ゼロ金利でステーブルコインの淘汰が始まる

近時のアメリカにおける金利の切り下げに伴い、ステーブルコイン業界は苦境に直面しそうだ。一部のステーブルコイン発行業者は、今後数カ月をかけてビジネスモデルを変えなければならないかもしれない。弱小業者の場合、廃業の可能性すらあり得る。

ステーブルコインと銀行券の類似点

ステーブルコインとはざっくり言えば、標準的な銀行券(紙幣)の最新版と考えてみて欲しい。北アイルランドでは、銀行がいまだに独自の民間紙幣発行を許可されているとご存じだろうか。これらの紙幣は、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行発行の紙幣と100%交換可能である。北アイルランドの人々は民間紙幣が大好きで、国が発行する紙幣とまったく同じように扱っている。北アイルランド中で、幅広く利用が可能だ。

ここで、北アイルランドの民間紙幣は政府通貨のレプリカを紙で行ているのに対して、ステーブルコインはブロックチェーン上で発行されたデジタルのレプリカという点が明確な違いだ。しかし、それ以外には、両者はかなり似通っている。

まず、ステーブルコインも紙幣も、無記名の証券と考えられる。中央集権型で当局が会計登録を操作する必要なく、人から人へ、あるいはウォレットからウォレットへと流通する。

どちらにも発行業者が存在する。北アイルランドの紙幣は、3つの紙幣発行銀行から流通される。アイルランド銀行(Bank of Ireland)、ダンスケ銀行(Danske Bank)、そしてアルスター銀行(Ulster Bank)である。一方、ステーブルコインは、(USDコイン(USDC)を発行する)センター(Center)、テザー(Tether)、(トゥルーUSD(TrueUSD)を発行する)トラストトークン(TrustToken)などの金融機関によって、流通される。これらの発行業者は、発行するトークンの価値を管理する役割を負っている。

ダンスケ銀行が発行する10ポンド紙幣

更に類似する点として、紙幣もステーブルコインも利回りは0%であることが挙げられる。

この0%という特徴は重要である。紙幣の場合のアルスター銀行や、ステーブルコインの場合のセンターといった発行業者が利益を上げる方法なのだ。50ポンドの北アイルランド紙幣、あるいは50ドルのステーブルコインを持つ人は、アルスター銀行やセンターに対して、一時的に資産を投資しているのだ。これらの発行業者は、超安全な政府が保証する口座に預け入れたり、短期国債を購入することで、顧客の資産を再投資することができる。発行業者は利子を顧客に支払うことがないため、アルスター銀行やセンターは利子収入のすべてを自ら蓄えることができる。

こうした利回り0%のトークン発行業者が手にする利益は、通常「シニョレッジ」と呼ばれれ、様々なステーブルコイン発行業者や北アイランドの銀行が業務を続けていく上で助けとなるものだ。

ゼロ金利、減る利益

ステーブルコイン発行業者は、ここ数年ある程度のシニョレッジを享受してきた。どれくらいの額だったのだろうか

簡単に試算してみよう。大半のステーブルコインは米ドルに基づいている。2019年7月末時点で、米短期国債の利率は2.5%だった。当時存在していたステーブルコインの総額は、約50億ドル(約5370億円)であった。

それゆえ、発行業者らが顧客資産のうちの40億ドル(約4300億円)を短期国債に投資して、10億ドル(約1075億円)を流動性のある無利子の口座に入れておいたとすると、7月末に見込まれる利子収入は約1億ドル(約107億円)となる(40億ドル × 0.25%)。しかし、ゼロ金利によって、その1億ドルが0ドルへと消えてなくなってしまったのだ。さらば、シニョレッジ。

さて、金利がゼロの環境では、ステーブルコイン発行業者はどのような状況に置かれるのだろうか。ヨーロッパにそれを垣間見ることができる。ヨーロッパのステーブルコイン企業スタシス(Stasis)は、流通中のコインが3100万ユーロ(約36億円)相当と、ユーロ建てでは最大のステーブルコインEURSを発行しているが、ヨーロッパでの金利は何年にもわたってゼロを下回っている。

そしてスタシスによる直近の財務諸表によれば、2018年12月末までの1年間、収入は0ユーロであった。しかし、支出は1500万ユーロ(約18億円)だ。その大半は、オフィスの設立、給与支払い、監査費用といった固定費であったはずだ。ステーブルコインがますます人気を獲得する中、このようにステーブルコインの採算性に崩壊が差し迫っていることは、水を差すような存在である。

