世界を支配するために通貨を作った「イスラム国」

過激派組織ISIS(いわゆる「イスラム国」)はシリアとイラクの大部分を支配しようと考え、自動車爆弾と自爆攻撃に加えて、巧妙な武器を使った。通貨だ。

ISISはイスラム教の過激な解釈の下での世界統一を目指した。そして、イラクとシリアに排他的で暴力的な社会と、筆者が「ISISコイン」と呼ぶ経済実験を作り出した。

10種類の硬貨

ISISコインは約1000ドルから数セントまで、10種類のコインで構成された。ISISはアメリカ、イラク、シリアの通貨を金貨、銀貨、銅貨からなる独自通貨に置き換えようとした。

当時、ISISは3万4000平方マイルの、石油が豊富な領土を確保していた。独自通貨ディナールを使って石油取引を行うことで、ドルを石油ビジネスから排除し、アメリカ経済を不安定化しようと考えていた(ISISはオイルマネーを中心とする経済システムをアメリカの「アキレス腱」と呼んだ)。

ディナールは、中世のイスラム帝国「ウマイヤ朝(Umayyad Caliphate)」の硬貨をモデルにした。ウマイヤ朝の指導者アブドゥルマリク(Abd al-Malik ibn Marwan)は、中東に散らばったイスラム教徒を経済的に結びつけるために硬貨を発行した。

5種類の銀貨

2015年、ディナールはISISの支配下にある一般市民に義務付けられた。最盛期、ISISはイラクとシリアで1000万人を支配し、ISISディナールは近代史上、最も野心的な経済実験となった。

一方、シリア北部の自治領「ロジャヴァ」に住む筆者は、ISISと戦うシリア民主軍が管理する施設で捕虜のモハメド・ナジャール(Mohammed Najjar)と面会した。ナジャールは写真撮影や動画撮影を拒否した。彼は筆者の音声レコーダーにもナーバスになり、ISISからの報復を恐れて名前を公表しないことを要求した(よって、モハメド・ナジャールは仮名だ)。

ナジャールは石油関連の仕事をしていた。石油はISISにとって最も収益の高い輸出品であり、通貨ディナールの心臓だった。筆者が彼の前のテーブルに銀貨を置くと、ナジャールは笑った。銀貨は幅の広い硬貨で、直径は約1センチ。勤勉と慈善を賞賛する一節がアラビア文字で刻まれていた。

「イスラム国ではこれは失敗だった」と彼は笑いながら言った。

「うまく行かなかった」

2015年に公開されたプロパガンダ映画『The Return of the Gold Dinar(ディナール金貨の復活)』の中で、ISISの金融実験は2001年のアメリカ同時多発テロに続くものであり、アメリカ経済との全面戦争における新しい武器とされた。

「ドキュメンタリーを見たか?」とナジャールは目を輝かせて筆者に聞いた。

「世界経済を破壊する計画だった」

金貨の思わぬメリット

ナジャールは2013年10月、ISISに加わった。

石油に関する知識を持つ彼は、ISISの経済戦略の中枢である油田で働いた。

イラクとシリアの石油の豊富な地域を広く支配していたISISは、ダマスカス、イラク政府、トルコが支援する反政府勢力などの近隣顧客に石油を売って利益を得ていた。

「大儲けしていた」とナジャールは述べた。

「イスラム国は月に約6000万ドル(約64億円)稼いでいた」

ISISにとって問題は、取引のすべてが米ドルで行われたことだった。アメリカの覇権に対して宣戦布告したにもかかわらず、実質的には米ドルの支配を促進していた。

独自通貨ディナールの発行、つまり、ISISのプロパガンダ映画が描いたのは、「世界の富の究極の尺度であるゴールドの復活──そして、金融におけるISISの台頭」だ。

最初にISISで最も収益の高い輸出品である石油部門にディナールは導入された。ISISから石油を買うために、取引相手はドルをディナールに換金しなければならなかった。

その後、ISISはディナールを「イスラム国」の市民に、まずは徐々に、商人がお釣りとして従来の紙幣ではなく新しいディナールを出すことで導入した。

2015年末までに、ディナールは義務付けられた。

「シリア政府の通貨は使用が禁止された。イスラム国のすべての地域で、ISISディナール以外の通貨を使うことは禁止された」

だが「イスラム国」には数多くの交換所があり、ISISディナールをドルやその他の通貨に換金し、人々や企業が互いに取引できるようにしていたとナジャールは述べた。

これは「イスラム国」に別のメリットをもたらした。

ナジャールによると、4.25グラムのディナール金貨の市場価格は約160ドルだが、イスラム国内では190ドルで取り扱われることもあった。これはISISにとって1ディナールあたり30ドルの利益を意味する。ISISの石油取引はピーク時には1日あたり15万バレルだったため、積み重なると途方もない金額となった。

店員にディナール金貨を見せるISISの構成員。

根強い金本位制支持者

ISISディナールは単なる金儲けの手段ではなかった。

それはイスラムの原理に基づく経済を作ろうという試みでもあった。なぜなら、イスラム教の基盤となっているシャリーア法では、ある種の経済活動は禁止されているから。

シャリーア法は金利──リバー(riba)と呼ばれる──を禁止している。ある解釈に基づくと、これにより多くの伝統的な銀行業務が禁止されている。借金も禁止されている。なぜなら、取引はゴールドのような資産で裏付けられなければならないから。

