ボラティリティがなくなればビットコインの価値は上がるのか【オピニオン】

ボラティリティがなくなればビットコインの価値は上がるのか【オピニオン】

自由の概念ほど、感情的で議論を引き起こしやすく、誤解されているものはあまりない。意味するところは人それぞれで、基本的人権から、苦労して手に入れた特権まで、イデオロギー的に大きな幅を持ち、それに対する暗い「脅威」がその議論にニュアンスを添えている。

リバタリアンたちに熱烈に支持されるビットコインは、金融上の自由の鍵となるものとして称賛されてきた。分散型のイノベーションやボーダーレスな演算プラットフォームは、思想やクリエイティビティの新たなパラダイムを台頭させ、国際的協調が、金融上の境界を薄めるとともに、個人のチャンスを支えてきた。

お互いに平和に暮らすためには、一部の自由を制限しなければならないことを、私たちは皆理解している。文明の進歩は、過少と過剰の間のバランスを見出すことを中心に展開し、その過程で振り子は一方の極端から対極へと揺れ動き、さまざまなものがひっくり返されてきた。

これが最も公に展開するのは、資本市場の進化においてである。資本主義の理想として私たちが掲げる「自由市場」は、現実とはほど遠い。既得権益に打撃を与える行き過ぎは、さらなるルールや規制によって根絶され、保護がますます、チャンスに優先される。

これは必ずしも悪いことではない。個人投資家は詐欺や不正行為から守られるべきであり、それを怠ることの人的損失は、私たちの大半が耐えられる以上のものだ。金融市場参加者は、潜在的な壊滅的かつ体系的リスクを回避するために、情報開示と準備金の要件に忠実に従う必要がある。

ボラティリティというレッテル

ボラティリティを抑えるためにも、ルールは進化してきた。激しい変動がポートフォリオや暮らしにもたらし得る打撃を軽減させるためだ。ゲームストップ株の高騰の際には、同社株の取引が頻繁に一時停止されたことを覚えているかもしれない。

たとえば、ニューヨーク証券取引所は設定された基準を超えた場合に、特定の株の取引を一時的に停止したり、市場全体を閉鎖するための全市場規模のサーキットブレーカー制度を備えている。投資家はこれに対して何もする力を持たない。

こういった規則が進化してきたのは、ボラティリティは悪いものと考えられるためだ。先週の暗号資産市場の暴落と回復を伝えるメインストリームのメディアの報道においても、このような反ボラティリティの思考が見られた。

しかし、投資を始めてしばらく経っている暗号資産投資家にとっては、ボラティリティは欠陥ではなく、特徴なのだ。それも莫大な利益の可能性だけが理由ではない。特徴である理由は、暗号資産市場に比較的固有な自由を浮き彫りにしてくれるからでもあるのだ。

暗号資産市場はボラティリティが高い。ボラティリティを制御する中央集権的な権威を持たないからだ。そのため暗号資産価格は、投資家のセンチメントをより公平に象徴すると想定することができる。このことは、「純粋な」市場はどのようなものになり得るかという点について、示唆を与えてくれる。

構造的問題

先週の変動のすべてが、市場の意見の自由な表明という訳ではない。ボラティリティの大半は、暗号資産デリバティブにおける、ロング、ショートポジションの強制的な手仕舞いに由来する。オフショアの暗号資産デリバティブ取引所においてレバレッジが蓄積しており、マージンのリミットを超え、市場の変動は厳しい清算によって悪化した。

しかし、そのような精算は厄介ではあったかもしれないが、市場の自由も象徴している。デジタル資産とそれに関連するデリバティブは、多くの法域において、様々なプラットフォームで取引されている。そのために、投資家の行動をコントロールする管理者の権力は制限される。

暗号資産のデリバティブ取引所は、大半の投資家が自己規制の能力を持つ様子を目にするには興味深い場所だ。多くの取引所は、一部には100倍にも及ぶ、極めて高いレバレッジを提供しているが、そのような無責任なオプションを利用する投資家はほとんどいない。先週の損害の大半は、25倍のポジションに対するものであった。

すべての市場が暗号資産市場の例に倣って、自主規制するべきだと提案しているのではない。それが政治的に受け入れられる解決策となるには、悪巧みや詐欺が横行し過ぎている。あらゆる市場と同様に、暗号資産市場にも、公平な取引と十分なリスク開示を確保するための規則があるべきだ。アメリカが世界最大の金融市場を誇る理由の1つは、投資家が自らに与えられる保護に安心しているからだ。暗号資産市場に対するより強力な監視は、より大口の投資家を引き入れることになり、それに伴い資産と流動性ももたらされる。

しかし、より規制の整った法域における市場の自由は、富裕層に有利なように歪んでおり、個人投資家は「本人のためを思って」チャンスから締め出されている。個人投資家は、奥深い情報にも価格の面で手が届かずにいる。

