセット)が登場し、例えば、ブロックチェーンを使って不動産をトークン化できるという話が出てきた。「分からないこともあるけど、やってみよう」という動きになったのだと思う。今、STの分野では日本が規制やいろいろな面で世界の最先端を走っていると思う。

アメリカから日本の起業家をあと押し

──投資先としての日本への期待は?

もちろん、非常に高い。今、ここに100ドルあるとしたら、70ドルはアプリケーション、30ドルはインフラに投資し、70ドルのうちの30ドルは金融サービス、残りの40ドルはコンシューマー向けサービスに投資したいと考えている。コンシューマー向けサービスでは、ゲーム、IP・エンターテイメント、ソーシャルに注目している。言うまでもなく、この領域では日本には宝石がたくさんある。課題は、宝石をうまく活かせるかどうかだが、先ほど述べた政府の後押しを含めて、日本には非常に期待している。

ただし、ネガティブな要因も残っている。起業家が少ないことだ。世界を舞台に活躍している人もいるが、後に続く起業家が生まれていない。もし、実力はあるのに、シャイでなかなか世界に打って出られない起業家がいるのだとしたら、我々が最後のひと押しをできるようにしたい。

──日本の起業家やスタートアップ企業に伝えたいことがあれば。

今、日本を出て、世界で活躍している人たちがグローバルで存在感を示せた一番の大きな理由は、わかりやすく言えば「イケイケ精神」だと思う。「まだ実力が足りない」と思っていても、チャレンジしてみないとわからないことは多い。自分で考えているよりも、もっとレベルを上げて考えることが必要で、ここが日本のもったいない部分だと思う。勇気を持って、特に若い人たちは失敗を恐れず、チャレンジしてほしい。

またネットワークの重要さも認識してほしい。日本のクリプト関係者はX(旧Twitter)のユーザーがとても多いイメージがあるが、LinkedIn(リンクトイン)なども活用して、グローバルに発信してほしい。自分の考えを発信することで、知らない人でもすぐにつながることができる。タイミングがあえば、業界の大物から返事がくるかもしれない。Web3の人たちはお互いに助け合っているし、特に日本のマーケットは先ほど言ったようにポテンシャルが高いので返事がくる可能性が高いし、実際、そう聞いている。また海外で開かれているカンファレンスにも積極的に参加してほしい。アジアからの参加者は多いが、残念ながら日本からの参加者は非常に少ない。

3つ目は、Web3の世界だけで完結するのではなく、Web2の人たち、別の言い方をすると、今、資金を持っている大人たちを巻き込み、一緒に作っていくことが大切だ。特に日本はWeb3に積極的な大企業が多いので、うまくネットワークを作って、自分たちがやっていることをアピールして、コラボレーションしてほしい。これは今の日本の強みだと思っている。

今年は、大手ゲーム会社が準備してきたWeb3ゲームが登場したり、ベアマーケットだった1年半の間にさまざまなディベロッパーが開発してきたアプリケーションが登場するサイクルだと見ている。その中で弊社は、日本市場に注目し、理解しながら、日本の優れたプロジェクトに投資するアメリカのファンドと注目してもらい、アメリカから日本の起業家をサポートし、グローバルな成長を支援していきたい。

|インタビュー・文:増田隆幸
|写真:小此木愛里