東京 日本橋の高級マンションに10万円「ST投資」して分かったこと

都内の高級マンションや、インバウンドで賑わう京都の旅館やホテル……。特定の不動産に小口投資できる新たなデジタル金融商品が増えている。データの改ざんが不可能と言われるブロックチェーンをベースに、不動産資産を証券化・小口化し、暗号化されたトークンで取引される「セキュリティ・トークン(ST)」だ。

政府はこのセキュリティ・トークンの法律を整備し、野村ホールディングスや三菱UFJフィナンシャルグループ、SBIホールディングスなどの大手金融機関は、新たなデジタル金融商品の市場整備を進めてきた。新設の大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)は12月、一部のセキュリティトークンを扱う流通市場(セカンダリー)の運営をスタートさせている。

個人にとって、セキュリティトークンはどのような投資体験を得ることができるのだろうか?この記事では、実際に不動産STを購入して、STの運用について考えていきたい。

10万円で購入できる不動産デジタル証券を探す

手持ち資金が豊富にあるわけではないので、今回は10万円を上限に不動産STを購入してみる。「10万円で購入できる不動産ST」とグーグル検索すると、複数の企業が投資単価10万円の不動産STを販売していることがわかる。

贔屓にしているわけではないが、三井物産デジタル・アセットマネジメントが運営しているサービス「ALTERNA(オルタナ)」を利用してみる。

スマートフォンとノートパソコンを併用して、オルタナで口座開設の申し込み手続きを進める。銀行口座情報を入力して、過去の投資経験に関する質問に答え、マイナンバーカードや運転免許証をスマホカメラで撮影して、KYC(個人認証)のプロセスを終わらせる。申し込み手続きにかかった時間は5分程度だった。

年末の金曜日に口座開設を申請し、翌週の月曜日には開設完了のメールが届いた。次は、実際に投資する不動産STの商品を探してみよう。

5年の運用期間、想定利回り3.4%をどう考える?

(筆者が開設したオルタナのアカウントに表示された画面)

オルタナにログインして「案件一覧」を眺めると、想定利回り3.6%の「京都・三条のホテル」や、4.0%の「熱海温泉 大人の隠れ宿」などが目に入る。海外旅行客が増え続けていることもあり、観光地の宿泊施設への投資は魅力的に映るが、2つとも募集期間がすでに終了していた。

現在募集中の案件は、「東京・日本橋のラグジュアリーレジデンス」の1つだった。想定利回りは3.4%で、運用期間は5年1カ月。中央区日本橋の商業地域に建つ鉄筋コンクリートの地下1階付き12階建てで、60平米の2LDKと75平米の3LDKの2つのタイプがあり、戸数は44。

運用が始まると、資産運用会社が作る事業計画に沿って、賃貸運営や建物管理、修繕、改修が行われる。それぞれの部屋の賃貸借契約に基づき、毎月の賃料が入金されるが、ここからコストやローンの利子支払いなどが差し引かれ、投資家には年2回の配当が支払われる仕組みだ。

この不動産STを購入する個人が支払う手数料は、発行価格と発行価額との差額(一口あたり4,000円)と、目論見書に記載されている。運用期間は5年1カ月だが、途中で持ち分を売却する場合、投資対象の不動産鑑定評価額を元に計算される基準価格(NAV=Net Asset Value)を元に、計算される価格で売却を申し込むことができると説明している。

グーグルでニュース検索してみると、「インフレに不動産が強い理由」などのタイトル記事が上がってくる。2024年は、いよいよ日本銀行が長期にわたって続けてきた金融緩和を引き締めにシフトさせるとの憶測が聞こえ、国内の物価や金利が上昇する可能性を考えると、資産の一部を不動産STに振り分けるのも一手なのだろうか?

自問自答しながらも、日本橋の「ラグジュアリー・マンション」のデジタル証券(ST)を10万円分(1口)を購入する手続きを進める。

「トークン」購入にデジタル資産用ウォレットは要らない

(筆者が開設したオルタナのアカウントに表示された画面)

まずはネット銀行の口座から、オルタナが指定する銀行口座に10万円を振り込む。マイページ上の申込一覧のページで入金を確認すると、現金残高が10万円と表示された。

続いて、抽選申込を行い、当選結果の発表を待つ。

(筆者が開設したオルタナのアカウントに表示された画面)

発表までの間、今回購入するデジタル証券の目論見書をダウンロードして、この金融商品の詳細を理解しようと試みる。多くの素人・投資家にとっては、金融用語が盛りだくさんで、130ページを超えるPDFファイルは、簡単に理解できる代物ではない。

金融商品を説明する目論見書は、記載する項目や使用できる表現などの規約があり、その文章量は膨大で、一般の読み手にとっては堅い表現になってしまう。

「日本人の金融リテラシーは向上する必要がある」と指摘されてはいるが、一般に金融商品を説明する目論見書が、もっと平易な言葉づかいで、分かりやすいドキュメントにはならないものだろうか?

