250万人のファンの“熱量”とトークンを掛け合わせる──ファンクラブ運営会社がIEOで目指すものとは?

ファンがアーティストを「推す」熱量とトークンが掛け合わさったとき、どんな世界が広がるだろうか。

サカナクション、UVERworld、THE YELLOW MONKEYなど、300以上のファンクラブを運営するFanplusは、Fanplaに暗号資産の発行・販売を委託し、250万人超の有料会員の間を流通するトークンの発行をめざす。3月4日、FanplaとコインチェックはIEOに向けた契約を締結した。

リリースによると、IEOによってアーティストやクリエイターがファンと直接つながる「Direct to Fan」の経済圏と、コンテンツを創る側と楽しむ側の双方が参加する新しい「推し活」の場を創出するという。発行体のチームには、シンガポールを拠点にWeb3領域に特化したファンドを運営するEmooteが参画する。

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IEOの時期、資金調達の規模は未定。新しい取り組みの具体的な内容は今後詰めていくとのことだが、現段階でどのような事業を考えているのか、何を目指しているのか。Fanplus代表取締役の佐藤元氏、Emoote代表取締役の熊谷祐二氏、コインチェック副社長執行役員の井坂友之氏に聞いた。


「憧れ」から生まれた出会い

──IEOで調達した資金で、今、どのような事業を想定されていますか。

佐藤:我々が運営している300以上のアーティストのファンクラブの有料会員は合計すると250万人ぐらいになります。我々が関わるアーティストにスペシャルなサービスを用意していただき、それをユーティリティとして提供することや「今年最も活躍したアーティスト」を選ぶミュージックアワードを実現したい。またファンにリアルに集まってもらい、ライブもやっていきたい。まだこれからいろいろなアイデアが出てくるでしょう。2年前からNFTマーケットプレイス「FanplaOwner」も運営しているので、そうした仕組みもうまく活用しながら開発を進めたいと考えています。

井坂:すでに250万というユーザーを抱えていらっしゃるところにトークンの仕組みを取り入れることはある種の勇気がいることだと感じています。日本のIEOにとって、非常にポジティブな事例になると思っていますが、一緒に取り組む我々も御社内でどのような議論があったのか興味があります。

佐藤:我々が提供しているサービスは常に進化しています。かつてはガラケーでデジタルコンテンツを販売していた時代があり、スマートフォンに対応させる動きが起こり、スマホ対応によってPCベースのファンクラブサービスとの融合も起こりました。さらにWebの限界が出てきたときには、アプリ化して課金サービスが一般化しました。

チケットも昔は紙でしたが、今は電子チケットになって、転売対策ができたり、オフィシャルな2次流通が可能になりました。新しい技術にはこれまでも挑戦してきたので、今回も次のステップに進むイメージです。

熊谷:世界的に見ても、音楽業界は新しいものへの取り組みが早い。ゲームやアニメ、映画などと比べても、非常に“前のめり”の方が多い。新しいサービスは、既存のものをそのまま取り入れていくよりも、まずは興味を持っていただけるアーティストと一緒に、新しいものを小さく作っていくことが重要です。Web3のエンターテインメント領域には、まだ正解がありません。Web3の仕組みの中で新しいものを作っていくことがファーストステップではないでしょうか。

──FanplusとEmooteの出会いはどういった経緯だったのですか。

(Fanplus代表取締役の佐藤元氏)

佐藤:始まりは個人的な興味、憧れみたいところからです。シンガポールでWeb3ビジネスを手がけている人はどんな風に仕事をしているのか、Web3をやるならシンガポールに行くべきなのかなど、誰か実際にシンガポールにおられる方に話を聞きたいと思っていたところ、熊谷さんを紹介してもらいました。

熊谷:あのときは佐藤さんを含めて何名かおられたのですが、なるべく率直にいろいろお伝えした方がいいと思って、遠慮なく、「これじゃダメです」など、いろいろ言わせてもらいました。後から聞きましたが、それが佐藤さんの印象に残ったようです。

佐藤:12月にシンガポールを訪れた際にも、コワーキングスペースで話をさせていただきました。コワーキングスペースにはAstar Network(アスターネットワーク)の渡辺創太さんなど、Web3関連の方が数多くおられ、そういう場所でビジネスの話ができると、前にすごく進みやすい。日本で「どうやって進めればいいのか」と悶々としていたところから、見える世界が変わりました。

