イーサリアムキラーはいまやゾンビ【オピニオン】

ブロックチェーンの分野で開発をしていて度々直面する難題の1つは、どのブロックチェーンが自分の時間と労力に値するかを見極めることだ。ビットコインは「元祖」だが、複雑なスマートコントラクトやプログラム可能なエコシステムには対応しない。そうなると大半の開発者たちは、他を探すことになるが、オプションは数多くある。

優れたブロックチェーンは数多く存在しており、私はこれまでに、そのほとんどすべての売り込みを聞いてきた。中央集権的に管理された分散型台帳という考えのあり得ないような矛盾を許せないので、プライベートブロックチェーンの売り込みを無視するのは簡単だ。それでも、まだまだ驚くほど多くのオプションが残る。

数あるオプションの中から

私自身、そしてEYにとって、多くのパブリック、スマートコントラクト、プログラム可能なブロックチェーンのうち、時間と労力の投資に対して最も大きなリターンを与えてくれるのはどれか、というのが問題になる。

私たちはかなり前にイーサリアムを選ぶという選択をしたが、多くの優れた新しいブロックチェーンが登場してきた後も、その姿勢を固持している理由について語ってみたいと思う。

まずは市場規模だ。イーサリアムは長い間、ビジネスアプリケーション向けでは最も支配的なブロックチェーンであり続けている。DeFi(分散型金融)市場の60%以上、NFT(非代替性トークン)市場の95%を占め、他のどのエコシステムより多くの開発者を抱えている。

最大のエコシステムでベストであるということは、多くのエコシステムにおいて第2位、第3位であることよりも価値があるだろう。これが当てはまらないシナリオも考えられるが、多くのデジタルエコシステムから学べる教訓は、私たちは勝者全取りの環境に生きているということだ。

この考えを裏付ける多くの学術的研究も存在し、古いものでは1970年代にまで遡るが、実際的な経験も同様に説得力がある。単純に言って、何かをやればやるほど、ますます上達する。そして何かをするのが上手であればあるほど、競争の場面で勝つ可能性が高まる。

テクノロジーの世界においては、その見返りはとりわけ大きい。戦略を導入することは、簡単ではないからだ。失敗に終わるIT関連の配備の割合が大きいことを考えても、スキル水準の低さに伴うリスクは非常に大きい。

マルチチェーンの未来?

イーサリアムに重点を置くことが、良い選択とはならない2つのシナリオがある。まずは、マーケットシェアが多くのチェーンで分配されるマルチチェーンの未来だ。イーサリアムでナンバーワンであることが、それほど魅力を持たなくなる。

2つ目のシナリオは、イーサリアムがより優れた市場リーダーに取って代わられる場合。どちらのシナリオも、実現の可能性は低いと私は考えている。

特に、マルチチェーンの未来というのは却下するのが簡単だ。メトカーフの法則のおかげで、テクノロジーエコシステムは規格が大好きだが、私たちは、マルチネットワークの世界に暮らしてはいない。私たちが暮らすのは、TCP/IPの世界だ。

メトカーフの法則:ネットワークの価値は、ノード(それに接続する端末や利用者)数の2乗に比例するという法則。

Eメールからウェブページ、オークションサイトからソーシャルネットワークまで、デジタルエコノミーは、勝者がすべて(あるいはほぼすべて)を勝ち取るビジネスである。

ブロックチェーンはとりわけ、このようになる可能性が高い。その核心が、相互運用性にあるからだ。すべての関係者が同じチェーン上にいた方が、手持ちのステーブルコインを預金コントラクトに入れたり、在庫を管理したり、NFTを売却するのが簡単になる。これは抜群にリスクの低いアプローチでもある。

相互運用性を実現しようとして、マーケットシェアモデルを変えることなく、技術的なゴールを達成したネットワーク、プロダクト、サービスが歴史上にはあふれている。

ブロックチェーンの世界でも同じようなパターンが見られる。ブリッジやイーサリアム・バーチャル・マシーン(EVM)に対応することによって、イーサリアムから資産やアプリケーションを動かすことが可能になるが、だからと言ってユーザーがそれについてくるとは限らない。

資金を潤沢に持った競合は、プロジェクトやプレスリリースを買うことができるが、だからと言って持続可能な規模を実現できる訳ではない。事業向けのセールスの場では、挑戦者のレイヤー1ブロックチェーンが、まず彼らのソリューションで配備を最初に行なった場合には、開発費を全額負担するといったオファーをすることもある。しかし、顧客のいないチェーンでローンチすることになっては、配備のコストがタダになっても意味がない。

