フェイスブック・リブラに提言すること──デジタル通貨の安定条件:ブラジル中銀・弁護士

マルセロ・M. プラテス(Marcelo M. Prates)氏は、ブラジル中央銀行で弁護士を務めている。また、デューク大学ロースクルーで博士号を取得している。本稿での見解はプラテス氏個人のもので、同氏が関係するいかなる機関の立場や方針を反映するものではない。

コロナ危機で、デジタル通貨は興隆なるか

ビットコインというプロジェクトが始まったのは2008年10月。リーマン・ブラザーズが破産申告を行い、悪い状態だった経済危機がさらに恐ろしいものに陥ったわずか6週間後だった。それ以来、民間では多くの仮想通貨が誕生し、中央銀行でさえも独自のデジタル通貨の検討を始めるようになった。しかし、これらのデジタル通貨のうち、幅広く利用可能になったり、採用されたものはない。

今回のコロナウイルスによるパンデミックと、その深刻な社会的、政治的、経済的影響は、デジタル通貨に輝くチャンスをもう1度与えることになる。現金とは異なり、デジタル通貨はウイルス伝染の媒介となる可能性はなく、支払いのために人々が接触するのを仕方なしとする必要もない。さらに、一般人が利用可能な中央銀行デジタル通貨(CBDC)であれば、小切手を郵送することなく、経済刺激策の一環として政府が国民に対して直接送金することが可能になる。

しかし、民間であれ政府であれ、デジタル通貨が最終的にその約束を果たし、お金というものをより良くすることができるだろうか。筆者にはそう思えない。

仮想通貨はエリート向け?デジタルゴールド?

まず、仮想通貨はエリートのお金だ。仮想通貨の王様であるビットコイン(BTC)は、技術に精通し、裕福な者にとっては魅力的かもしれないが、生きるのに精一杯な人々のニーズには応えられていない。ビットコイン支持者ピーター・マコーマック(Peter McCormack)氏が最近ベネズエラを訪問して目にした通り、ビットコインが恩恵を最も与え得る層は、それを利用することができない。現金に依存し、高騰するインフレに最も影響を受ける貧困層と教育を十分に受けていない人々は、スマートフォンやネット、電気にさえも日常的なアクセスを持たない。

ベネズエラの過剰なインフレにより、非公式のドル相場で1ドルを換金するだけでも一苦労(写真:Shutterstock)

これは、中央銀行にとっての教訓となる。市井の人々と銀行が同じように使えるデジタル通貨の発行を計画しているとしたら、中央銀行は全く妥協のないアプローチを採る必要がある。どんなに貧しく、教育を受けておらず、高齢であったとしても、CBDCに全員が完全なアクセスを持つようなものでなければ、準備は整っていないということだ。

いまだ仮想通貨がお金に革命をもたらせない2つ目の理由は、その不安定さである。通貨の混乱に瀕した国の人々がハイパーインフレから身を守る為ビットコインに飛びつくことができたとしても、価格の不安定さに直面し続けることになる。コロナウイルス流行の間に、ビットコインはものの1週間で、ドル建てで価値が半減した。これは「デジタルゴールド」との呼び名にふさわしくない。やはり、流動性と安全性は米国債とドルにのみ見られた。

政府と民間、どちらが信頼できる発行者か

つまり、発行者やその通貨を裏付けるのが誰なのかは、依然として重要なのだ。滅亡へのシナリオに直面した時、東京にいる熟練投資家も、ジンバブエの一般人も、米財務省とFRB(連邦準備制度理事会)を何よりも信頼する。さて、このことは、民間の通貨発行者よりも政府の方が信頼に足るという意味だろうか。いや、必ずしもそうではないのだ。

アルゼンチンやブラジルに見られる通り、有事には躊躇なく銀行口座を凍結し、引き出しを制限する政府が存在する。そのような政府がCBDCを運用したら、どのようなことをするだろうか。さらに、流通する10ドルのうち約9ドルは、すでに民間によってもたらされている。商業銀行だ。銀行の預金は、現存する中で、デジタル法定通貨に最も近いものだが、それは民間によって発行されている。

確かに、コーネル大学の法学教授ロバート・ホケット(Robert Hockett)氏とサウレ・オマロバ(Saule Omarova)氏が主張する通り、現代の金融システムは官民連携であり、民間が発行した負債(銀行預金)を主権国家が自らの負債(通貨)とするものである。このフランチャイズのような仕組みはまた、うまくいかなかった場合には、主権国家の政府が流動性支援と救済という形で手を差し伸べなければならないことを意味する。つまるところ、肝心なのは「主権国家の完全な信頼と信用」である。

民間が発行するデジタル通貨は、ビットコインの欠点を乗り越えることができた場合のみ、現行の官民モデルの代替となり、信頼に足る策を示すことが可能となる。グーグルやフェイスブックなどのグローバルテック企業は目下、最も好位置にいる。広範なユーザーベースと地理的な広がりを活用して、国内にとどまらず国境を超えた支払いをも円滑に行うことのできるデジタル通貨を、素早く一般の人々に提供することができる。

フェイスブック「リブラ」への提言

その第一歩がフェイスブックのリブラだった。しかし、リブラは通貨というより証券に近く、欠陥ある設計のため短命に終わるかもしれない。それを避けるために、リブラ協会はステーブルコインのモデルから離れるべきだ。このモデルは、法定通貨のバスケットによって裏付けすることを必要とする。それはデジタル通貨の価値を安定させるのには役立つかもしれない。しかし同時に、その通貨を資産ポートフォリオに対するデジタルな権利にしてしまう。マネーマーケットファンドにおけるシェアのようにだ。

リブラ協会が真にデジタルな通貨を作り上げたいとしたら、リブラをビットコインモデルに近づけるべきである。リブラは特定の発行者を持つことはできるが、独立した、法定通貨に依存しない形で作成、送受、評価されるべきだ。そうすれば、リブラは面倒な問題抜きに、政府発行の通貨と民間発行の通貨の両方の利点をもたらすことができる。

フェイスブックCEO マーク・ザッカーバーグ氏(写真:Shutterstock)

フェイスブックは24億人のユーザーベースがあるため、装いを新たにしたリブラは直ちに世界人口の3分の1以上に利用可能となる。裕福でも貧乏でも、高齢でも若くても、教育を受けていてもいなくても、ユーザーがフェイスブックにアクセスできるということは、彼らはリブラも簡単に使うことができる。さらに、よく知られた信頼できる発行者が背後にいることで、リブラは人々の信頼を勝ち取ることもできる。プライバシー保護に関するフェイスブックの複雑な過去を、リブラ協会が乗り越えることができさえすれば。そして発行者がより信頼できればできるほど、通貨もより安定し、安全なものとなる。

課題も抱えているが、幅広く利用可能で、安定し得るデジタル形態の代替通貨を始める準備ができているのは、今のところフェイスブックだけのように思われる。いずれにせよ、最適な通貨を見つけるには、古くからの重要な1つの質問に答えるところに行き着く。あなたのお金を任せるのに、誰を最も信頼する(あるいはしない)か。それは、あなたの国の政府か、ビットコインの開発者とマイナーか、それともフェイスブックなのか。

翻訳:山口晶子
編集:T.Minamoto
写真:Shutterstock
原文:The Pandemic Gives Digital Currencies Another Chance to Shine