米中対立に巻き込まれたビットコイン──ティール氏の“金融兵器”発言の真意【オピニオン】

ビットコインは複雑な政治問題に巻き込まれた。

ピーター・ティール(Peter Thiel)氏が4月7日にリチャード・ニクソン財団主催のイベントで行った発言は、ビットコインを地政学的ステージに押し出し、暗号資産がもたらす利益に潜在的な影響を与えるのみならず、投資家が注目すべき2つの重要なマクロ視点でのストーリーを浮き彫りにした。

「ビットコインは、アメリカに対する中国の金融兵器と考えるべきだろうと考えている。法定通貨を脅かすものであり、特に米ドルの脅威となる」(ピーター・ティール氏)

人生の多くのことでは「コンテキスト(文脈)」が重要になる。この発言はまさにそうだ。

表面的には、ティール氏はアメリカの規制当局に対して、ビットコインが米ドルの脅威となることを防ぐよう求めているかのように思える。だがそれは間違った解釈だろう。根底にある意図は最初に受ける印象よりも意味深長で、ビットコインを、そして究極的にはアメリカを支持するものだ。

ある人は、ティール氏は複雑な「4次元チェス」をしていると指摘した。私もそう思う。根底にある彼のメッセージは、ビットコインのみにとどまるものではなく、また、アメリカ政府に注意を促すことのみにとどまらない。

兵器としてのビットコイン

ティール氏が「なぜ」このように発言したのか考える前に、どういう意味を込めたのかを詳しく考えてみたい。

なぜビットコインは米ドルを脅かす可能性があるのか?

ティール氏は2013年という早い段階で「世界を変える」ビットコインの可能性について指摘している。ビットコインの基軸通貨としての性質をときに称賛してきた。

ティール氏は、ビットコインの安定的な供給と世界的な普及によって、いつの日か世界の基軸通貨である米ドルのライバルとなる可能性があり、それゆえに中国はビットコインをサポートし、実質的に「兵器化」していると考えていると示唆しているようだ。

彼は本当にそう信じているのだろうか?

自身のファンドによる投資を通じて、ティール氏は暗号資産(仮想通貨)業界における最高の知性とつながっている。彼自身も間違いなく、きわめて賢い人物だ。

彼はビットコインはベストな決済システムではないと認めており、米ドルは効率的な決済方法であるがゆえに、まさに強力な基軸通貨であることを確実に認識している。各国が米ドルを保有するのは、グローバルな商取引に欠かせないからだ。

中国のビットコインに対するスタンス

中国がドルにダメージを与えるためにビットコインを「兵器化」しているという点について、ティール氏は間違いなく、中国がどれほどの米ドルを保有しているかを理解している。米国債に対する中国の投資は2020年10月以降増加しており、今では約1兆1000億ドル(約120兆円)に達する。

さらに現在のマクロ経済状況において、ビットコインはおそらく、米ドルにダメージを与える可能性があるもののリストの中で、中央銀行の政策よりもランキングは低いだろう。

そしてティール氏はおそらく、中国がビットコインに対して必ずしも「フレンドリー」ではないことも知っている。

暗号資産取引所に対する長年の禁止措置に加え、中国は最近、内モンゴル自治区のビットコインマイニング施設を閉鎖した。中国が以前から資本逃避と戦っていることを考えると、ビットコインがなくなることを願っている可能性が高い。もし本当に米ドルを弱体化したいなら、人民元にダメージを与えない方法がすぐ近くにある。

ティール氏は、中国はビットコインを「兵器化」することによって米ドルの地位を弱めようとしていると述べたが、彼が本当にそう考えているとは思えない。では、なぜそう発言したのだろうか? 何が狙いだったのだろうか?

