暗号資産の投機は悪ではない。潰すべきは他にある【オピニオン】

 はっきりさせておきたいことがある。投機は汚らわしい言葉ではない。

他の多くの人たちと同様、私も最近、暗号資産コミュニティに対し、実世界でのユースケースに力を注ぐように呼びかけている。暗号資産の冬から抜け出す方法は、冬に入る前の市場アクティビティの多くを支えた「値上がりするばかり」という考え方を捨て、再生可能エネルギープロジェクトなど、人類に真の恩恵をもたらすソリューションに重点を置くことだと、主張しているのだ。

分散型金融(DeFi)への流入をもっと持続可能なものにするためには、投資家を惹きつける利回りは、もっと実体のある金銭的価値をもたらすサービスを基盤としたものであるべき、という考えだ。

しかし先日、金融サービスを手がけるアライド・ソリューションズ(Allied Solutions)主催の信用組合幹部の集まりで講演した後、自分の主張をもっと具体的なものにしなければ、との思いに駆られた。

聴衆の1人が、「単なる投機を推奨することなく」暗号資産取引のチャンスを提供して欲しいという信用組合の若手のメンバーたちの要望にどう応えたら良いか、と質問したのだ。

表面的には、「実世界でのユースケース」という私の主張に直接沿った懸念であるように聞こえた。投機家を止めることさえできれば、「暗号資産野郎」たちから連想されるような、素早くリッチになるというような価値観ではなく、成長と目的という一段と上質なストーリーが暗号資産業界にも生まれるかもしれない。

しかし、真の価値を築くのが重要であることは確かだが、この質問には、投機の価値と目的に関する誤解も含まれていた。投機は市場経済には欠かせない。私たちが社会として、どのアイディア、プロジェクト、ビジネスが勝ち、どれが負けるのかを決定するのに不可欠な存在なのだ。

勝者と敗者を選ぶ

一方では大衆に影響を与えるディスラプション(創造的な破壊)の可能性を秘めながらも、深く根付いて政治的に確立された現行システムと衝突するような新しいテクノロジーの場合、投機のプロセスは長期的で、ボラティリティも高い。

これはインターネットの初期にも見られたことだ。ドットコムブームでウェブベースの企業の株価が持続不可能な水準まで押し上げられながらも、ウェブ2時代のブームへの基盤が築かれた。

暗号資産の世界では、投機的熱狂はさらに過激だ。潜在的なディスラプションの程度と、そのディスラプションを実現するための障壁があまりに高いので、期待と落胆のサイクルも、極端なものとなるからだ。このような要素はまた、投機の時期を引き伸ばす。大衆への普及と最大限の可能性実現を達成する前に、テクノロジーが経るプロセスが伸びるからだ。

ビットコイン(BTC)が目指すところを考えてみよう。テスラのような新しい種類の車でも、ベンモ(Venmo)のようなより優れた決済アプリでもない。何世紀も前から存在する通貨システムを全面的に見直すために作られているのだ。

これには、計り知れないほどの変化と利益の可能性、その変化に対する抵抗という気が重くなるような課題が含まれる。これは、投機と価格のボラティリティを生み出すもとである。

エコノミストが(ボラティリティを理由に)、ゴールド(金)に匹敵する価値の保管手段としてのビットコインの可能性を否定する場合、彼らは信じられないほど狭い基準に当てはめているのだ。

人々の認識において、永続的な価値を具現するものとしてゴールドがその立場を確立するのに、どれくらいの時間がかかったと思うだろうか?ゴールドは、価値の保管手段としての利便性を支える性質を持ってはいるが、ゴールドの価値に内在的なものはない。この価値は、非常に長い時間をかけて、社会的に構築されてきたのだ。

ビットコインは、ゴールドと同じように非政治化された通貨の形態の、より優れたデジタルネイティブバージョンとなる力を持っているが、すべての人の頭の中で、そのような立場を即座に確立すると期待しては、その目標実現のために経なければならないテストのプロセスを与えないことになり、ビットコインを失敗に追いやってしまう。

どの暗号資産プロジェクトが生き残り、「デジタルゴールド」としてのビットコインや、「世界のコンピューター」としてのイーサリアムなど、その価値提案を証明してみせるかはまだわからないし、その判断を下すためには、十分な時間を与える必要がある。その間、投資家は当然ながら、各プロジェクトが重要なステータスを確立するかをめぐって、投機することになるだろう。

つまり、まだ新しく、比較的流動性の低い時期においては、確立された資産クラスよりはるかに大きな幅で、価格が上下を続けるはずなのだ。

私たちは、投機に対する見方を変える必要がある。暗号資産の「西部開拓時代的なワイルドさ」を抑え込もうとする規制当局者たちは、投機そのものを根絶する必要はなく、投資家に偽の情報を与えたり、詐欺を働くことで、そのような投機的環境につけ込まないよう、ペテン師たちを取り締まるべきなのだ。

投機をつぶすのではなく、詐欺師たちをつぶそう。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:In Defense of Crypto Speculation