「Grab」をスーパーアプリに変えたハイパーローカル戦略──2020年はAI戦略で企業価値2兆円越えか

「Grab」をスーパーアプリに変えたハイパーローカル戦略──2020年はAI戦略で企業価値2兆円越えか

Brady Dale
公開日:2019年 12月 12日 05:30
更新日:2019年 12月 12日 05:30

タクシーの配車、フードデリバリー、決済サービス、企業向けの少額融資、ユーザーの健康相談、フルーツ・ドリアンの配送……。毎日の生活で必要なモノとサービスを、一つのスマートフォンアプリで簡単に手に入れられるのが「スーパーアプリ(Super App)」だ。

そのスーパーアプリの一つ、グラブ(Grab)は過去7年間で、東南アジアの主要都市において爆発的な人気を集めた。2012年の創業からグラブはどう事業拡大を進めてきたのか。

グラブ・シンガポールオフィスの担当者に、勢いに乗るグラブがこれまで徹底してきた企業戦略は何かと尋ねると、迷わず「ハイパーローカル戦略」だと言う。

グラブが促す東南アジアのリープフロッグ型・経済成長

シンガポールで目にするグラブのタクシー乗降エリア。

グラブ創業の物語はこれまで広く伝えられてきた。米ハーバード・ビジネス・スクール(ハーバード大学経営大学院)のクラスで出会ったフイリン・タン氏とアンソニー・タン氏が2012年6月にマレーシアで、タクシーの配車サービス「GrabTaxi」を始めた。

ガソリンスタンドに給油で訪れるタクシー運転手に、スマートフォンの使い方とスマホを利用して配車を行う方法を説明するため、クアラルンプールの町中を歩き回った逸話を、アンソニー・タン氏はニュースメディアのインタビューで語ってきた。

2013年にはフィリピン、シンガポール、タイでサービスを開始すると、翌年にはベトナムとインドネシア市場に参入。タクシーの配車サービスを軸にアプリ開発を進めたグラブはその後、フードデリバリーの「GrabFood」やモバイル決済の「GrabPay」へとサービスを拡大。

「GrabFood」のフードデリバリーを行う配達人(マレーシア・クアラルンプール)。

さらに同社のプラットフォームで事業を行うタクシー業者や、食品販売会社などのスモールビジネスオーナーに向けた少額ローンを提供する金融サービスにまでビジネスを広げた。

先進国が今まで歩んできた経済発展のプロセスを飛び越えて、スマホの急激な普及でリープフロッグ型のインフラ整備を進める東南アジアで、グラブはその流れの一翼を担ってきた。

また、銀行のサービスにアクセスできない人や事業者に対して、スマホを基盤とする金融サービスを提供することで、グラブはその企業価値を飛躍的に上げた。

多文化人材でグローバル視点と超・地域密着型アプローチ

約2億6000万人の人口を抱えるインドネシア。首都ジャカルタの路地には、ローカルフードを売る多くの屋台が並ぶ。

グラブは現在、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、ミャンマー、カンボジアの8カ国、330を超える都市で事業を進めており、「Grab」のダウンロード数は1億5200万を超える。研究開発(R&D)拠点は現在7カ所で、シンガポール、北京、インド・バンガロール、ベトナム・ホーチミン、クアラルンプール、ジャカルタ、アメリカ・シアトルにある。

創業者のアンソニー・タン氏は以前から、グラブはアメリカ市場などに参入する計画はなく、東南アジア域内のみで事業を進める方針を述べてきた。そして、グラブがこれまで同域内で事業を拡大する上で徹底してきた戦略の一つが、超・地域密着型(ハイパーローカル)アプローチである。

今回の取材でグラブは、グラブのアプリは共通した一つのアプリではなく、事業を行う全ての都市ごとにカスタマイズされたGrabアプリを作っていることを強調する。

カンボジアでは「Grabトゥクトゥク」、インドネシアは「Grabバジャイ」

カンボジア北西部にある世界遺産「アンコール・ワット」近くを走る「トゥクトゥク(TukTuk)」。現地では主要な移動手段だ。

例えば、配車サービスにおいてグラブが扱う交通手段は、東南アジア各地でその手段が違うように幅広い。カンボジアではバスやタクシーなどの交通機関が十分に整備されておらず、バイクと貨車を連結させた「トゥクトゥク(Tuk Tuk)」が今でも主要な移動手段の一つ。グラブは「GrabTukTuk」を同国で展開している。

インドネシアには「バジャイ(Bajaj)」と呼ばれる3輪自動車が走っているが、グラブがこれを「GrabBajaj」と名づけてローカライズ。同じく、フィリピンの街中を走る3輪自動車「トライク(Trike)」を対象に、「GrabTrikes」がある。

各地の法や規則の変化に対しても、グラブは感度の高いアンテナを張る。インドネシア・ジャカルタで2016年に、自動車のナンバープレートの末尾が偶数か奇数かで、市内の特定の道路を通行できる日を決める「ナンバープレート奇数偶数規制」が導入された時も、グラブは迅速に対応した。

「(奇数偶数制度が導入された時)即時に我々の地図上のアルゴリズムを変更した。おそらくグーグルがそれに対応するより早かった」(グラブ・担当者)