ファンの継続的なエネルギーをサステナブルなサービスに落とし込む

──今、音楽業界では、Web3への取り組みは積極的なのでしょうか。

佐藤:まだまだこれからです。ですが、そんなことを言っていると、あっという間に置いていかれることを過去に何度も経験しています。今はまだ黎明期ですが、いずれ盛り上がったときに、しっかりとプレイヤーになれるように準備することが重要です。

音楽配信では海外のサービスが日本に上陸してきて、我々はSpotifyやApple Musicに音楽を預けないと流通させることができない状況になっています。SNSもすべて海外のサービスです。新しいものを日本から生み出していくためには、早めに動き出すべきだという思いがあります。

秋元康先生たちはすでに、IEOで資金を調達し、オーディションを行ってアイドルグループをデビューさせるプロジェクトに関わっています。非常に手応えを感じているようで、先日、第2弾のプロジェクトを渡辺創太さんとパートナーシップを結んで発表しています。

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──Nippon Idol Token(NIDT)は、「アイドルオタク」を自認する人たちがIEOで資金を集め、女性アイドルグループ「WHITE SCORPION(ホワイトスコーピオン)」をデビューさせました。どういった印象を受けましたか。

佐藤:オーディションでアイドルを生み出す手法は、以前から日本にもあり、手法自体には馴染がありました。今はK-POPアイドルのオーディションに日本人が参加することも増えています。ですが、IEOで資金を調達し、プロジェクトにトークンを活用するという新しさがありました。

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オーディションの選考過程に参加して、「このメンバーをデビューさせたい」という思いは、応援する人たちの中に非常に強くあります。さらに、デビューした後も、活動していくなかでの利益配分までも含めて考えると、トークンの活用はとても有意義です。我々は、K-POPスタイルのオーディションでデビューを目指す「PRODUCE 101 JAPAN」から生まれたアイドルグループのファンクラブを運営していますが、応援の熱量はすごい。このオーディションシステムにトークンを活用すれば、ものすごい熱量が生まれると感じています。

──Emooteは発行体のチームに参加し、トークノミクス設計やプロダクト企画を担当します。現状、どんな工夫やアイデアを描いていらっしゃいますか。

(Emoote代表取締役の熊谷祐二氏)

熊谷:まず、Web3全体の課題として、いわゆる「プレイ・ツー・アーン(P2E)」モデルでは、ユーザーがトークンを受け取るところまでは良いのですが、トークンの消費先がありません。トークンがうまく消費されないので、売り圧力だけになってしまい、サステナブルなエコシステムを構築できません。シンプルに言うと、トークンのユーティリティをいかに作っていくかが重要です。

今回の取り組みは、2方向のマーケットプレイスだと捉えていて、1つはアーティストのファンの方々がチケットやグッズを買うことで消費が発生するものです。ただし、それだけでは法定通貨をトークンに置き換えただけ。トークンの経済圏を作っただけになってしまいます。ポイントはもう1つ、つまり、トークン保有を通じてファンをプロジェクトに巻き込み、何かを一緒に共創していくところにあります。例えば、ファン参加型でライブを作り、そのプロセスでトークンの消費先を作るなどです。

短期の投機ではなく、長く事業としてやっていくためには、5年10年をかけて大きくしていく必要がありますし、そうでなければアーティストやクリエイターも安心して踏み込めません。適切なお金もマーケットから入ってこないと思います。ユーザーも安心して物を買ったり、投資できません。あくまで長期でどう運営していくかを考えています。

佐藤:ファンクラブは、コアなファンと向き合っています。アーティストがデビューして人気が出ると、会員数が一気に増えますが、ピークを超えると維持することがベースになります。ですが、そこからがまだまだ長いのです。先日、矢沢永吉さんが活動50周年を迎えました。つまり、50年間アーティストをずっと応援している人たちがいるわけです。そこまでではなくても、10年20年と活動しているアーティストはたくさんいて、その間、ずっとファンクラブに入って応援し続けるファンがいます。特に初期から応援しているファンはずっと関わり続けるエネルギーが非常に大きい。継続的なエネルギーをサステナブルなサービスに落とし込むことは非常にフィットしていると思います。

熊谷:日本は「2次創作」が盛んです。今まで消費者だったファンを巻き込み、共創する環境を作りやすいと考えています。ライブを作る、楽曲を広める、応援広告みたいなものもあります。そういったものをFanplusのプラットフォーム上で生み出していく。ファンが対価を受け取るサポーターになれる、そういった経済圏を作っていきたい。

