「健康通貨をつくりたい」三井物産・子会社社長が考える “価値のサプライチェーン”とは?

「健康通貨をつくりたい」三井物産・子会社社長が考える “価値のサプライチェーン”とは?

Brady Dale
公開日:2019年 6月 21日 11:00
更新日:2019年 10月 24日 12:52

三井物産の子会社グルーヴァースは、ブロックチェーン技術を使った健康推進のための共通ポイント「ウェルネス貯金(ウェルちょ)」のサービス化に取り組んでいる。「健康通貨で“価値のサプライチェーン”を目指す」と同社社長の福島大地氏はその狙いを話す。なぜポイントサービスに「ブロックチェーン」が必要なのか? 福島氏が思い描くチェーン上を流通する“価値”とは?

福島大地(ふくしま・だいち)/グルーヴァース代表取締役社長

なぜポイントサービスに「ブロックチェーン技術」を用いるのか?

「ウェルちょ」は、グルーヴァースが運営する共通ポイントサービスです。世の中にはたくさんのポイントサービスがありますが、「ウェルちょ」の特徴は二つ。一つは「健康推進」というテーマがあること。もう一つは運用に「ブロックチェーン技術」を使っていることです。

「ウェルちょ」の主役はお客様、そして世の中に付加価値を生み出す企業(ウェルネス応援隊)です。お客様が商品についたQRコードを読み取り、ポイント(エール)を貯めることで、「ウェルネステーション」と呼ばれるリラクゼーション店や薬局などでポイントを利用することができます。つまり、健康にいい商品を購入してポイントを集め、健康推進に役立つ場所で使うという仕組みです。「ウェルネス」の言葉には、“心身の健康”という意味が含まれています。身体だけではなく、健康的な生活を送ることで“心の健康”を手に入れることが大切だと考えました。

2019年2月から広島県のショッピングセンター「ゆめタウン」で3ヶ月の実証実験を行い、実用に向けて効果検証、改善するフェーズに移ります。

ゆめタウン広島(Inaji/Wikipedia)

では二つ目の特徴である「ブロックチェーン技術」をなぜ使うのか。そもそも既存のポイントサービスとブロックチェーンを使ったポイントサービスの違いは何でしょうか?

商社の「コーヒーの貿易」で感じた3つの課題

ポイントサービスの仕組みの違いを説明するには、なぜ商社出身の私が現在のポイントサービスを立ち上げることになったのか、経緯をお話したほうがいいかもしれません。

そもそも、私自身はブロックチェーン技術について詳しいわけではありませんでした。では、なぜ新たなテクノロジーに注目したのか。実は商社の一員として、コーヒーの貿易(トレーディング)に関わっていたときに、次の3つの課題を切実に感じていました。

1.書類をデータ化(ペーパーレス化)できないか

2.トレーサビリティ(追跡可能性)データを共有できないか

3.トレードファイナンス(貿易金融)を円滑化できないか

Ilja Generalo / Shutterstock

第一に、書類のデータ化(ペーパーレス化)です。コーヒーの産地は、エチオピア、ケニア、インドネシア、ベトナム、ブラジルなど、世界中に広がっています。しかし、これらの国々では、ITなどインフラが十分に整っていない地域が大半を占めます。

たとえば、エチオピアでは書類は手書きが主流です。識字率の問題から、単純に書いてある文字が読めないということもあります。また西暦と7〜8年程度ズレるエチオピア暦を使用しており、1年が13ヶ月あるなど尺度が異なるため、現地のスタッフが手書きで書類を作成する際、誤ってエチオピア暦で記入するというミスが生じることもあります。また、ブラジルなどのポルトガル語圏では、日本ではピリオドで表現する小数点がカンマ、3桁区切りのカンマがピリオドだったりという違いもあったりします。

さらには、現地との取引で信用を担保するため、L/C決済(Letter of Credit)という銀行を介したやりとりを行なうのですが、その際の書類の手続きもかなり煩雑です。情報を紙で受け取って入力する際にミスが発生するかもしれませんし、そのデータをもとに船積みの依頼をメールでするときにミスが起こるかもしれない。しかも、誤りが生じたときに記録を遡るのは困難を極めます。

