ブロックチェーン技術は“死の谷”を越えられるか?──経産省が語る「教育・研究」への適用と課題

ブロックチェーン技術は“死の谷”を越えられるか?──経産省が語る「教育・研究」への適用と課題

Brady Dale
公開日:2019年 5月 23日 11:45
更新日:2019年 10月 10日 11:29

経済産業省は「ブロックチェーン×教育・研究」分野で調査事業を実施、その報告書を2019年4月23日に発表した。調査事業をリードした経済産業省の担当者はブロックチェーン技術について「未だに死の谷を越えていない」と語る。では、どうすれば“死の谷”を越えられるのだろうか? 社会実装における課題とは?

ブロックチェーン技術は“教育”や“研究 ”との親和性が高い

「ブロックチェーンは来ると言われながらも、未だに死の谷を越えていない。一方で、海外では政府主導で新しい産業での適用しようとする取り組みが始まっており、日本においても政府が調査事業に取り組む意義があると考えた」。経産省の徳弘雅世氏はこのように語る。

徳弘雅世氏/経済産業省 産業技術環境局 大学連携推進室 室長補佐(企画調整担当)

経産省は、教育・研究分野におけるブロックチェーンの適用可能性を探るべく、平成30年度産業技術調査事業を実施。同事業は、国内外の人材流動化促進や研究成果の信頼性確保等に向けた大学・研究機関へのブロックチェーン技術の適用及びその標準獲得に関する調査となった。具体的には、勉強会やハッカソンを開催し、ブロックチェーンの社会実装につながるアウトプットを創出しようというものだ。

なぜ経産省は、教育・研究分野におけるブロックチェーンに可能性を見たのか。徳弘氏は「経済産業省としては早くからブロックチェーン技術に注目しており、2015年から3年間かけて調査・研究も進めてきた」と述べ、その中でも親和性が高いと考えられていた “教育”“研究”分野について、調査事業を実施したのだと言う。

「企業における研究不正も増えており、日本製だから安心という神話も崩れている」

経産省は、教育・研究分野が抱える二つの課題「学位・履修履歴証明」及び「研究データの信頼性確保」に対して、ブロックチェーン技術が有効だと考えた。

まず「学位・履修履歴証明」について。日本では少子化の影響を受けて、教育機関の統廃合が進むと見込まれている。自分の卒業した大学や高校がなくなった場合、学位証明や成績証明を取得したくても、入手困難な状況が発生してしまう

一方で、これからの社会は働き方も多様化し、転職や兼業、フリーランスが増えると言われている。個人のキャリアアップのために、大学に戻って学び直しをする人や、オンライン講座を活用して資格を取得する人もいるだろう。スタートアップで働いたはいいが倒産してしまい職歴として証明できないといったケースも出てくる。こうした社会的背景を受けて、個人の生涯を通して、学歴や職歴、または学習履歴などを証明する手段やシステムが必要だというのだ。

出典:経済産業省「平成30年度産業技術調査事業(国内外の人材流動化促進や研究成果の信頼性確保等に向けた大学・研究機関へのブロックチェーン技術の適用及びその標準獲得に関する調査)の調査報告書(概要版)」より

もう一つは「研究データの信頼性確保」について。昨今、日本の研究機関や企業において、データの改ざんなど研究不正問題が増えている。徳弘氏は「企業における研究不正も増えており、日本製だから安心という神話も崩れている。あらゆるところで不正が生じているため、ブロックチェーンの利用を社会的に訴えやすいと考えた」とテーマの一つに掲げた理由を述べた。海外では既に、ヨーロッパやアメリカを中心に研究領域でブロックチェーンの多様な活用が広がっており、日本においても同様の取り組みが期待される。

出典:経済産業省「平成30年度産業技術調査事業(国内外の人材流動化促進や研究成果の信頼性確保等に向けた大学・研究機関へのブロックチェーン技術の適用及びその標準獲得に関する調査)の調査報告書(概要版)」より

「すぐにモノになる」ハッカソンで証明された技術の実用性

経産省は調査事業の一環として、「学位・履修履歴管理」「研究データの信頼性確保」をテーマにした「ブロックチェーンハッカソン2019」を2019年2月に実施。政府の調査事業としてハッカソンを開催することは、極めて異例だった。

ハッカソンを担当した冨田直樹氏は「正直、こんなにも参加者が集まるとは思ってもみなかった。我々も初めての取り組みで、当初は集まらなかったらどうしようかと話していたが、アウトプットのレベルも高かった」と振り返った。結果としては多くの参加者が集まり、有意義なイベントになったという。