ディナールの実験はアブール・アラー・マウドゥディ(Sayyid Abdil A’la Mawdudi)などのイスラム学者の教えに端を発している。同氏は資本主義と共産主義に代わる中間的な代替案を提示し、「ザカート(zakat)」と呼ばれる慈善行為の重要性を強調した。ISISはザカートについての独自の解釈によって、国家建設にかかわる多くの資金を市民からの寄付で集めた。

ニューヨークタイムズは、この税金がISIS経済の基盤になっていると伝え、ザカートの収益は石油販売をはるかに上回るとした。

だがナジャールはこれを強く否定し、「嘘」と呼んだ。そして、ISIS占領地の人々は貧しく、いかなる実質的な貢献もできないと述べた。

ISISがプロパガンダの中で、伝統的な銀行業務を「悪魔のよう」と表現し、ディナールを「連邦準備制度理事会(FRB)によって奴隷的に組織された詐欺的な金利ベースの金融制度」の解毒剤として提案していることは注目に値する。

著名な金本位制支持者のマイク・マロニー(Mike Maloney)、陰謀論者エドワード・グリフィン(Edward Griffin)、自由主義政治家ロン・ポール(Ron Paul)といったアメリカの思想家の言葉は、ISISのプロパガンダに直接引用されている。彼らの言葉はビットコイン支持者にも馴染みの薄いものではなく、思想家たちは米ドルのインフレ、金本位制の放棄、そしてドルの世界的な支配を批判している。

「アメリカはドルを使って世界をコントロールするゲームを行っている」とナジャールは語った。

「石油はドルで買わなければならない。国際的にすべてのものをドルで買わなければならない。ディナールはよりイスラム的だった。ディナールには本当の価値があり、金にも本当の価値がある」

なぜ失敗したのか

独自通貨ディナールのローンチは成功したにもかかわらず、ISISは依然として経済攻撃に弱かった。2016年、アメリカはISISの油田を爆撃し始め、最も収益の大きなリソースを失ったことでISISは崩壊を始めた。

ナジャールによるとディナールは、ISISの市民や企業にとって、日常的な通貨としてよりも、石油産業における交換手段として、よりうまく機能した。

「我々は以前はドルでモノを買っていた。その後ディナールに変わり、問題が生まれた。商人らはディナールが機能していないことに気づいたため、商品を持ってくることをやめ、ディナールから手を引き始めた」

「イスラム国」以外では需要がないため、ディナールは生産コストよりも低い価格で取引されるようになった。

「問題は常に製品の購入にあった。特にディナール銀貨の価値は非常に低かった。だから、何かを買いに行くと、商人は銀貨を受け取らず、これは扱っていないと言った。あるいは商品の値段を高くした」とナジャールは述べた。

その重さ──記事執筆時点で最大のコインは1000ドル近くの価値がある──のためディナール金貨は商人に人気があり、しばしば溶かされたり、市場で転売されたりして、実質的にISISの金本位制経済から流出した。

ディナール金貨

次はビットコインなのか?

利子の禁止など、イスラム法に準拠した金融システムの制約を考えると、仮想通貨は潜在的な代替手段としてアピールされている。

例えば、CoinDeskはイーサリアム(Ethereum)・プラットフォームの運営を監督する非営利団体、イーサリアム財団(Ethereum Foundation)は、サウジアラビアのワッハービスト(Wahhabist:イスラム教の復古主義的な改革派)から投資家を募っていると伝えた。

しかしナジャールは「ビットコインは聞いたことがある」が、ISISが使っているという話は聞いたことがないと述べた。

シリア民主軍(SDF)の情報当局は、ISISは国際貿易において米ドルに依存していることを認めた。他のテロ組織は広範囲に仮想通貨を実験している。

ISISは5月、米軍の支援を受けたシリア民主軍の攻撃で最後の領土を失った。当時、米軍は約21億ドル(約2200億円)相当のゴールドを見つけ、情報当局はさらなる発見を望んでいると言われている。

「このようなインタビューを受けると『ゴールドはどこにある? ISISはどこに隠した?』と聞かれる」とナジャールは笑った。

北シリアでは、ディナールは流通しなくなった。いくらかは戦利品としてSDFの兵士に人気となっている。そうした硬貨の大部分は銅貨と銀貨で、ディナール金貨のような高価な通貨は大部分が溶かされた。ディナールの転売は違法で、流通している通貨は記念品として保管されたわずかなものを除いて、当局に押収される。

ナジャールによると、独自通貨ディナールの失敗──そして「イスラム国」を拡大できなかったこと──の理由は、イスラム法を正しく執行できなかったためだ。

「イスラムでは、金持ちから取り、貧しい人に与えよと言われている」と彼は述べた。

「それが適切に行われなかった。適切に執行されなかった、失敗するはずがなかった。私はそう思う」


レイチェル・ローズ・オリアリ(Rachel-Rose O’Leary)はCoinDeskの記者。経済的、社会的、政治的混乱にある地域で仮想通貨がどのように使われているかを取材している。この記事は、シリアのロジャヴァからのシリーズのうちの1本。

翻訳:新井朝子
編集:増田隆幸
写真:Dinar images via “Return of the Gold Dinar” propaganda video
原文:Sharia Goldbugs: How ISIS Created A Currency For World Domination