三菱UFJ、米アカマイが生む毎秒100万回決済ネットワーク、秒読み開始。CTOが明かす開発現場

あらゆるモノがインターネットに接続され、あらゆる情報が交換され、物やサービスは瞬時に売買されていく。IoT(モノのインターネット)が広く使われる社会では、膨大な数の少額決済を処理するネットワークが必要になる。

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と米アカマイ(Akamai Technologies)は、2社で開発したブロックチェーンを基盤とする“超高速”決済ネットワークの開発を急ピッチで進める。2020年の運用開始を目指して、共同開発の現場はその熱気を増しながら、いよいよ秒読み体制に入った。

2016年秋から東京・京橋にあるアカマイ日本法人の会議室では、週に2、3回のペースでビデオ会議が開かれている。会議室には三菱UFJの社員10人ほどが席につき、大きなスクリーンにはマサチューセッツ州ケンブリッジにあるアカマイの開発メンバーが映し出される。会議は長い時で4時間を超える。

アカマイ日本法人CTO・新村信氏。

アカマイ日本法人の最高技術責任者、新村信もビデオ会議に参加する一人だ。早稲田大学で暗号学(Cryptography)を学び、旧電電公社(NTTグループの前身)に就職。10年前にアカマイに転職した新村は、この4月で59歳を迎えた古き時代を知るCTOだ。

「(スタートするまで)あと一年を切るところで、本気モードで続けています。くたくたになりますよ」

新村は、その会議室でCoinDesk Japanの取材に応じた。

MUFGの狙い、アカマイの妥協

2015年夏、三菱UFJニコスはアカマイに、全てのクレジットカード会社が使えるオープンなネットワークをつくるよう依頼する。ただし、一回の取引手数料(トランザクションフィー)を極限まで安く、限りなくゼロ円に近づけ、一回のトランザクションを2秒という制約を守ったまま、1秒間に最低100万件を可能にする提案を求めた。

アカマイが出した提案をめぐり2社は議論を重ねる中で、三菱UFJニコスは「ブロックチェーンならできるのでは?アカマイならできるだろう」の一言で現在進めているネットワーク開発は生まれたと、新村は当時を語る。

アカマイは、本業のコンテンツ配信ネットワークにおいて永続的データを保有することはしない。しかし、三菱UFJニコスとのペイメントシステムをアカマイで運営することは、アカマイが顧客の唯一のデータ原本を永続的に取り扱う必要がある。

アカマイは「ブロックチェーンであれば永続的データを持つことはできる」という発想を受け入れるも、三菱UFJニコスに対してブロックチェーンのスケーラビリティの問題をぶつけた。三菱UFJニコスから返ってきた答えは「それを克服するのがアカマイではないのか」だった。

三菱UFJニコスのプロジェクトは現在、MUFG本体で本格的に進められている。

500円の取引にクレジットカードを使えば、店舗側は数十円の手数料が取られる。国内の無数の店舗にとっては死活問題であり、「少額決済のクレジットカード、お断り」という店の事情がよくわかる。しかし、この問題を解決しない限り、真の意味でのキャッシュレス化は起きないと、MUFGは考えてきた。

2016年の春、アカマイはMUFGに高速ブロックチェーンを基盤に実現できるラフなスケッチを披露すると、「それならいけるかもしれない」という返答と共に、共同開発は本格化した。

毎秒1000万件への拡張なぜ必要か?

写真:Shutterstock

MUFGとアカマイは2019年2月、合弁企業Global Open Networkを設立し、開発のペースをさらに速めていくと発表。MUFGのペイメント事業の専門性と、アカマイが世界中に配備したクラウド基盤にブロックチェーン技術を融合させる。

アカマイのプラットフォームに新型ブロックチェーンを採用すれば、世界最速の取引処理性能「毎秒100万件超の取引」が可能だとする検証結果を明らかにした。機能拡張により毎秒1000万件超も夢ではないという。

「毎秒100万件は、しばらくの間は十分なキャパシティだが、ペイメントはこれから人間が起こすものではなく、IoTが拡大していけば機械が起こすものになる。やがて毎秒1000万件のキャパが必要になってくる」と新村は説明する。

新村は進めている開発の技術的な詳細については「極秘だ」として説明を避けたが、こう加える。

「魔法はない。ブロックチェーンの原理原則に忠実に則って、コンピュータサイエンスをちゃんと勉強した人なら誰でも分かる手法だ。一つ一つの障害を、普通のコンピュータサイエンスの常識の手法で取り除いていく。それを丁寧にやっているだけ」

MUFGは、IoT時代の少額支払いや、シェアリングエコノミーにおける多様な決済に対応できる“オープンなプラットフォーム”をつくり上げると、2018年の発表の中で強調した。日本のキャッシュレス化を爆発的に進める起爆剤となる可能性は十分にある。

データセンターに頭を下げた創業者

アカマイは1998年、MIT(マサチューセッツ工科大学)で指導教官を務めていたトム・レイトン(Tom Leighton)と、その教え子でエルサレム育ちのダニエル・ルーウィン(Daniel Lewin)らによって設立された。始まりは小さなスタートアップだった。

トムとダニエルが当時インターネットの問題点を解決するためにつくりあげたアルゴリズムは、アカマイの事業基盤となり、今では時価総額120億ドル(約1兆3400億円)の大企業に化した。

この二人がインターネットの黎明期に遂げた快挙は、簡単に言ってしまえば、ウェブが混雑することを緩和させるためにコンテンツの分散配置アルゴリズムを作ったことだ。手間をかけずにコンテンツを配置し、メンテナンスの必要性を減らし、人気のあるコンテンツを滞りなく世界中で配信(サーブ)できるようにしたと、新村は説明する。

開発したアルゴリズムを証明するため、トムとダニエルは世界中のデータセンターに頭を下げて回り、自らのコンピュータを配置するという野心的な試みを始めた。今では世界に24万台を4000カ所に配置するアカマイだが、二人の創業者は当時、それをゼロから始めた。

9.11 同時多発テロ

2001年、創業者の一人、ダニエルの野望は突然打ち砕かれる。

アカマイのCTOを務めていたダニエルは9月11日、米国同時多発テロに巻き込まれて命を落とした。ニューヨークの世界貿易センタービルに突入したボストン発ロサンゼルス行きのAmerican Airlinesに搭乗していたことが、搭乗者名簿から確認されたのだ。当時31歳。妻と二人の息子がいた。

ダニエルの死からおよそ2年後、データセンターを練り歩き続け、自らのアイデアを検証してきたアカマイは、事業を成長フェーズに乗せる。創業者たちが世界に張り巡らせたコンピュータで、アカマイはインターネットの世界で自社のアルゴリズムが機能することを証明した。

「必ずウェブは社会のメインストリームになる」という信念と、「アカマイのアルゴリズムがなければウェブは成長しない」というもう一つの信念を信じて、事業を進めた結果、アカマイは現在、ネットワークインフラの背骨の一部を担っている。(敬称略)

インタビュー/構成/文:佐藤茂
編集:浦上早苗
写真:多田圭佑
取材協力:北原美和
(編集部より:19段落目を修正し、記事を更新しました)