大学はブロックチェーンを使いこなせていない【オピニオン】

新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界中で高等教育がオンラインへと移行する中、信頼、アイデンティティ、詐欺の問題が学習や研究を悩ませた。

このような積年の問題に、ブロックチェーンテクノロジーが解決策をもたらす可能性があるものとして浮上してきており、斬新なユースケースのチャンスさえもたらされるかもしれない。

しかし、ブロックチェーンの重要な推進役であるにも関わらず、大学は自らが使うためのブロックチェーンテクノロジーの潜在能力を上手く発揮させることができていない。

ブロックチェーンや、革新的なエドテック(EdTech:教育に テクノロジーで変革をもたらす取り組み)企業が、数兆ドル規模の大学業界をどのようにディスラプト(創造的に破壊)するかをより良く理解するために、私は2021年を通じて、学生たちの一団を主導し、潜在的ユースケースを検討し、現実と誇張を区別してきた。

その成果をまとめた包括的なレポートにおいて私たちは、多くの魅力的なユースケースを取り上げているが、本格的なプレイヤーはほとんどいない。MITを除けば、一流大学は保守的なままで、ブロックチェーンがもたらす教育や研究のチャンスを受け入れることも、学生、教員、社会の利害関係者たちにより役立てるようにブロックチェーンテクノロジーを活用することもできていない。

現行の課題

高等教育は、確立された既成組織と、重要な規範や伝統を伴った複雑な業界である。規範や伝統は革新にとって確かに障害となるが、この業界をディスラプトしたいと考える企業は、この現実に注意しなければ、失敗するだろう。

私たちはレポートの中で、真の課題を解決するための革新の可能性を秘めた4つの分野を特定した。研究と革新、認証と検証、学生のアイデンティティ、そして統合されたオンライン学習環境だ。

それぞれに複雑性を伴っているが、ブロックチェーンテクノロジーは今や、真の解決策をもたらせるほどに成熟していると、私たちは考えている。

大学が直面する最も厄介な問題はおそらく、データセットの出自だろう。データセットはしばしば、大学の研究者が作成し、民間や政府の利害関係者と共有される。

これらのデータセットには、実証研究の結果や、機械学習モデルのためのトレーニングデータなどが含まれることもある。その重要性から、データセットのユーザーはその出自や、改ざんされているかどうかを知ることが極めて大切だ。

堅固なソフトウェアサプライチェーンは、データセットを作成から使用、修正から終わりまで、そのライフサイクル全体にわたって追跡する。伝統的サプライチェーン(すでにブロックチェーンテクノロジーにディスラプトされたユースケースだ)と同じように、ソフトウェアサプライチェーンも機密性、完全性、利用可能性の保証を必要としている。

さらに、機密情報を含むデータセットもあるため、アクセスを慎重に管理する必要もある。例えば、最近のマイクロソフトのレポートには、機械学習データセットへの攻撃の規模と深刻さが詳細に報告されている。レポートの著者らは、「ビジネス意思決定者にとって、機械学習に対して認識される脅威のトップはモデル汚染だ」と指摘している。

ブロックチェーンは、信頼できる第三者の必要なしにデジタル資産を追跡することに優れているため、重要なソフトウェアインフラにとっては、明らかなソリューションとなる。データセットの安全確保には、大学が極めて重要な役割を担うと、私たちは考えている。

世界的なパンデミックがもたらし、現在高等教育が直面している次に大切な課題は、学位詐欺である。(学生アイデンティティは、オンラインでの不正行為の要として、僅差で3位につけている)

大学のキャンパスがパンデミックで門を閉じた時、伝統的な紙ベースのプロセスの多くが、非効率的で安全性に欠けることが明るみに出た。卒業証明書や成績証明書はいまだに、紙で発行されており、デジタル版を発行するように迫られると、大学は簡単に偽造や改ざんできるような安全性の低いものを発行する。

デジタル資産の固有な「指紋(暗号技術によるハッシュ)」を安全に記録し、分散型の公開鍵インフラ管理の課題を解決することで、ブロックチェーンテクノロジーは、大学の卒業証明書や成績証明書の発行・管理にシンプルで一括な解決策を提供し、事務コストを削減する可能性もある。

ディスラプティブな展開

現在の最先端のその先を超えて、高等教育における4つのディスラプティブなブロックチェーンの潜在的ユースケースを、私たちは提案する。分散型教育マーケットプレース、教育的な動機付け、スマートコントラクトでのテスト採点、そして評判の管理だ。

ブロックチェーンが可能にする、摩擦が少なく、信頼できる第三者の必要性が低い環境のために、複数機関からの連合的な学位授与が実現するかもしれない。これによって学生たちは、規定の(トップダウンな)カリキュラムではなく、最高の教育を選ぶ(ボトムアップ)ことが可能となる。

分散型教育マーケットプレースはさらに、生涯学習に「サブスクリプション」モデルを実現するかもしれない。

未開発の原野

このようなすぐに活用できるチャンスや、さらなる発展にも関わらず、エドテックにおける民間ブロックチェーンの世界は、未開発の原野のようである。この業界には本格的なブロックチェーン提供業者はほとんど存在せず、潜在的な買い手、つまり、ディスラプションの対象となる高等教育提供業者からの関心もほとんどないようだ。

分析の中で私たちは、大学には競合を締め出す方法が無数にあり、それを効果的に実行してきたことを突き止めた。

大規模なオンラインのオープンコースなどのマーケットディスラプションは登場したがすでに消えている一方、低コストのオンライン大学は、何十年も存続している。

しかし、これらのオプションは、一流の実際のキャンパスを伴う大学が持つと考えられる価値に取って代わる存在とはなっていない。生まれたばかりのブロックチェーンエッドテック分野にとって手強い課題はあるが、投資家へのアクセスの拡大、斬新な教育・研究慣習、シチズンサイエンス(市民が協力する科学研究)やその他の教育のためのピアツーピアモデルなどの新しい用途を含め、ブロックチェーンにとっては多くのチャンスが存在している。

クイン・デュポン(Quinn Dupont)氏はユニバーシティ・カレッジ・ダブリンでビジネスの助教授を務める。著作には『Cryptocurrencies and Blockchains(暗号資産とブロックチェーン)』がある。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Universities Are Flunking Blockchain Tech