井坂:長く応援していて、万一、何かの理由で推し活が終わってしまうような状況になっても、思い出とともにしっかり残るもの、流通するものが生まれるようになると素晴らしいですね。

佐藤:結婚したり、子どもができると、ファンクラブを退会してしまうこともありますが、「好きな気持ち」は簡単には消えません。子どもが成長して、時間ができて、またライブに参加したり、今度は子どもと一緒に参加するというシーンを我々は実際に目にしています。若い頃の応援のエネルギーが時間を超えて広がっている。アーティストも成熟していって、若い頃から10年20年経てば音楽も変わり、ライブの演出も変わっていきます。長く応援できる要素が音楽にはあります。

「足し算」ではなく、トークンによって「掛け算」を可能にする

──今後、Web3サービスを具体的に考えていくときに、特に意識していることはありますか。

(佐藤氏)

佐藤:日本のエンタメは基本的に定価のサービスです。例えば、ライブチケットは8000円、CDは10曲入りで3000円、ファンクラブは年間6000円くらいです。人気が出てきて、スケールするときのビジネスとしては明確なのですが、安定期に入ると限界が生まれます。会員が増えなくなったり、CDが以前のように売れなくても、アーティストとして活動している価値や作っている音楽の価値が毀損するものではありません。長く、いつまでも聞いてもらえる楽曲があります。そこをいかに、これまでとは違う方法でスケールさせていけるかが大きな課題です。

ファンクラブサービスは定額制のストックビジネスで、安定性があることはアーティストにとって大きな意味があります。実際、コロナ禍でライブができず、チケット収入がなくなったときも、ファンクラブは会員が大きく減ることもなく、アーティストをずっとサポートできました。ですが価値をもっと最大化できる方法論を提示できないと、今以上にサポートすることはできません。配信、投げ銭、ゲームと提供するアイテムを増やしていく「足し算」的な取り組みはすでにありますが、ひとつひとつに労力がかかり、限界を感じているところもあります。

足し算ではなく、「掛け算」にできる方法論はないかと考えたときに、例えば、ライブの最前列は熱量のあるファンがプラスしてお金を出して購入できるようなサービスや、アーティストと会える「ミート&グリート」も抽選で当たるほかに、対価を支払って実現できるようなサービスがあってもいいのではないか。いわゆる「推し活」の熱量をダイナミックプライシング化していくことを考えています。

またトークンを活用することでファンクラブサービスの価値自体が上がれば、アーティストの収入も大きく変わる可能性があります。アーティストが活躍して、成果を手にしている姿を見て、子どもたちが「あんな風になりたい」と思い、音楽を始める。今、子どもたちは「大谷選手みたいになりたい」と思っているかもしれませんが、2000年前後はCDセールスの絶頂期で、時代の寵児のようなアーティストが生まれ、そうした人たちが活躍する姿を見ることで、多くの人の音楽を作るモチベーションを刺激した面があります。足し算ではなく、掛け算でアーティストが豊かになれる構造を提示できないと、日本の音楽シーンが衰退してしまうのではないかという危機感があります。そうした面にも影響を与えられる可能性がトークンにはあると考えています。

熊谷:いろいろと話をするなかで、佐藤さんはアーティストを正しく評価する仕組みを作りたいとさまざまなアイデアを提案されます。魂が込もっていると感じます。Web3はどうしてもトレンドを追ったり、あるいは業界のことを知らないままでサービスが作られているような面もあったりしますが、今回はあくまでもファンクラブサービスの重要なハブとしてWeb3を使っていきます。一緒に新しい世界を作っていきたいと思っています。

圧倒的なIEO事例を

──投資家として、そうしたWeb3の状況をご覧になっていて、この先はどのように展開すると予測していますか。

(熊谷氏)

熊谷:間違いないことは、Web3単独のイノベーションはもうある程度見えていて、これから先はマスアダプション、つまり一般の多くの人たちの生活に馴染んでいくフェーズに突入していきます。我々もそうした取り組みを投資先、支援先として応援したい。技術的な進化で多くの人たちがWeb3を使えるようになることはもう当然のこと。大事なことは、中長期での成功を一緒に描けるかどうかです。短期のトレンドを追っていると、市場の影響などコントロールできない要因で終わってしまうこともあります。中長期で取り組み、暗号資産のサイクルを超えて、しっかりと積み上げていけるチームかどうかが重要だと思います。