(データ:Coin Metrics)

上のグラフは、6つの主要な米ドル建てステーブルコインという形で保有されるドルの総額(10億ドル単位)を示したものだ。COVID-19のパンデミックが広がる中での、2月上旬からの急上昇はかなり注目に値する。

ステーブルコインの急上昇

この急上昇はなぜ起きたのだろうか。一つの理由は、同じ仮想通貨でもステーブルコインではないビットコイン(BTC)やイーサ(ETH)といった通貨価格の急落にある。人々は、安全な逃避先としてステーブルコインに群がっているのだ。

そしてもう1つ、目立たない理由もある。トレーダーや大規模機関投資家は通常、一部の余剰キャッシュを手元に残すことを好み、すべての資産を仮想通貨やその他の投資に注ぎ込むことはない。これらの資産は通常、銀行口座や政府発行の短期国債に向けられる。そうすれば、少なくとも幾ばくかの利子を獲得できるからだ。

ステーブルコインは利率が0%のため、プロの投資家が余分な資金を保管しておく場所としては理想的ではなかった。しかし、銀行口座や短期国債の利率がここ2カ月でゼロへと落ち込む中、ステーブルコインの利率0%はもうそれほど悪いものに見えなくなった。そのため、プロの仮想通貨トレーダーや投資家は、余剰資金を銀行に戻すのではなく、ステーブルコインに投資する可能性が高くなったのである。

実際には米短期国債の利率はマイナスの域にまで落ちてきており、ステーブルコインの利率0%は素晴らしいものに見えるようになった。

ステーブルコイン発行業者の今後

この先、ステーブルコインの発行者はどうしていくのだろうか。それは個々によって異なる。

一部の発行業者は、新たな手数料の導入で支出をカバーし始めるかもしれないと私は考えている。すでにテザーは、テザートークンをドルに、あるいはドルをトークンへと交換するのに、0.1%の手数料の支払いをユーザーに求めている。(少なくとも10万ドル(約1100万円)引き出さなければならないので、手数料の最低額は1000ドル(約11万円)である。)センター、パクソス(Paxos)、トラストトークンは、このような手数料を課してはいない。筆者は、これら発行業者の中で最大のセンターのCEO、ジェレミー・アレア(Jeremy Allaire)氏と話をしたが、彼はセンターが近々手数料導入に踏み切ることはないと胸を張っていた。

ウォレット間のステーブルコインの支払いは通常無料であるが、発行業者らが、取引につき数セント(数円)程の少額な送金手数料を導入する可能性もある。もしくは、ステーブルコイン残高に対して僅かにマイナスな金利を設定するかもしれない。口座維持手数料として考えられる。しかし、ユーザーは他に無料の選択肢がある場合には、そのような手数料を導入する発行業者を避ける可能性が高い。

すべてのステーブルコイン発行業者が差し迫った圧力に直面する訳ではない。様々な事業を抱えていたり、資金力が十分なパートナー群に恵まれている場合には、採算性のないステーブルコイン事業を支援するために他の収益源に頼ることができる。時間が経つにつれて、新しく手数料がより高いサービスへと、ステーブルコインの顧客を引き込むことも可能になってくる。

これらすべてが上手くいかない場合には、弱小ステーブルコイン発行業者は苦境に立たされるかもしれない。イギリスの金利が2000年代には約5%であった頃、北アイルランドの紙幣発行銀行はシニョレッジを豊富に得ていた。しかし2008年のリーマンショック以降、金利はその後10年間、0.5%に落ち込んだ。

従来型の銀行は複数の事業を行っているため、1部門で利益が出なくてもやっていける。しかしそれにも限界がある。北アイルランドの4つの民間紙幣発行銀行のうち最小のファースト・トラスト銀行(First Trust Bank)は最近、紙幣発行業務を停止した。紙幣の発行はもはや意味をなさなくなったのである。

一部のステーブルコイン発行者は、新たな手数料を顧客に押し付けるかもしれない。そして最小規模の業者はファースト・トラスト銀行と同じ対応をとるかもしれない。生き延びた北アイルランドの紙幣発行銀行は、弱者が残した空白を埋める幸運に恵まれた。同じことが、この困難を切り抜けた幸運なステーブルコイン発行業者にも当てはまるだろう。

翻訳:山口晶子
編集:T. Minamoto
写真:Bank notes from Northern Ireland
原文:Zero Interest Rates Could Hamper the Stablecoin Business