デジタルドル:議論に決着は着くのか?

アメリカでのデジタルドル推進派は、金融包摂の拡大、政府による手当て給付の効率化、より安価で高速な海外送金など、多くのメリットを挙げている。

しかし、デジタルドルを採用するべきかどうかの議論は、結論に至るにはほど遠い。それでも、バイデン大統領が先月、連邦政府機関に暗号資産(仮想通貨)のリサーチと報告を命じる大統領令に署名したことで、推進派に弾みがついたのかもしれない。

コロナ給付金

デジタルドルが力を発揮できたはずの状況としては、新型コロナウイルス関連の支援策の一環で、米政府が給付金の小切手を配布した事例が挙げられる。暗号資産(仮想通貨)支持者たちは、小切手を発行する代わりに、デジタルドルを単にエアドロップ(無料配布)した方が、国民に給付金を支給するにはより安価で速い方法だと主張した。

相互運用可能な決済の国際的普及を目指すNPO「Interledger Foundation」のブリアナ・マーバリー(Briana Marbury)氏によると、デジタルドルは現行の方法と比べ、政府からの給付金をはるかに効率的に分配できる。

コロナ給付金の場合、政府は小切手の配布に苦慮し、引っ越してしまった人の新しい住所を把握していない事例もあった。他にも、収入が税申告の基準に達していないため、内国歳入庁(IRS)に登録されていないケースもあった。

「国民にすばやく効率的に小切手を配布する方法が見つからない状態で、そのような方法が当時は本当に必要とされていた」と、マーバリー氏は振り返る。

中小企業や農家支援のための2兆2000億ドル規模の「コロナウイルス支援・救済・経済保証法(CARES Act)」でも、同じような問題が生じた。

デジタルドルがあれば、自分の資産に直接アクセスできるデジタルウォレットを全国民が手にし、そのような問題は回避されると、暗号資産支持者たちは主張した。2020年3月には、FRBがデジタルドルを発行するよう提案する議員たちもいたが、結局は小切手での給付に落ち着いた。

金融包摂

ボストン連邦準備銀行のジム・クンハ(Jim Cunha)氏は、デジタル通貨が、単に政府からの給付金配布よりも大きな問題に対する解決策の一部になるかもしれない、と語った。その問題とは、より多くの人々を金融システムに含める金融包摂だ。

「金融包摂の問題を解決したければ、そのような公共政策の目標を持つ必要がある」と、クンハ氏は指摘し、「新しいテクノロジーそのものは、国境を超えた送金の問題を解決しないのと同じように、金融包摂の問題も解決しない」と語った。

「ひとつの些細なユースケースを指して、中央銀行デジタル通貨(CBDC)が力を持っているというのは単純化し過ぎている」とクンハ氏は指摘。「しかし、潜在力を示すことはできる。それを足場として上に積み上げることがまだできていないだけだ」と説明した。

アメリカでは、低所得者の約35%が、政府からの給付金受け取りのためだけに銀行口座を開設した。これは、銀行口座を開設できることができた人を示す数字で、開設したいができない人の数は含まれていない。

アメリカの人口の5.4%に当たる約710万人が、銀行口座を保有しておらず、クレジットカードやローンなどの主流金融サービスへのアクセスを持たないアンダーバンクト(underbanked)層も含めると、その数は1400万人にも達する。

その多くは祖国にいる家族に送金をする移民だが、海外送金は多くの場合、非常に費用のかかるサービスである。

マーバリー氏は、FRBがCBDCを発行することになれば、民間金融機関よりも低い送金手数料を課すだろうと述べ、「送金にかかる費用を祖国の家族や友人に余分に送ってその国の経済を発展させたり、自分の蓄えに回すこともできる」と指摘した。

上院銀行・住宅・都市問題委員会の委員長を務める民主党のシェロッド・ブラウン上院議員(オハイオ州)も、同様の主張をした。

「アメリカ国民が、稼いだお金を使うためだけに、法外な手数料を払うべきではない。(中略)中央銀行デジタル通貨を、手数料無料の口座と組み合わせれば、勤労者世帯が決済システムにアクセスし、アメリカ経済に完全に参加可能な状態を実現できる」と、ブラウン議員は昨年9月に公聴会で述べた。

デジタルドルの仕組み

デジタル通貨は低所得者を支えることができるかもしれないが、デジタルドルの詳細について具体的に決定する必要があるとの声も聞かれる。

「CBDCは、財政政策、特に困っている人たちを対象にした政策に大きな影響を与える可能性がある」と、NPOデジタル・ドル・プロジェクトのジェニファー・ラシター(Jennifer Lassiter)氏は語り、「しかし、具体的なユースケースで実験を行わない限り、CBDCがもたらすプラスとマイナスの影響の大きさを正確に知ることはでいない」と指摘した。

米商品先物取引委員会(CFTC)委員会のティモシー・マッサド(Timothy Massad)元委員長と、ハーバード・ロースクールのハウウェル・ジャクソン(Howell Jackson)教授が執筆し、シンクタンクのブルッキングス研究所が先月発表した報告書は、FRBを巻き込む代わりに「財務省が、非銀行利用者層(アンバンクト:unbanked)やアンダーバンクトの人たちにとって特に価値ある決済サービスを提供するためのデジタル口座を、比較的短時間で作り上げることができる」と、指摘している。

意見の不一致

デジタル通貨が必要という点で、意見の一致は見られない。議員や銀行は長年、金融包摂の問題に焦点を当ててきており、インターネットやスマートフォンベースの新しい製品やサービスがすでに、金融包摂を拡大していると、JPモルガン・チェースやマスターカード、ペイパルなどの巨大金融機関を代表する業界団体Electronic Transactions Associationのロビイスト、スコット・タルボット(Scott Talbott)氏は指摘した。

タボット氏は、どんなところからも現金で支払えることや、財務省が発行する電子ドルで、CBDCと似た特徴を持つeキャッシュなどの例を挙げた。

まったく新しいシステムを作り出すのではなく、現行のシステムを使い続けて、CBDCに対応するための調整を行った方が効率的だと、タボット氏は提案する。

「新しい鉄道や自動車なんかを作るように、FRBがまったく新しいシステムを作るということになると、すでにあるものを再現するのに多くの労力がかかる」とタルボット氏は続けた。

政府がデジタルドルを採用すると決定したとしても、発行までには何年もかかる。イングランド銀行では、CBDCの発行を2020年代後半と睨んでいる。

「導入には困難も伴うことは間違いない」とマーバリー氏は語り、「しかし、とにかく実験をして、分析してみよう。どこに脆弱性があるのかを見極めて、アメリカ国民の一部を除外することなく、全員のために機能するシステムを作り始められるようにしよう」と呼びかけた。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:A Digital Dollar May Help the Poor, but It’s Far From a Done Deal