2100兆円にまで膨らんだ個人金融資産のほとんどが現預金の日本では、「貯蓄から投資へ」が叫ばれて長いが、金融用語と金融知識の民主化が起こらない限り、金融商品と個人との距離はなかなか縮まらないのではないだろうか?

日本橋のラグジュアリーマンションの当選結果は、指定されていた日時に無事届いた。オルタナにログインして、最後の申込手続きをすると、デジタル証券は数日後に受け渡されるとの案内が表示された。

ブロックチェーンを基盤技術とする暗号資産(仮想通貨)の取引では、暗号資産用のウォレット(アプリケーション)を利用するケースが多いが、オルタナなどのセキュリティトークンを扱う国内のサービスを使う場合、ウォレットをダウンロードする必要はない。

オルタナ上で口座を開設し、購入、受け取り、運用状況の確認までができ、すべてのプロセスはシンプルで、ユーザーが戸惑うことは少ないだろうと感じる。

(筆者が開設したオルタナのアカウントに表示された画面)

株価は企業価値、単一不動産は何を指標に分析する?

株式や国債を中心に投資を行う場合、多くの個人投資家は、野村アセットマネジメントや三菱UFJアセットマネジメント、米ブラックロック(BlackRock)、米フィデリティ(Fidelity)などの資産運用会社が運用するETF(上場投資信託)をベースに、積み立て投資を行う傾向がある。

ETFの種類はさまざまで、テーマや業界(セクター)などでバスケット(ETF)の中の銘柄が異なる。そのうえで、マイクロソフト株やアマゾン株、テスラ株などの個別株式銘柄は自分でリサーチしながら、選んで購入する投資家が多いだろう。

不動産においては、REIT(リート)がETFにあたり、投資家から集めた資金で、オフィスビルやマンション、商業施設など複数の不動産を購入して、そのリターンを投資家に分配する。REITは、Real Estate Investment Trustの略で、投資信託の部類に入る。

S&P500や日経平均などのインデックスに連動するEFTであれば、米国や日本の経済状況に関するデータやニュースを追うことで、素人の投資家でもある程度の分析のようなものはできるかもしれない。個別の株価を予想するには、企業が発行する4半期ベースの決算報告書や、事業に関する発表文を読み、証券会社のアナリストが定期的に発行するリサーチノートなどを参考にできる。

それに対して、不動産STは個別銘柄(単一の不動産)に投資できる新しい金融商品だ。REITなどのファンドに比べて、特定の不動産に投資できることから、その単一不動産に対する愛着のようなものを感じることができるかもしれない。同時に、単一だからこそ、その物件についてより多くのことを調べてみようという動機が生まれる。

一方、単一不動産であるがゆえに、その不動産が存在する地域の経済活動や特性、地価の推移なども調べる必要がありそうだ。

セキュリティトークン市場の拡大で必要となるニュースサービス

(筆者が開設したオルタナのアカウントに表示された画面)

オルタナから「証券の購入プロセスが完了した」という連絡が、メールで届いた。

オルタナにログインして、「保有資産」画面を確認すると、保有していた現金が「三井物産のデジタル証券」に変わり、資産合計は10万4,008円と表示されている。

(筆者が開設したオルタナのアカウントに表示された画面)

「運用状況」をクリックすると、評価損益は+4008円で、現時点の利回りは4.01%。なぜ証券を受け取った初日に含み益が出ているのだろうか?

受け取ったメールを再度読んでみると、この案件について、三井物産デジタルで投資案件の取得交渉を行った結果、鑑定評価額よりも低い金額で不動産を取得しているため、初日から「含み益」が生じると説明している。

上場株式は毎日市場で値段が決まるが、不動産価格はそうはいかない。その代わりに、不動産鑑定士が、周辺の取引事例や収益の情報などを参考にして、算出した「不動産鑑定評価額」という参考値が存在する。

2024年、日本ではさらに新たなSTが販売され、国内での取引量が増えることが予想される。SBIや三井住友フィナンシャル、野村ホールディングスが出資する大阪デジタルエクスチェンジは昨年12月、一部のSTを対象にした流通取引をスタートさせたが、今後、このODXで取り扱うSTの数は増え、取引量も増加するだろう。

ST市場が大きくなればなるほど、個人投資家向けの分かりやすくて有益なニュースや、投資判断の参考になる中立的な分析サービスがより必要になってくるだろう。

|文:佐藤 茂
|編集:CoinDesk JAPAN編集部
|画像:筆者がST投資した物件の写真(提供:三井物産デジタル・アセットマネジメント)