マルチチェーン時代は終わりを告げる【コラム】

企業がより多くのブロックチェーンを戦略ロードマップに加えることにつれて、私のイライラも増えていった。これほどにさまざまなブロックチェーンを適切に理解し、ビジネスに組み込むお金はどこにあるのかと、私はなぜか思い続けていた。

新チェーン対応のコスト

アーンスト・アンド・ヤング(EY)の場合、自社のブロックチェーン分析プラットフォームに新しいチェーンを追加するには約50万ドル(約6800万円)のコストがかかり、それを常に最新のものに保つためには年間にその10〜20%の経費を使っている。

ネットワークノードのセットアップはそれほど難しくないかもしれないが、ネットワークの仕組みや送金メカニズムを理解することは簡単ではない。EYでネットワークを追加する場合、取引処理モデル(取引の開始方法、記録方法、処理方法、報告方法)、取引を支える暗号化技術、プロセスの各ステップにおけるリスクを丁寧に検証する。査定する段階になれば、検証ステップを実施できるコントロールポイントまで特定する。

さらにこれらのネットワークは静的なものではない。イーサリアムは1年に2〜4回のハードフォーク(アップグレード)を実施し、他のスマートコントラクトベースのチェーンも同じようなスピードで進化している。その結果、多数のブロックチェーンの最新状態をリサーチすることはコストがかかることになる。

流動性の問題

問題はコストだけではない。流動性も問題だ。自動マーケットメーカー(AMM)で調べてみると、イーサリアムブロックチェーン以外はきわめて流動性が低い。イーサリアムブロックチェーンの中でさえも、取引は上位のトークンに集中している。流動性のないトークンは価格操作に対してはるかに脆弱だ。

規制が不十分な市場での流動性不足は、米証券取引委員会(SEC)がビットコイン(BTC)ETF(上場投資信託)の申請を却下している主な理由のひとつだ。私たちは昨年、暗号資産価格が何度も操作されることを目にしてきた。こうした懸念が払拭されることはなく、企業が流動性の低いエコシステムとやり取りしたり、取引する意欲はますます削がれていくだろう。

すでに十分に複雑なのに、どのチェーンを追加するかの選択肢は常に変化している。ここ数年、さまざまな「イーサリアムキラー」がエコシステムのNo.2の座を争い続けている。

どのチェーンが優勢かを示す優れた指標、DeFilLlamaのスコアカードによれば、イーサリアムはDeFi(分散型金融)エコシステムを支配している。DeFiLlamaは140近くのチェーンを追跡しており、ときによって、バイナンス、テラ(Terra)、トロン(Tron)、セロ(Celo)がDeFiエコシステムの2位の座を占めてきた。だが、DeFiエコシステムの総価値の20%以上を占めた2位のチェーンはこれまでに1つもない。2位のチェーンは通常、10%以下だ。

互換性という落とし穴

あるいは、イーサリアム・バーチャル・マシン(EVM)の互換性は、チェーン採用のリスクを回避するための有用な要素にはならない。EVM互換性とは、(理論的には)イーサリアムのバーチャル・マシン向けに書かれたアプリケーションは「互換性がある」とされるすべてのチェーンで実行できることをいう。しかし理論は必ずしも現実と一致しない。その結果、EVM互換性はかえってリスクを高める可能性がある。

EVM互換性は完璧ではなく、各チェーンでの実装は微妙に違っている。EVM互換性によって、別のチェーンに新しいスマートコントラクトを展開することは間違いなく簡単になるが、完全に“互換性がある(とされる)”環境でスマートコントラクトは異なる動作をする可能性があり、互換性を主張することで、多くの人が慎重に検討せずに導入してしまうリスクが高まるかもしれない。

スマートコントラクトをテストネットからメインネットに展開した際、多くの場合、新たなエラーが発生する。クロスチェーン展開はどんな状況でも簡単になるとは思えない。

こうしたことはすべて私たちの経験と一致している。つまり、イーサリアムブロックチェーン上で新しい資産やサービスを自社査定ツールに適応させるために必要な作業は、他のチェーンよりも大幅に少ない。その理由は、私たちがすでに基盤となるエコシステムを十分に理解しているから。

イーサリアムブロックチェーンはまた、他のどのチェーンよりもはるかに高い流動性を提供しており、そのすべてが同じエコシステム内にあり、クロスチェーンブリッジのリスクはない。

未来を予測する方法

規制がより強化された未来を予測する方法の1つは、最大手の中央集権型、あるいは伝統的金融機関が暗号資産市場をどのように捉えているかを検証すること。これらの企業は厳しい規制を受けており、プロセスを文書化し、顧客に対する責任に間違いなく対応していることを示すために広範な作業を行う必要がある。そしてすでに見られるように、これらの企業の多くは取り扱いをビットコインとイーサリアム(ETH)に限定しており、取り組みスピードはきわめて遅い。

厳しい規制を受けた企業がビットコインとイーサリアム以外を取り扱い始めた時、イーサリアムエコシステムから複数のトークンを追加し、さらにおそらく、DeFiサービスに取り組み始めるだろうというのが私の予測だ。私は以前、こうした動きは2022年に始まると考えていた。

しかし、2022年下半期の市場の混迷と規制強化によって、多くの企業の取り組みは動きが鈍り、コンプライアンスにさらに注力することとなった。

すべてのチェーンが成長し、ベンチャーキャピタルからの資金が潤沢で、規制当局の監視も緩かった時は、こうした課題は無視することが簡単だった。だがそうした状況は過去のものとなり、状況は一変した。コスト削減と規制強化の中、マルチチェーン時代は終わりを告げようとしている。

ポール・ブローディ(Paul Brody)氏:EY(アーンスト・アンド・ヤング)のグローバル・ブロックチェーン・リーダー。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Cristina Gottardi/CoinDesk
|原文:Regulators Are Bringing the Multichain Era to a Close