サマーズ元米財務長官、インフレ懸念を語る【インタビュー】

大統領選挙運動が続く2020年、ジョー・バイデン氏が経済に関するアドバイスを求めた一人はネオリベラルの象徴的存在であるローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)元財務長官だった。大統領に就任した今年1月以降、サマーズ氏からのアドバイスは大統領に寄せられるという。

バイデン政権とFRB(米連邦準備制度理事会)がそれぞれ、財政面と金融面で景気刺激策をパワー全開で推し進めていることに対して、サマーズ氏ほど公然と批判的態度を示す著名なバイデン大統領支持者はいないだろう。

クリントン政権で財務長官を務め、オバマ政権では国家経済会議の委員長を務めたサマーズ氏。パンデミックを引き金とした不況を断ち切るために、バイデン大統領が計画する1兆9000億ドルの景気刺激策は、長らく経験したこともないようなレベルのインフレによってアメリカに打撃を与える可能性があると、数カ月にわたって警告を続けている。

「政策は行き過ぎだと感じている」と、米CoinDesk主催の『Consensus 2021』で配信されたインタビューでサマーズ氏は語った。

「現在の政策変更の大きさは、2%未満からわずか数年で5%を上回る域まで行った1966〜1969年のインフレを誘発した政策変更の大きさよりも大きい」とサマーズ氏。同氏は世界銀行のチーフエコノニストや、ハーバード大学の学長を務めたこともある。「インフレの面でかなり大きなリスクをおかしている。しかも、デフレの可能性に対して備える必要があったずっと後のことなのだ」

3月に議会が承認した1兆9000億ドルの経済刺激策に加えて、追加の1兆7000億ドルの「インフラ」支出への支持をバイデン大統領が集めようとする中で発せられた、サマーズ氏の今回のコメント。

メインストリームの投資家は、ディスコ音楽がラジオを席巻していた時代以来初めて、インフレについての懸念を強く抱いている。また、インフレ不安は、10月以降のビットコインの値上がりの主要な触媒と考えられている。 

サマーズ氏が挙げたインフレ懸念の理由の1つは、経済にさらにドルを注入し、金利を抑えるために、ひと月に約1200億ドルの国債をFRBが購入している真っ只中に、GDPに対する財政刺激の割合が高いこと(14〜15%)だ。

「経済政策立案者たちが醸し出す、平静と現状満足の感覚、つまりこれは簡単に対処できるものなんだという感覚は、見当違いだ」と、サマーズ氏は指摘した。

サマーズ氏:FRBは変わってしまった

サマーズ氏の批判は、バイデン大統領の財政政策に対するものだけにとどまらない。オバマ政権時にFRB議長候補だったとされるサマーズ氏は、FRBの通貨政策についても意見を述べた。

インフレに関してFRBは、「先手を打って阻止するという可能性」をあきらめてしまったと、サマーズ氏は嘆いた。将来的に正常化させようとすることは、最終的には「抑制し切れず、コストがかさむ」と警告する。

「かつては、インフレを防ぐと言って人々を安心させてくれるFRBだった」とサマーズ氏。「それが今では、驚くほど明らかとなるまでは、インフレについては心配しないと言って、人々を安心させようとするFRBになってしまった」

分かりやすく、パーティーの例えで話してくれた。

「FRBの考えはかつては、パーティーが佳境に入る前にお酒の入ったガラスのパンチボウルをどかしておくというものだった。今のFRBは、酔っ払ってよろめく人たちが何人か出てはじめて、パンチボウルをどかすという考え方だ」

過熱の脅威

サマーズ氏はまた、住宅や半導体などの主要分野におけるボトルネックの兆候や、労働力不足の兆候が見られるようになった時に「前から言っていたことを繰り返し、そのパラダイムを変えようと」しないエコノミストたちに苦言を呈した。

2023年の終わりまで、金利を0%近くに維持するべきというFRBの見解は「私には愚鈍の果てのように感じられる」とサマーズ氏は述べる。

「誰も、FRBが急速に引き締めを行うべきだと提案している訳ではない」とサマーズ氏は続ける。「リスクのバランスが、過熱の方へとシフトしたことをFRBが認識すべきと提案しているのだ。FRBはそれをまだ認識してない。住宅市場が1年に18%上昇する中、毎月400億ドルの抵当証券購入をすばやく停止することが必要となるような、何かが起こるかもしれないと認識するように提案しているのだ」

労働市場のパラドックス

より高い最低賃金を支持してはいるが、サマーズ氏は「そのような政策を提唱する誠実な人は、インフレの傾向があることを認識しなければならない。雇用主のコストを直接的に上げ、以前よりも労働市場の柔軟性を減らすからだ。(中略)私は、何らかの悪影響も伴うことを理解しないような、最低賃金引き上げの盲目的支持者ではない」

そのような影響は、労働市場における予期せぬ展開によってさらに深刻なものとなっている。

「労働市場の真っ只中で、非常に力強いものが見られる。失業率がこのような水準にある時に、人手不足がこれほど蔓延するとは考えていなかった」とサマーズ氏。「これほど多くの雇用主が、働き手を見つけることができないと不満を漏らすことになるとは考えていなかった。すべては大丈夫になると、比較的楽観的でいるための最善の根拠は、信じられないほど手厚い失業保険による手当が9月に無くなる頃には、人々が大量に仕事に復帰し、労働市場はそれを吸収することができると提案することだと考えただろう。しかし政権は、そのような主張を否定し、失業保険が重大な影響をもたらすことを否定することに固執している」

サマーズ氏は、自分のように拡張的政府政策をある程度支持する人たちに対して、過去に民主党が被った政治的ダメージを引き合いにだし、最後にもう1つ警告した。

「(ジョンソン大統領が提唱した社会福祉政策)「偉大な社会」のような考え方の弱点は、インフレ傾向がある点だ。そのような考え方を提唱する人たちは、(中略)成功を長続きさせたいなら、ニクソン大統領選出につながったジョンソン政権の誤ちの教訓から学ぶことを願っている。だからこそ私は、現在の政策態度に不安を持っているのだ」

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:Lawrence Summers on Inflation: Fed ‘Will Only Remove the Punch Bowl After It Sees People Staggering Around Drunk’