FRBはCBDCに伴う政治に巻き込まれる覚悟はできているか?

時は2026年。FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長が、米上院の銀行委員会の場で着席したところだ。議長はここ数日、FRBが金利を引き上げた理由について、議員らから質問攻めに合うのに備えてきた。

しかし、質問はすぐに別の方向へと向かう。

「なぜFedSendが危険な白人至上主義者たちの資金調達に使われたのか?」と、マサチューセッツ州のエリザベス・ウォーレン上院議員が問いただす。2024年に発表された、FRBによる中央銀行デジタル通貨「FedSend」のことを言っているのだ。「このような事態を防ぐために、どのようなコントロールを実施しているのか?」

次に質問を浴びせるのは、アイダホ州選出のマイク・クラポ上院議員。際どい内容や未成年のものを含むポルノウェブサイト上で、FedSendが支払い方法として使われている理由を尋ねる。

別の上院議員は「FedSendは、テックサポート詐欺や税金詐欺の首謀者たちに最も人気の支払い手段となっている。どのように高齢者を守る計画か?」と発言する。

パウエル議長にとっては、長い1日の始まりだ。


中央銀行関係者らは、これまでにも増して、リテール型中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行に手を出すことに熱心なようだ。リテール型CBDCとは、誰でもが使える中央銀行通貨のデジタル版だ。

リテール型CBDCは主に、中央銀行の研究報告書やスピーチに登場するコンセプト、そして目立たないパイロットプログラムとして存在している。CBDC研究の大半は、以下のような難解な技術的詳細を中心としてきた。

CBDCには利子がつくべきか?分配方法はどのようにすべきか?ブロックチェーン上で運用するべきか、それとも通常のデータベース上か?

CBDCの利用規約

しかし、そのような議論には何かが欠けている。CBDCが開発された後、それを管理する必要がある。中央銀行は、誰がどのように使えるかを規定する利用規約を設定する必要があるのだ。

そのような利用規約は、あらゆる政治的議論の中心となるだろう。パウエル議長をはじめとする中央銀行関係者らは、リテール決済システムを管理する面倒な政治に巻き込まれる準備はできているのだろうか?

許容できるCBDCの用途やアクセシビリティをめぐる議論に、予想以上に多くの時間を食われてしまうことになるかもしれない。

アダルト系SNSの「OnlyFans」が先日、ポルノコンテンツを禁止(数日後に禁止は撤回された)ことが、決済ガバナンスがどれほど対立の元になるかを示している。

OnlyHansが禁止を決断した理由はまだ分かっていないが、サイトが利用している決済システムのルールと関係する可能性がある。メディアによる本件の報道は、マスターカードを含めたあらゆる関係者の評判に、甚大な打撃を与えた。仮に、FedSendが関わっていたとしたら、このような論争に巻き込まれていたのだ。

FRBのような中央銀行がCBDCを開発したとしよう。そして、非常にシンプルな次のような利用規約を設定するとする。「FedSendは違法行為に使うことはできない」それだけだ。

このような必要最小限の規約でも、FRBは攻撃にさらされることになる。FRB関係者は、合法と違法の境界線を裁定しなければならなくなり、それは思っているよりも困難な仕事だ。

例えば、大手ポルノサイトが素早くFedSendでの決済に対応するとする。それからまもなく、批判的な人たちが、同サイトは合法なものと並んで、未成年のポルノなどの違法なコンテンツも売っていることを指摘する。

利用規約への明らかな違反を突きつけられたFRBは、そのネットワークを監視せざるを得なくなる。

このポルノサイトを罰する前に、FRBはまず、違法な内容と知っていて掲載していたのかどうかを調査しなければならない。今後、あらゆる動画サイトが違法コンテンツの掲載を止めるように、ルールを立案しなければならないかもしれない。ルールを遵守しているか、動画サイトを定期的にチェックする任務を負うのポルノ専門家を、FRBが任命することになるだろう。

FRBは即座に、違法なものではないものも含め、すべてのポルノ動画サイトにFedSendの使用を停止させた方が良いと思うかもしれない。しかしそうなると、検閲という批判と、訴訟の可能性にさらされることになる。

このように、リテール型の決済ガバナンスは瞬く間に複雑化し、論争を呼び、コストもかさむのだ。

対立の調停

ビットコイン(BTC)の生みの親サトシ・ナカモトは、中央銀行が直面することになるもう1つのガバナンスの問題を言い表したことで有名だ。金融機関は、対立の調停を回避できないのだ。

人々はしばしば、間違った支払いを行う。詐欺師に送金したり。口座を乗っ取られてから全額を引き出されたり。不良品を購入してしまい返金を希望するが、業者が問い合わせを無視することもあるだろう。