冨田直樹氏/経済産業省 産業技術環境局 技術振興・大学連携推進課 大学連携推進室 大学連携専門職

「ブロックチェーンハッカソン2019」は2019年2月9日及び16日、17日の3日間で開催され、募集人数の70名をはるかに超える142名が応募。最終的に98名の参加者が集まり、22チームに分かれて競い合った。

ハッカソンでは、「学位・履修履歴管理」と「研究データの信頼性確保」、二つのテーマが与えられ、チームごとにどちらかを選んでアイデアを出し合った。第1次審査を通過した12チームが最終審査に進み、プレゼンを披露しただけでなく、ブロックチェーンを実装した画面をデモするチームも多かった。

最終審査の結果、「学位・履修履歴管理」部門では、学位や在学期間のポートフォリオを一元管理するシステムを考案したチームが最優秀賞を受賞。ERC725V2 、ERC735を利用して、公開鍵がアイデンティティとなるような世界を目指したプラットフォームが評価された。また「研究データの信頼性確保」の部門では、臨床試験における解析工程のアウトソースプラットフォームを考案したチームが最優秀賞を受賞した。

「ハッカソンで各チームから提案されたアウトプットは、どれもハイレベルで、純粋に驚いた。ブロックチェーンの活用については、デザインも含めて、すぐに何らかのモノにできるレベルにまで達していることは証明されたと思う」と徳弘氏は率直な感想を述べた。

本当にブロックチェーン技術はコストに見合うのか?

ハッカソンを通して、ブロックチェーン技術の適用に課題も見えた。経産省は今回の事業報告書の中で、課題を三つにまとめている。

これらの課題点について徳弘氏は、「ハッカソンを通してブロックチェーンの可能性を感じつつも、実際に適用していくためには制度面のハードルや、受け入れ側の運用体制など課題点も多いことがわかった。ここが解決されない限り、社会実装はむずかしいだろう」との見解を述べた。たとえば学習者が自分で学習履歴を管理できる環境を良しとするのか。ブロックチェーンで構築されたシステムの永続性をどう担保するのか。将来的に議論が必要になる部分でもある。

とはいえ、徳弘氏はブロックチェーンの活用については、いつでも形にできるとの手応えから「ブロックチェーン技術を適用してとりあえずモノを作ることはある程度は出来ており、この取り組みと並行してどうすれば社会実装に向けて適用できるのかを考える段階に来ている」と語った。

また、「たとえば学位証明の場合、(非中央集権型の)ブロックチェーンで管理するよりも、(中央集権型の)学位管理機構を作って、そこにデータを預ける方がコストに見合う可能性もある。今回のハッカソンではコスト面の比較ができていない。実際の適用を考える際には、マネタイズも含めて検討していかなければならない」(徳弘氏)と語った。ブロックチェーン技術を用いなくてもコストが安く、信頼性・改ざん不可な環境が担保できればいいとの考えだ。

一方で、職歴については「労働者が在任期間でないと証明してもらえないことが多いため、ブロックチェーンによる管理にはメリットもある」(徳弘氏)と話した。今後は、労働者がさらにグローバルで異動し、日本でも外国人を受け入れる労働環境が広がれば、国境を越えて職歴を保証するシステムも求められるだろう。

「死の谷を越えていくためには、ネットワークが力になる」

今後の取り組みとして経産省では、同分野におけるネットワークの拡大を重視している。ハッカソン参加者は “ブロックチェーン技術を実世界で実装してみたい” “今回のテーマに興味があった”という二つの応募動機を挙げており、合わせて75%を超えた。

経済産業省が主催した「ブロックチェーンハッカソン2019」の様子(撮影:神谷加代)

冨田氏は「大企業のエンジニアが個人で参加するなど、心意気で参加してくれた人が多かった。そうした人とつながれたことが大きい」と語り、徳弘氏は「死の谷を越えていくためには、ネットワークが力になると考えている。経済産業省が旗振り役をしながら、学生などがブロックチェーンで作ったものを適用し、実装に向けた動きや課題解決につながる取り組みを行っていきたい」と今後の抱負を話した。

ブロックチェーンの教育利用は、海外での動きも活発化しつつある。一方で、 死の谷を未だ越えていないと言われているブロックチェーンではあるが、日本にも同技術に可能性を感じ、面白がっている人が大勢いる。日本は今、ようやく社会実装に向けた課題が見えた段階だ。世界の動きについていくためには、さらなるスピードが求められる。経産省の強いリーダーシップに今後も注目したい。

文:神谷加代
編集:久保田大海
写真:多田圭佑