「デジタル人民元」はAlipayとWeChat Payの座を奪うのか?補完するのか?

中国のインターネット界はアリババとテンセントが支配している。その象徴はモバイル決済の、いや、スーパーアプリのAlipayとWeChat Payだが、最近は脅威にさらされている。中国人民銀行がデジタル人民元(CBDC)に本腰を入れて取り組んでいるからだ。そこで、デジタル人民元とモバイル決済との関係がどうなるかに関心が高まっている。

論点を端的にいえば、デジタル人民元がこれらのアプリの座を奪うのか、それとも両者が補完しあうのか、ということだ。

シェアは9割超、AlipayとWeChat Payは生活インフラ

モバイル決済比率が86%を占め世界一である中国(PwC「2019年世界消費者洞察力調査」)。その中国で、モバイル決済シェアの94%を占めるのがAlipayとWeChat Pay(QQWallet含む)だ。

今や決済だけでなく、AlipayとWeChat Payは、SNS、ネット通販、配車アプリ、生活サービス、エンタメ、金融、公益から信用スコアまで、あらゆる生活シーンに使える。さらに有力アプリをミニプログラムとして取込んでおり、まさに何でもできるスーパーアプリとなっている。

利用者像を確認すると、モバイル決済を「毎日」利用する人は69.6%、「週3回以上」の人は19.7%、週1~3回は6.8%である。利用する理由(複数回答)、操作が簡単で便利という人が92.4%、現金や銀行カード携帯不要という理由が80.3%、クーポンなど販促活動が多いことが64.4%、商店が推奨40.0%、安全性が高いという回答も33.2%あり、キャッシュレスは完全に定着している。

こうした中で中国人民銀行のリーダーシップで、デジタル人民元の運用テストが進行しており、デジタル人民元とAlipay、WeChat Payがどのような関係になるのかが注目されている。ネットメディアの論調はさまざまだ。主なものは、主役交代説と補完説とである。

デジタル人民元と2大決済アプリの関係(1)──「主役交代」説

まず「デジタル人民元に主役が交代し、今後のAlipay、WeChat Payは苦しくなる」という説がある。

たとえば四川省を地盤に全国展開する華西証券は、「デジタル人民元導入に伴い、決済業界は新時代へ突入する」と見ている。AlipayとWeChat Payの競争局面から、銀行系が決済の主導権を取り戻すというのだ。

蘇州市のテスト地区では、交通費の50%をデジタル人民元で支給している(大手ネットメディア「新浪財経」より)。これが給与まで拡大し、さらにテスト地区外に広がっていけば、AlipayとWeChat Payへ与える影響は大きいだろう。

デジタル人民元と2大決済アプリの関係(2)──「相互補完」説

もうひとつの説は、デジタル人民元は、モバイル決済を補完する関係にしかならないというものだ。

そもそも従来のモバイル決済とデジタル人民元は、本質的に異なるものだ。デジタル人民元は紙ではないが法的な“貨幣”であり、セキュリティ、信用に優れる。AlipayとWeChat Payは“支払い手段”に過ぎない。

しかし、デジタル人民元も、スマホアプリによる電子決済として導入される。その普及を促すには、すでに浸透したAlipayとWeChat Payのノウハウからは離れられない。だから両者は当面、独立して存在するわけではなく、補完的な役割を果たすという見方だ。

デジタル人民元導入の条件はすべてそろった

デジタル人民元は、まずAlipayとWeChat Payを“補完”する役割を果たすだろう。しかし生活インフラとなったAlipayとWeChat Payの牙城がすぐに崩れるとは思えない。Alipay、WeChat Payも生き残りをかけてサービスや機能を進化しつつあり、特にWeChat Payはデジタル人民元のアドバンテージとされていた「ネット環境がなくても決済できる」という機能も導入した。

デジタル通貨の普及には、経済への打撃が最小であること、技術の裏付けがあること、国家の決意があること、国民に受入れの意思があることが必要と考えられる(大手ネットメディア「新浪財経」による)。銀行業界がATMやPOSなどシステムを改修するのに100億元(1580億円)はかかると見られるが、これを「最小の打撃」と考えるなら、中国には導入条件はほぼそろっている。

デジタル人民元が、中国を支配する2大スーパーアプリを補完する存在として浸透したその先どうなるのかは、まだ誰にも分からない。

文:高野悠介
編集:濱田 優
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