マルチチェーンの未来に関しては、異なるアプリケーションには、それぞれ異なるタイプのソリューションや最適化が必要と主張することもできる。これは多くの意味で、パワフルで合理的に聞こえる主張だ。実際には、あまり上手くはいかない。ネットワークテクノロジーやオペレーティングシステムについても同じことが言える。

インターネットの教訓

インターネットが素晴らしい例だ。私たちは、サービスの質を管理するメカニズムを持たないネットワークを使って、ライブビデオやオーディオをお互いにストリーミングしている。

トラフィックの優先順位をつけて管理するための優れたツールを備え、インターネットパケットデータのメリットを提供するネットワークテクノロジー「非同期転送モード(Asynchronous Transfer Mode :ATM)」など、間違いなくより優れた選択肢もあったのだ。

ATMが消えてしまったのは、1990年代初頭にほぼすべてのインターネットトラフィックを管理していた地域ベル電話会社からのサポートが不足していたからだ。

既存の企業にとって「優れたアイディア」の定義はしばしば、「自分達の市場独占を維持してくれるソリューション」であったりする。大手銀行がプライベートブロックチェーンに熱心な姿は、インターネット初期の頃のテクノロジー規格競争を思い起こさせる。ちなみにその時は、既存の企業にとって良い結末とはならなかった。

ブロックチェーンの未来は、他のオペレーティングシステムやプラットフォームエコシステムとかなり似たものになると、私は見込んでいる。1つの支配的なエコシステムがあり、おそらく二次的なものが1つ。多くの異なるチェーンで市場が分割されることはないだろう。

最適化された個々のネットワークの価値よりも、共通のテクノロジーが好まれるということは、マルチチェーンの未来に私たちが向かっていないことを示唆しているが、ではなぜ私は、イーサリアムが勝ち残ると考えているのだろうか?

その答えは、現在支配的なテクノロジーが古くなればなるほど、追い払うのがますます困難になるからだ。1980年代以来、パソコンの支配的なオペレーティングシステムは1つ、2012年以来、モバイルの支配的なオペレーティングシステムも1つだ。それらの市場には、2番手も存在するが、彼らも長い間、同じである。

イーサリアムが市場リーダーである日が1日でも長引くほど、長きにわたってその座に留まる可能性が高まる。ブロックチェーン市場がパソコンやモバイルのオペレーティングシステム市場のようになったとすれば、プラットフォームイノベーションの成功には、マーケットシェアリーダーの役割がかなり大幅に動く約10年の期間がある、ということになりそうだ。

私が今日、この記事をコモドール64(1982年に発売された家庭向け8ビットPC)で書いていることも十分にあり得たのだ。私の最初のコンピューターは、コモドール・アミガ。当時はMacに大差をつけて優位だった素晴らしいテクノロジーの一品だった。

勝者の要件

しかし、より優れているだけでは十分ではなかった。Asymco.comによる以下のマーケットシェアのチャートは、イノベーションの爆発的誕生と、市場リーダーの勝利を示している。

主要コンピューターとスマートフォンの出荷台数の推移
出典:Asymco.com

ベストなテクノロジーが勝つのではないとしたら、規格となることをめぐる戦いにおいて、長期的な勝者となるものは他と何が違っているのだろうか?

私は、2つの答えがあると仮説を立てている。まず、開発者エコシステムの成熟度。2つ目は、経営・管理チームだ。

開発者サイドに関しては、イーサリアムは支配的なシェアを抱えており、その数は増加を続けている。経営・管理チームサイドでは、イーサリアム財団が長年にわたり、エコシステムの成熟と、すべてをまとめる力を見せている。ゆっくりとだが、そつなく実施された「Merge(マージ)」も、この力強さを世界に示した。

このことは、ソラナやアバランチなど、潤沢な資産を抱える競合にとって何を意味するのだろうか?私の考えでは、彼らはゾンビだ。まだ生きてはいるが、終わりは時間の問題である。どれほどの時間が残されているのか?かなりの年数になるかもしれない。

パソコンの世界でも、ウィンドウズが支配的なプラットフォームとなった後10年以上も、競合たちは挑戦を続けた。2030年になっても、イーサリアムキラーがますます小さくなるマーケットシェアを抱えながら生きながらえ、オンラインインフルエンサーに宣伝してもらっていても、私は驚かないだろう。

ポール・ブローディ(Paul Brody)氏:EY(アーンスト・アンド・ヤング)のグローバル・ブロックチェーン・リーダー。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:The Ethereum Killers Are All Zombies Now