日本のエンタメビジネスは世界的に見ても、非常に強く、これまでの歴史やノウハウがあるからこそ、Web3でさらにエンパワーメントできます。既存のWeb2ビジネスをWeb3ビジネスとしていかに構築していけるかという点でも注目すべき取り組みです。

──アーティストは新しいWeb3ビジネスにどのように関与していくのですか。

佐藤:基本的には現状のサービスをトークンを使って拡張し、スペシャルサービスを提供してもらうことを考えています。今は利益をしっかり得られていない可能性があると思っています。

例えば、ファンクラブの中でアーティストにブログを書いてもらっても、毎日書けば会員が2倍になるかというとそうではありません。しかし、アーティストの言葉とか、ブログのコンテンツを切り出したときに価値を感じる人がいるはずです。そういうものをスピンアウトさせていくことが大事だと思っています。

ただし、今までなら「そこまではできない」と思っていたことを、この期にやってみるような可能性はあると思ってます。日頃バンドで活動しているアーティストがトークン保有者だけにアコースティックで弾き語りライブをやるなどを、トークンがきっかけで考えてくれるかもしれません。

──最初に手がけてくれるような具体的なアーティストのイメージはお持ちですか。

佐藤:濃淡があって、Web3、NFTというワードに対して敏感なアーティストは、すでにNFTを出品していて、Web3にも理解があります。秋元先生もすでにIEOプロジェクトに関わっているし、その周辺にいる人たちも反応がいい。そこから伝播していくことも期待できます。

エンタメ業界に限らず、成功事例は非常に重要です。ファンクラブで言えば、この10年くらい「Fanplusなら、うまく行く」という評判が広がっていると自負しています。今回の取り組みも多くのアーティストが一斉に取り組むというよりも、良い成功事例を作ることができると、一気に広がるでしょう。一点突破が重要なので、最初に誰と手がけていくかはいろいろ考えています。

井坂:今回の取り組みは、音楽業界を超えて広がっていくだけでなく、さらに、すでにしっかりとした基盤があるところにトークンを掛け合わせていくことのパイオニア的な事例になると感じています。

熊谷:Web3は一般の人たちも含めたクリエイターをエンパワーメントできるツールやプラットフォームになっていきます。我々の取り組みはひとつの象徴的なモデルケースになり、例えば、地方の活性化などにも応用が可能になると思います。

──その一方で、最近「クリプトの『終わりの始まり』」とおっしゃっていますが、その本意はどこにありますか。

熊谷:暗号資産業界だけでの単独プレイのような時代はもう終わりました。トークノミクスも、アイデアはもう出揃っています。ですが、現状はまだそれが実装できていない、運用できていないことが課題です。

そのためには単純に業界内でプレイしているのではなく、より広い社会の中で日々のライフスタイルに浸透させるとか、大規模な産業の中でビジネスユーザー向けの2Bのツールとして取り入れられることが必要です。スタートアップが取り組みやすい領域と、既存ビジネスが取り組みやすい領域があり、Web3は既存の経済とつながっていない、まったく新しいものだけではなく、連続性の中にも答えがあると思っています。既存の経済をエンパワーメントしていく基盤だと捉えた場合、スタートアップだけではなく、大企業のプロジェクトにも投資したり、支援することに大きなチャンスがあると考えています。

佐藤:我々の取り組みが発表され、この記事が出たときにはビックリする人もいると思います。ですが、エンタメ業界、音楽業界において「何か新しい未来を切り拓いている」と感じてもらえるようなサービスを作っていきたいし、そう伝わるといい。まだ時期尚早に感じる人がいるかもしれませんが、5年後10年後には「あのスタートがあって良かった」と言われるようなものにしたい。

熊谷:個人的には、多くの人たちの生活が変わっていく様子を実感できると一番ワクワクします。今回、こんなに大きなチャンスはないと思っているので、アーティストの活動はもちろん、ファンの人たちの毎日が変わるような新しい驚きを届けていきたい。

もうひとつは「圧倒的なIEO事例」を作る必要があると思っています。投資家の立場で言うと、日本のWeb3投資はまだ活況とは言えません。個人投資家を巻き込んだIEOによる資金調達をもっと盛り上げて、市場を形成していく必要があります。そのためには圧倒的に大きなロールモデルを作ることが重要で、それをぜひ一緒に作っていきたいと思っています。

|インタビュー・文:増田隆幸
|トップ写真:左からEmoote代表取締役の熊谷祐二氏、Fanplus代表取締役の佐藤元氏、コインチェック副社長執行役員の井坂友之氏(撮影:小此木愛里)