イーロン・マスクが苦い経験から学ぶこと:暗号資産に救世主はいらない

イーロン・マスクが苦い経験から学ぶこと:暗号資産に救世主はいらない

イーロン・マスク氏がドージコイン(DOGE)の壮大な計画を持っている。

「理想的には、ドージがブロックタイムを10倍に加速、ブロックサイズを10倍に拡大、手数料を100分の1に安くする。そうすれば圧勝だ」

残念ながらこの発言は、後に説明する通り、多くの点からばかげたものだ。

いかにもマスク氏らしい発言である。結局はすべて期待外れに終わった、潜水艦、人工呼吸器、公共交通など、世界を変えるイノベーションをもたらすという主張と同じくらい熱心に、彼は暗号資産の世界でも自らの見解を言いたてている。

このような残念な傾向があるのは、マスク氏だけに限らない。成功を収めたテック起業家や、単に幸運な投資家たちは、「ピーターの法則」と呼ばれるものにとりわけ支配されがちなようだ。

この法則は1969年、企業経営における問題として初めて提示されたもので、成功する者は時に、自らの能力の限界を超えて昇進されてしまうという観察に基づいている。

このコンセプトは時間と共により広い意味を持つようになり、成功する者たちは能力の限界に達して失敗するまで、それも時には派手に失敗するまで、新しい分野へと参入していくという意味を持つようになった。

特にシリコンバレーのリーダーたちはしばしば、自分の知る分野を超えて手を伸ばし、自らの独自の見識が幅広く当てはまると証明したがるようだ。マスク氏と同様、彼らもしばしば間違っている。

ビジネスの天才・イーロン・マスク

マスク氏は、おそらく大半のテックリーダーたちに対するよりも寛容に、色々と手を出すことを許されるだろう。正真正銘のビジネスの天才であり、私は個人的に、彼が生み出したテスラとスペースXは、何世代にもわたって完全には把握できないほど大きな恩恵を人類にもたらすだろうと考えている。

マスク氏の歴史に残る真の成功は、実用性が疑われるハイパーループのコンセプトを実現するために複数の企業が立ち上げられた時のように、手を広げすぎる彼らしさがなぜ、その評判を高める役に立ってきたのかを理解する一助になる。

しかし今回は、間違った分野で技術的な革命を起こそうと大騒ぎを起こしてしまったのかもしれない。

ドージコインのスケーリングにまつわるツイートは、紛らわしくて矛盾したマスク氏の口達者な物言いに、すでにうんざりしていた暗号資産界の古顔たちにとっては限界点となったようだ。マスク氏は容赦のない嘲笑の嵐で迎えられた。

ツイート砲で下落したビットコイン

ドージコインのツイートの後まもなく、テスラが保有するビットコイン(BTC)を売却する可能性があると、無神経の典型のような通告を行なったことも事態をさらに悪化させた。(実際には売却しなかったが、これには米証券取引委員会(SEC)が注目を寄せることになるかもしれない。さらに、詐欺の疑いで幅広く非難されているアカウントに対するマスク氏の返信であったことも注目に値する)

このようなばかげたドラマは、暗号資産市場における大規模な売りを引き起こす一因となり、ビットコインはその後24時間で7%強下落した。ドージコインの下げ幅はずっと小さかったが、それは当然だろう。マスク氏のコメントを見ながらドージコインを買った人たちの多くには、その程度の理解しかないのだから。

マスク氏のツイートを引き金とした値下がりは、すでに続いていたビットコインの下落を長引かせる形となった。しかし、自分が思っているほどよく分かってはいない男に対する暗号資産界の態度における、健全なターニングポイントとなったのかもしれない。

ドージコインのスケーリングは神話

マスク氏によるドージコインのアップグレード提案に対する、複雑な意味合いを含んだ技術反論に関しては別のところに目を向ける必要があるが、コーネル大学のエミン・ギュン・シラー(Emin Gün Sirer)教授をはじめとするブロックチェーン専門家からの反応は、圧倒的に一つにまとまったものであった。

たわごとに過ぎない、というものだ。

「イーロン、ブロックタイムやブロックサイズはそういう風にはスケーリングできないんだ。さらには、ドージがプルーフ・オブ・ワークに基づく限り、スケーリングは環境に壊滅的な被害をもたらすことになる。スケーリングするには、新しいプロトコルが必要となる。

ビットコインのホワイトペーパー以来最大の科学的ブレークスルーは、Avalancheプロトコルだ。

ポッドキャスト『What Bitcoin Did(ビットコインが成し遂げたもの)』のホスト、ピーター・マコーマック(Peter McCormack)氏は、自らが技術に関して第一人者ではないことは認めつつ、マスク氏のツイートをより詳しく酷評した。

「親愛なるイーロン・マスクへ。荒らしかどうか見分けがつかないようなものが、完璧な荒らしだ。あなたの最近の#ビットコインに対するお粗末な批判とドージコインへのサポートこそが、完璧な荒らしなのかもしれない。もしくは本当に自分の言っていることを信じているのか。(そうではないことを心から願う)