これらの危険から消費者を保護しなければならないという圧力によって、中央銀行はおそらく、問題となったCBDC決済を仲裁し、結果として無効にするための方法を考え出さなければならないだろう。

しかし、支払いにまつわる争いを仲裁するのにはコストがかかる。中央銀行は裁決機関を設置し、スタッフを雇い、トレーニングしたりする必要があるだろう。

(バーチャルグッズなどの)一部の製品は、(レストランなどの)他のものよりも詐欺や支払い無効に陥りやすいという点が、さらに事態を複雑にする。そのようなハイリスクの製品にまつわる争いが、FRBの裁決時間を不釣り合いに多く必要とする。

FRBはそのようなリスクの高い業界に高い手数料を課すと決断するかもしれない。あるいは、すべての業界に同じコストを負担するよう求めるかもしれない。どちらにしても、不公平という批判を常に招くだろう。

それでも良いのかもしれない。中央銀行関係者は、リテール型決済ガバナンスにまつわるあらゆる厄介な問題に関わることが大切だと考えているのかもしれない。

ウェブサイトのコンテンツを精査して、論争を仲裁したいと考えているのかもしれない。プラットフォーム化とプラットフォームからの排除をめぐるソーシャルメディア戦争に巻き込まれるという困難を、喜んで引き受けたいのかもしれない。ビザやマスターカードよりも優れた利用規約を作れると思っているのかもしれない。

しかし、中央銀行にはすでに、通貨政策の制定という非常に重要な責務がある。さらに中央銀行の多くは、金融規制という任務も負っている。決済システムガバナンスの負担が、中央銀行を圧倒しなければ良いのだが。

ガバナンスのアウトソーシング?

再び2026年に時計の針を進めてみよう。「何らかの方法があるはずだ」と、議員らからFedSendについて非難されながら、パウエル議長は考える。「FRBとして、論争の種をはらまないCBDCをアメリカ国民に提供することはできるだろうか?」

1つの可能性は、FedSend運営の責務の一部を、民間セクターに任せてしまうことだ。つまり、FRBはCBDCの発行や換金の基本部分を担うが、バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェース、ペイパルといった民間のパートナーに、消費者と対峙する側の役割をすべて任せてしまうのだ。

FedSendの顧客をオンボーディングし、マネーロンダリング行為に目を光らせ、論争を仲裁し、違法行為した人物を排除するのは、民間の役目にする、ということだ。

ガバナンスを引き受けることで、民間セクターが政治的リスクを吸い上げる。

これはコストがかさむアイディアで、銀行やフィンテック企業に対する埋め合わせも必要だ。つまり、FedSendのユーザー手数料の設定において、彼らにより大きな発言権を与えるということだ。

しかし、この時点でFedSendは、FedACHやFedWireのように、銀行という仲介業者を通じて提供されるその他のFRBプロダクトと同じようなものになってしまう。銀行が適切と考える形でリパッケージしたり、ホワイトラベル化して価格を設定するようになるのだ。

このように階層的なモデルでも、パウエル議長はCBDCガバナンスがもたらす論争から逃れることはできない。FRBのCBDCが銀行やフィンテックによって提供されても、FRBによるプロダクト「FedSend」としてブランディングされている限り、政治の問題は常に、ブランドオーナーのFRBへと最終的に行き着くことになる。

決済ガバナンスにまつわる政治劇から完全に守られるためには、FRBはCBDCのブランディングを諦めなければならない。

そうなると、FRXは最終的プロダクトをまったくコントロールできない、ただの冴えないパイプ役となってしまう。もうCBDCではなくなってしまうのだ。ただの銀行プロダクトだ。そこに何の意味があるのか?

CBDCの有効性と、中央銀行が継続的にガバナンスに注ぎ込む労力の間には、トレードオフの関係があると言えるだろう。完全なCBDCを選べば、莫大な労力がかかる。

中央銀行関係者は、ガバナンスへの関与(とそれに関わる労力)を制限することを選ぶかもしれないが、そうなるとCBDCはそれほど革新的ではなくなってしまう。

これまで中央銀行は、技術的な問題としてCBDCに取り組んできた。しかし、ガバナンスがもたらす課題を過小評価しているのではと、心配になる。彼らが全貌をしっかり理解することを願っている。

手の込んだCBDCを開発しておきながら、それがもたらすあらゆる政治的問題のせいで後悔するという事態は避けたいだろうから。

J.P. コニング(J.P. Koning):カナダの証券会社の元リサーチャー、現在はカナダの大手銀行で金融ライターとして働き、人気ブログ「Moneyness」を運営している。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:Are Central Bankers Ready for Payments Theater?