シンガポールでは、匂いの強いフルーツ・ドリアンを産地から自宅に配送するサービス「GrabDurian」も注目を集めた。

GAFAから転職したトップエンジニア達

インドネシアの首都・ジャカルタを走る3輪自動車のバジャイ(Bajaj)。

東南アジア域内のそれぞれの都市が直面する課題と、その解決策をグラブのアプリに埋め込んでいくのがグラブが言うハイパーローカル(超・地域密着型)戦略。この戦略を事業に落とし込んでいるのが、同社の多国籍・多文化人材だ。

グラブ社員の国籍は50を超える。エンジニアを含むテクノロジー系人材は2000人以上。グーグル、マイクロソフト、フェイスブック、アマゾンなどで働いてきた多くのエンジニア、データサイエンティスト、プロダクトデザイナーが、グラブの8つ研究開発拠点と連携しながらアプリ開発を進めているという。

また、グラブは約300名から構成されるAI(人工知能)とデータサイエンスを担当するチームを運営しており、同域内では最大規模だ。グラブは過去1年で1億ドル(約108億円)を超える資金をAI関連に投資してきた。次の一年では、AI分野における投資額を1億5000万ドルまでに拡大する方針だ。

「AIは今後、東南アジアの多くの人々の生活を豊かにしていくだろう。我々が持つデータを有効に利用し、AIをあらゆるところに活用できる企業を目指している」とグラブ担当者は述べ、同社が据える次のビジョンを明らかにした。

拡大するAI投資、深化させるGRABアプリ

車、バス、バイクで恒常的に混雑するジャカルタのラッシュアワー。

例えば、同地域の恒常的な社会問題である交通渋滞を緩和する上で、グラブは同社が保有する膨大な交通データの分析や地図作成(マッピング)にAIの利用拡大を進めていく。

「クアラルンプールは交通渋滞により年間10億リットル以上の燃料を無駄に消費している。ジャカルタに居住する人々は、平均22日間を移動のために費やすライフスタイルを送っている」(グラブ担当者)

配車サービス業界では、世界的に運転手による不正行為が報告されている。グラブは、同社が展開する配車事業における不正行為の発生率を1%以下を維持しているというが、今後はAIを利用して不正を探知する方法を開発していく。リアルタイムに監視できるモニタリングシステムを導入して、運転手の特異なルート変更などを察知できる方法を検討している。

ウーバー、トヨタ、SB、政府系ファンド…グラブの巧みなパートナー作り

グラブは東南アジアをコアマーケットに置き、同地域のそれぞれのマーケットのニーズを徹底的に調べ、それぞれのマーケットに対応したスーパーアプリを開発している。(グラブのHPより)

ハイパーローカル戦略に加えて、グラブが巧みに繰り広げてきた戦略の一つは、グローバル企業やスタートアップ企業と積極的に連携するパートナーシップ戦略。

これまでグラブに出資してきた企業リストには、マイクロソフトやトヨタ自動車、ヤマハ発動機、ソフトバンク、ソフトバンク・ビジョン・ファンド、韓国の現代自動車などに加えて、シンガポール国営ベンチャーキャピタルのVertex Ventures Holdingsや中国の政府系ファンド、China Investment Corp(CIC)が並ぶ。

また、グラブは米ウーバー(Uber Technologies Inc)の東南アジアにおける事業を2018年に買収。それまで同市場で競争を続けてきた2社だが、グラブによる事業買収の引き換えに、ウーバーはグラブの約2割の株式を保有する。競争関係を協力関係に変えた。

今年3月、グラブはアプリのサービス拡充を目的に15億ドル(約1630億円)規模の資金を調達。米CNNニュースは、これによってグラブの企業価値が昨年の110億ドル(約1兆1950億円)から140億ドル(約1兆5200億円)に上昇したと報じた。

タクシー配車で始めたGrab、メッセージで始まった日本のLINE

LINEとヤフーを傘下に置くZホールディングス(ZHD)は11月18日、経営統合で合意、都内で会見を開いた。LINE・CEOの出澤剛氏(右)とZHD・CEOの川邊健太郎氏の後ろに大きく映し出された「AIテックカンパニー」の文字。(写真:CoinDesk Japan)

グラブが生まれた1年前の2011年、日本ではLINEのメッセージアプリが、キラーアプリになろうとしていた。東日本大震災で携帯電話の機能を麻痺させ、多くの人たちが味わった経験と、その後のスマホの普及は、LINEのユーザー数を飛躍的に伸ばした。

あれから8年。LINEアプリの「ウォレット」タブを叩くと、送金、QRコード支払い、スマート投資、証券、ショッピング、仮想通貨取引所のBITMAXなどのサービスが並ぶようになった。

今年11月、LINEはヤフーを傘下に置くZホールディングスと経営を統合させることで合意。スマホ決済を入り口にしたスーパーアプリを作り上げていきながら、日本の社会課題を解決するためのサービスを開発していくとしている。

マーケットは異なるものの、グラブとLINEが進めてきた事業拡大の道程には似た点もある。グラブはさらに東南アジアが変化する上で必要なサービスの開発を続け、企業価値を向上させていくだろう。一方のLINEは、少子高齢化、経済の低成長が続く日本市場でどう事業を広げていくのだろうか。

取材・文:佐藤茂
写真:Shutterstock