ここでブロックチェーンの分散型台帳による改ざんされにくいデータ共有が力を発揮します。ステークホルダーが多く、サプライチェーンが長くなればなるほど、データ上のミスが致命傷となります。異なる会社や組織の間で正確なデータを共有するには、ブロックチェーンが効果的だと考えました。

商社の「コーヒーの貿易」で感じた3つの課題

第二に、コーヒーのトレーサビリティ(追跡可能性)データの共有です。食品業界では、「原料から差別化する」ということが商品の戦略として、しばしば行なわれます。

たとえば、コーヒーでは「レインフォレスト・アライアンス」と呼ばれる認証マークがあります。コーヒー豆の袋にカエルのマークがあるのをご覧になったことはないでしょうか。これは環境の持続可能性(サステナビリティ)のために設けられた、一定の基準を満たした商品にだけ付与が許されるマークです。

ブロックチェーンによりトレーサビリティが効率的に記録できるようになれば、食品メーカーは「原料から差別化する」商品の開発がやりやすくなります。また消費者と生産者をチェーンでつなぐことで、「環境価値」が流通する“価値のサプライチェーン”が新たに生まれます

第三に、トレードファイナンス(貿易金融)の円滑化です。ご存じのとおり、大手商社はメーカーがつくる商品の原料となる素材を世界中から調達する仕事をしています。その輸出入を円滑に行うには、そのために必要な資金の融資を迅速に行う必要があります。

whiteMocca / Shutterstock

今は銀行を通じて行っていますが、タイムラグがあることで特に生産者側には多額の資金負担が発生します。コーヒーには相場があり、為替も相場があります。追加で資金が必要なヘッジ取引が出来ないと損失を生んでしまうこともあります。ブロックチェーン技術を応用すれば、それらの取引を瞬時にやれる可能性が次のステージとして見えてくるのです。

誰にとっても「健康推進」は価値になる

商社の一員として、こうして初めてブロックチェーン技術の可能性に触れました。そして運良く社内でブロックチェーンの応用方法を探るプロジェクトのメンバーとなり、リサーチを進めました。すると、原料の輸出入など貿易以外にも、さまざまな可能性があることに気づきました。

最大の発見は、ブロックチェーン上では様々な「価値」を流通させることができるという点です。コーヒーの貿易では消費者と生産者をつなぎ、「環境価値」をチェーン上に乗せることができるように、様々なステークホルダーをつなぎ、何らかの「価値」を流通させることができる

そこで私がたどり着いた価値が「健康推進」です。思い至った理由は三つあります。

第一に、故郷の長崎で感じた原体験があります。先の大戦で原爆が投下された長崎では、原爆手帳を持っている方が少なからずいます。私の身近にも手帳を持っている方がいらっしゃり、健康被害に苦しむ姿を目の前にしてきました。それゆえに小さなころから「健康」について考える機会が多かったように思います。

第二に、人口ピラミッドで年齢構成を見ると、日本は低年齢に向かって人口が少なくなる逆ピラミッド型にあります。つまり、私たちの親の世代に比べて、おそらく健康領域の公的な支援は目減りしていく可能性が高い。万が一、健康を害したときに、国が助けてくれる保証はいつまで続くでしょうか。日本では「健康」の持つ価値が、時間の経過とともに増していきます。

第三に、将来に備えようと貯蓄する人は多いと思いますが、一方で貯蓄のために食費を切り詰める人も多くいます。数字という目に見える貯金や金融商品とは違って、「健康」は目に見えません。しかし、人生において「心身の健康」ほど大事なものはないはずです。健康にいいことを「ウェルネス貯金(ウェルちょ)」として可視化できれば、きっと誰にとっても有益 であり、ウェルネスを追求することで健全な社会をつくることができるのではないかと考えました。

「健康価値」を流通させる“価値のサプライチェーン”をつくる

三井物産に入社以来、私は食品メーカーさんを相手にする食品畑を歩んできました。「健康価値」を乗せるためにどのようなステークホルダーをつなぐべきか、食品畑の経験から、答えは明らかでした。「ウェルちょ」では、消費者と食品メーカーをつなぎ、「健康価値」を流通させる“価値のサプライチェーン”をつくろうと構想しました。