これは理性的な人々が意見を異にするような学術的な議論ではないのだ。2017年のビットコイン「ブロックサイズ戦争」において、大きなサイズのブロックはすでに市場で徹底的に吟味され、明確な結論がでたことを、マスク氏は認識していないようだ。

2017年以降、ビットコインキャッシュ(BCH)、そしてその後に続いたビットコインSVは、より大きなブロックのビットコインというビジョンを追求した。BCHは生き残ったが、その価値はビットコインの約2%ほどしかない。

このような反論すべてに対してマスク氏は、ペイパルの生みの親の1人として、通貨に関して何らかの見識は持っているかもしれないとくぎを刺した。

「おい、暗号資産『専門家』の皆さん。ペイパルって聞いたことあるか?もしかしたら、あなたたちが思っているよりも私は通貨の仕組みを理解しているのかもしれないぞ」

ブロックチェーン通貨と単なるデジタルバンキングサービスが根本的に異なっていることを考えると、技術的な根拠としてはこれはかなり危うい主張だ。さらには、マスク氏にとっての大きな政治的盲点も浮き彫りにしているようだ。ペイパルはまさに、暗号資産が覆そうとしている中央集権型かつ検閲型の支払いサービス提供業者なのだから。

つまり、ピーターの法則的行為を塗り重ねて、自分を弁護しているのだ。

リーダーは要らない

暗号資産コミュニティーの真の名誉のために言っておくと、時に世界で最もリッチな男、マスク氏の反論は、さらに容赦ない嘲笑をもって迎えられた。彼が暗号資産コミュニティーにおいて指導的な立場をとる計画をしていたのだとしたら、自らそのような可能性を潰してしまったようだ。

イーロン・マスク
「憶測があるのではっきりさせておくが、テスラはビットコインをまったく売却してはいない」

Emperor
「売れるだけ売って、うせろ」

喜んで彼を「ドージパパ」のままでいさせておきたい人たちもいる。

「ビットコインは売却して、ドージコインで遊んでいてくれ。ビットコインはペイパルとは違う。世界に非許可型の通貨をもたらそうという、真剣な試みなんだ。その努力にあなたが貢献できることはあまりないようだ」


この反応は見事なものだ。誤解してはいるが、影響力を持ったビリオネアに優しくするために真実を犠牲にしようとは一切していないからだ。さらには、マスク氏を否定することは、業界にとってプラスとなるようだ。彼にはポジティブな貢献をするのに適切な人格が欠けているようだから。彼の傲慢さは最近では、「テスラのテクノキング」の肩書きを自らに授けるところまで行き着いた。

もちろんそれはちょっとしたジョークだが、ジョークには常に、真実が伴う。暗号資産界は王様を求めてはいない。

自分の立場が非常にパワフルである場合、中身の伴わない威勢の良さに対抗することができる。マスク氏の裏切りの後でもビットコインは、そしてドージもわずか3カ月前よりも高い価格水準にある。マスク氏が暗号資産界に参入したことは、関心を高めたというだけでも長期的にはほぼ間違いなくプラスだ。

「素人愛好家」と書かれたドアから彼が退出していったとしても、嘆くことなどない。

対照的に、テスラの最新の四半期収益における勝利にとってビットコインは欠かせない存在であった。「ビットコインがイーロンを必要としている以上に、イーロンにはビットコインが必要だ」というのは単なるスローガンではなく、純然たる真実なのだ。

ドーシー氏、ブテリン氏の貢献

マスク氏の言動を、何かの王様と正当に主張できる他の2人と比較してみよう。ヴィタリック・ブテリン氏とジャック・ドーシー氏だ。ドーシー氏を暗号資産と即座に結びつけることはないかもしれないが、2018年1月に「Cash App」にビットコイン販売を追加して大きな話題となった。さらにスクエアは長年にわたり、ビットコイン開発に資金を提供している。

ドーシー氏の貢献はほぼ間違いなく、マスク氏がこれまでに暗号資産界に対してもたらした貢献よりも大きなものであるが、王としてのトップ宣言を渇望するマスク氏のような態度をドーシー氏が見せることはない。

マスク氏のツイートとほぼ同時期に、さらに優れた例を提供してくれたのは、ブテリン氏だ。イーサリアムの共同創業者のブテリン氏は、宣伝行為と思われる形で望まないのに「プレゼントされた」数十億ドル相当のSHIBコインを焼却した。「私はその種の権力の座に就きたくない」と述べ、トークンの生みの親たちに同じようなことを繰り返えさないよう警告した。

マスク氏の発言とは異なり、ブテリン氏の行動は幅広い賞賛に迎えられた。ドージを茶化したSHIBコインと同じようなふざけたトークン世代を非難するだけではなく、自らの影響力を否定したことは、暗号資産の核にある、リーダーのいない、コミュニティー主導型の精神に完全に一致しているようだ。

マスク氏も、そこから見習うことができるかもしれない。

 デイビッド・Z・モリス(David Z. Morris)は米CoinDeskのコラムニスト。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Musk Learns the Hard Way: Crypto Doesn’t Need a Savior

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