もっと情報を

ここでも、暗号資産市場が新たな道を示唆している。

投資家保護のためのルールは、情報への公平なアクセスとリスク開示に重点を置く傾向にある。市場参加者は、どんな世界に足を踏み入れようとしているのかを知るべきであり、自らのリスク許容度に応じて投資を評価するために必要なツールを持つべきである。しかし、従来型の市場は、その透明性で知られてはおらず、データは囲われ、コーポレート・コミュニケーションはあまり頻繁ではない。

暗号資産市場ほど透明性のある市場はない。暗号資産データ情報収集企業は、従来型のサービスに比べるとお手頃な価格で、例えば取引高、基本的なグラフ、市場のセンチメントといった指標をリアルタイムで提供している。暗号資産は透明でアクセスが開かれたブロックチェーンで動いており、ネットワークの状態を誰でもいつでも確認できる。

そのようなデータを解釈するのに、大半の人は助けを必要とするが、例えば、ロングポジションがどれくらい長く保持されているのか、どの価格で資産が買われたのか、どれくらいの頻度で特定のアドレスが取引を行うのかといった情報が明らかになることで、投資家のセンチメントに関する見識がもたらされる。従来型資産において同じような水準の情報を手にできる事態を想像してみて欲しい。

暗号資産市場は、情報は無料であるべきで、その解釈には対価を支払う価値があるという前提で運営されている。このアプローチは、選択と自由を体現している。投資家がより多くの情報を持つほど、情報に基づいた選択をする自由も大きくなる。

従来の評価手法は影響力を維持できるか

そして最後に、ナラティブだ。

先週のメインストリームでの解説は、ビットコイン(BTC)は「内在的価値」を伴わないのだから、もちろんボラティリティが高いということを私たちに再認識させようとするものだった。

つまり、割引キャッシュ・フロー法といった定番の評価手法では数値化できないということだ。これを投資における障壁と考える人たちは、ルールに基づいた考え方を持ち、公式に忠実であることでリスクを緩和できると考える傾向にある。

しかし、2020年が私たちに教えてくれたことの1つは、従来型の評価手法は、いまやあまり影響力を持たないということだ。新たな投資パラダイムが優位となっており、それはセンチメントとナラティブに基づくものだ。

金融モデルは形のないものに対してはうまく機能しないため、この新しいパラダイムの中を立ち回るのは投資家にとってより困難である。しかし、心強いファンダメンタルズの「独裁」からの、新たな自由も象徴している。

キャッシュフローや金利といったファンダメンタルズが市場の動きをもはや説明できなくなった時には、ナラティブが栄え、投資家に対して、自らが大切に思うストーリーや理論に関わるチャンスを与えてくれる。

そして、コミュニケーションテクノロジーがこれを支える。コミュニティーはかつて、地理に基づいていたが、今では同じような考えの人たちがお互いを簡単に見つけられるため、信念に基づくようになっており、投資理論や習慣と並んで、ナラティブも強化される。

ここでも再び、暗号資産市場が先陣を切っている。ゲームストップ株騒動で世界が今年目撃したことは、ツイッター、ディスコード、テレグラム、レディットといったSNSやコミュニケーションツールでお互いを支持したり、議論してきた暗号資産コミュニティーのメンバーにとってはすでにおなじみであった。

長らく暗号資産市場の特徴となっている、このようなコミュニケーションの自由と、信念に従って投資する自由は、従来型の投資をも変え始めている。今のところは、このような新しい環境は主に、若い個人投資家に占められているが、彼らの集団的影響力に先んじるために、機関投資家の資金が彼らの議論を追いかけるようになっている。「スマートな」資金さえも、ナラティブを基にした投資の相対的自由を受け入れ始めているのだ。

それでも先週私たちは、どれほどすばやくセンチメントが転換し、それが価格にどのような影響を与えるかを目の当たりにした。ナラティブを基に動く市場はどんなものでも、ボラティリティが高くなる。

流動性ははるかに高くなったにも関わらず、ビットコインのボラティリティが5年前とほとんど変わらないという事実は、ボラティリティの高さが永続的な特徴となる可能性が高いことの兆しだ。

ビットコインの30日間ボラティリティ(年率換算)

しかし、ビットコインのボラティリティを批判するのではなく、それを理解して、備えるべきではないだろうか。さらには、それに感謝するべきかもしれない。

自由にはリスクが伴う。常にだ。保護のための仕組みは整備可能であり、法的な保証は守られる必要がある。しかし、暗号資産のボラティリティが無くなるように願うことは、その概念の根本的前提を誤解することだ。

暗号資産のボラティリティが高いのは、自由だからだ。これ以上に力強いナラティブがあるだろうか?

※本稿において意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、coindesk JAPANの見解を示すものではありません。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Crypto Long & Short: Crypto Markets Are Volatile Because They’re Free

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