商社側の担当として、メーカーで商品開発やマーケティング担当者から「自分たちが商品に込めた思いや理念がしっかりと消費者に届いているのか、伝わっているのかわからない」「どんな消費者に届いているか知りたい」という話を耳にしていました。原料供給の立場から商品が誕生し販売されるまでを見ていたこともあり、消費者と食品メーカーのかけはしになれるようなツールを開発したいという気持ちが、もともと私の中にも“強い思い”としてありました。

消費者と食品メーカーをつなぎ、そのチェーン上に「健康価値」を流通させる。これがたどり着いた結論でした。

では、既存のポイントサービスとブロックチェーンを使ったポイントサービスの違いは何か。特徴は二つあると考えています。一つは、複数のステークホルダーが高い透明性を持って、改ざんできない形で情報を共有できるところにあります。各社はネットワークに参加することで、許可された権限の範囲内で情報を照合・更新することができます。

価値付けでポイントは「通貨」に変わる

もう一つは「健康推進」という価値付けです。現在は「ウェルネス貯金(ウェルちょ)」という名前でスタートしていますが、企画した当初に私の考えたネーミングは「健康通貨」でした。

出典:「ウェルちょ」

ポイントと通貨、二つの最も異なる点は「価値交換の媒介となるかどうか」にあります。消費者や食品メーカー、さらにはフィットネスクラブやリラクゼーション店、薬局まで、複数のステークホルダーが「健康通貨」によって一つのチェーンにつながる。すると「健康」という価値を軸にコミュニケーションが生まれ、付加価値の高い商品やサービスが生まれるのではないか。そう考えました。

現在、ポイントカードの利用を促すことによって得た消費者の情報をためて、そのビックデータを何に活かすかといえば「売るため」です。データは 消費者への次の販売につなげるために活用するという面ばかりが強調されています。しかし、健康という価値付けによりつながった“価値のサプライチェーン”ならば、消費者と提供企業の間にコミュニケーションが発生するため、より健康価値の高いものを生み出すためにデータが活用されると思います。

法的な枠組みは別として、「健康通貨」をグローバルに展開することができたとしましょう。すると、健康寿命によってレートの差が生まれ、日本は「健康通貨」という強い為替を持てるかもしれません。実現可能性はさておき、ポイントサービスと異なる、ブロックチェーン技術に基づく「健康通貨」ならば、さまざまなインパクトを世の中にもたらすことができると考えています。

世界を見回しても日本ほど、この「健康通貨」構想にふさわしい国はありません。高齢者が多く、年齢構成で分けたときの人口も、低年齢層に向かって人口が少なくなる逆ピラミッド型です。医療を受ける前の「予防」がますます大切になります。 つまり若いうちに「ウェルネス(心身の健康)」を貯金することが必要になるはずです。社会に流通する一つの価値として「ウェルネス」が実現すれば、もっと日本を元気にできるのではないかと考えています。

「ウェルちょ」はまだまだ実証段階にありますが、この構想を実現するため、ユーザーにとって使いやすいサービスをつくり、「健康価値」に共感していただけるさまざまな方々を巻き込んでいきたいと思います。


福島大地(ふくしま・だいち)/グルーヴァース代表取締役社長

1998年長崎西高校を卒業後、PC時代を切り拓いた米国にて電子工学を学ぶべく渡米。2002年California State University, Long Beachを卒業し、2003年に三井物産株式会社に入社。2年間の会計部門での配属後、食料・食品部門でキャリアを積む。社内のイノベーション案件プロジェクトにてブロックチェーンと出会い、2017年12月に自ら温めていた構想とブロックチェーンを掛け合わせたアイデアを会社へ提案。2018年1月から構想実現に向けて動き出し、同年11月グルーヴァースを設立。2019年2月から広島にて実証実験をスタート(5月に終了)。

文:池口祥司
編集:久保田大海
写真:多田圭佑