本当の問題

これらの疑問を掘り下げていくには、より深いコンテキスト(文脈)の理解が必要だ。

今回のイベントのテーマは、テクノロジーと国家安全保障だった。ティール氏の発言は中国のデジタル通貨計画についての質問に対する回答の中で行われたもので、議論はデジタル通貨が中国政府に国民をコントロールする力をもたらす可能性へと進んでいった。

議論はさらにAI、サプライチェーンなどにもおよび、すべてイデオロギー的影響力への鋭い懸念を含んでいた。ティール氏は中国政府を「あらゆる面で邪悪」とすら述べた。

ビットコインについてのティール氏の発言は、多くの人が指摘した通り、アメリカの規制当局をビットコインに真剣に向き合わせるための試みであった可能性が高い。同時に、中国によるアメリカの支配的地位への幅広い脅威についてのものでもあった。

最初の指摘はリスキーに思える。アメリカ政府がビットコインを脅威と認識すれば、ビットコインを禁止するかもしれないと多くの人は懸念している。

だが、私が以前指摘した通り、その可能性は低い。アメリカ政府はナイジェリアなどが暗号資産を制限したことで社会的混乱を引き起こしたことを認識している。加えて、ビットコインを禁止しようとする試みは、ビットコインが必要であることを示す最高の宣伝となり、国内への影響は中国のソフトパワー戦略を強化することになる。

ビットコイン規制に対する大きな関心は、暗号資産インフラへの投資を支え、業界全体により幅広い影響を与える可能性が高い。具体的には、機関投資家に暗号資産についてさらに安心感を与えることや、米証券取引委員会(SEC)によるビットコインETF(上場投資信託)承認の最後の障壁を取り除くことなどだ。

チェス vs 囲碁

より幅広いコンテキストに目を向けてみよう。

トランプ氏の選挙運動に巨額の寄付を行った、誰もが認める共和党支持者としてティール氏は、現バイデン政権よりもトランプ政権に近い立場にあった。ティール氏は新政権が中国に対して、融和政策を取るのではないかと懸念している。

こうしたほぼ国家主義的なトーンは、ケビン・オレアリー(Kevin O’Leary)氏が先月、CoinDesk TVで投資家は「中国コイン」は望まないと主張した時にも見られた。

さらに、2月に開催された中国の全国人民代表大会(全人代)では、国際ステージにおける中国のポジションを強化することに特に重点を置いた、次期5カ年計画が承認された。

以前の5カ年計画は、平和的な多国間的世界が中国に利益をもたらすとしていた。新たな5カ年計画は「覇権主義」の危険性を強調し、他国に依存しない活発な国内経済を基盤とした強力な経済成長を描いている。

反米的なレトリックと外交行動の高まりは、貿易問題のみならず、国際ステージにおける心理的な戦いの激化を示している。ソフトパワーの戦いは、中国が広く国外に展開している融資や投資に支えられており、長期にわたる影響力の戦いとなっているようだ。

先日、興味深い“たとえ話”を聞いた。アメリカは敵のキングを殺すために敵の駒を倒すゲームであるチェスを好む。中国はテリトリーをゆっくり、静かに占領していく囲碁を好む。

ティール氏は、中国はビットコインやブロックチェーン、AIなどの新しいテクノロジーにおいて、囲碁をプレイしていると述べているようだ。彼は実質的にはアメリカ政府に対して、何もしないことが助長しているテリトリー侵害に注意するよう求めている。

政府への願い

ティール氏の発言は、ゆっくり、わずかだが、現実的で意味のある反響を呼ぶだろう。

可能であれば、アメリカの規制当局はビットコインの利用とインフラの発展をサポートすることに、真のチャンスがあることを認識してほしい。今、社会に影響を与えているさまざまな新しいテクノロジーよりも、ビットコインは自由と選択というアメリカの価値観を表すものだと理解してほしい。

また、ビットコインは規制当局の取り組みにかかわらず繁栄するものであり、そのイノベーションを生かす方法を考えるべきことを理解してほしい。

皮肉が好きな人にとっては、今の新しい状況には楽しめる点が数多くある。

ビットコインは国境を超えて存在するために作られたのに、2つの大国間の激しい戦いの舞台に押し出されている。ビットコインが備えているイデオロギーは党派を超えて繁栄するはずなのに、政治的意図と結びつけられている。

分散化に基づいて設計されているのに、グローバリゼーションからナショナリズムへの移行ツールとして使われている。

重要なことは、ビットコインにはすべて関係ないということだ。ビットコインは人々が望むものになる。そして人々がどう考えようと、そのまま機能し続ける。少なくともティール氏もそのことを理解しているはずだ。

|翻訳:山口晶子
|編集:増田隆幸、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Crypto Long & Short: Peter Thiel Defines Bitcoin’s Accidental Role in Global Politics