JPモルガンとDBSのPartiorが始動:世界160兆ドル、クロスボーダー決済の破壊が始まる

米銀最大手のJPモルガン・チェースは、シンガポール大手銀行のDBSと政府系投資会社のテマセクと共同で、非効率的でコストがかかる従来のクロスボーダー決済を“ディスラプト”するための次世代プラットフォーム「Partior」を開発、その試験運用を開始した。今後3~5年間で普及範囲を拡大させる。

JPモルガン、DBS、テマセク(Temasek)と、その3社で設立したPartiorは10月26日、シンガポールで共同オンライン会見を開き、ブロックチェーンを基盤技術とするPartiorのテスト運用のローンチを発表。米ドルとシンガポールドルの銀行間取引を2分で完了させた。

世界のクロスボーダー決済額は約160兆ドルに達し、世界の総GDPの約85兆ドルをはるかに超える。そのほとんどは、既存の銀行間決済ネットワークのSWIFTを利用して、送金情報などのやりとりが行われている。

Partiorは、ブロックチェーンをフル活用して、銀行間のクロスボーダー決済や貿易金融取引を24時間・365日、即時に行うことができ、決済コストを大幅に軽減する次世代プラットフォームの開発を進めてきた。

SWIFTとは:The Society for World Interbank Financial Telecommunicationsの頭文字で、日本名は国際銀行間通信協会。クロスボーダー送金は、送金人と受取人がそれぞれの取引銀行を介して成り立つが、銀行はSWIFTのプラットフォームを利用して送金情報のやりとりを行う。送金銀行と受取銀行の間で通貨決済を完了させるには、当該国の銀行を介する必要があり、コルレス銀行(コルレス=Correspondentの略)がその取引の中継役を務める。

例えば、東京に居住するA氏がニューヨーク在住のB氏に送金する場合、A氏の取引銀行はコルレス銀行Aに送金依頼する。依頼を受けたコルレス銀行AはB氏の取引銀行のコルレス銀行Bに送金し、B氏の取引銀行が資金を受領する。銀行は主要通貨ごとにコルレス先を有している。例えば、米ドルの主なコルレス銀行はJPモルガンやシティバンク。ユーロはドイツ銀行。日本円は三菱UFJ銀行があげられる。

CBDCのサポートも視野

Partiorのプラットフォームは将来的には、シンガポールドルと米ドルに限らず、多様の通貨に対応し、あらゆる金融機関が参加できるオープンネットワークとしての役割を果たしていくという。また、Partiorは、各国の中央銀行が研究を進めている中央銀行デジタル通貨(CBDC)のユースケースをサポートする目的としている。

そもそも、Partiorは、シンガポール金融管理局(MAS)が主導し、民間の金融機関と共同で進めてきた研究開発「プロジェクト・ウビン(Project Ubin」に端を発している。このプロジェクトは、ブロックチェーンを利用したCBDCなどの研究を行うもので、JPモルガンも参画した。

26日の会見に出席したMASの最高フィンテック責任者、Sopnendu Mohanty氏は、「プロジェクト・ウビンを開始した2016年には、次世代のクロスボーダー決済の実現可能性を疑問視する声もあった」とした上で、「しかし、多くの企業がプロジェクトに参加し、JPモルガンとDBS、テマセクがPartiorのパートナーとなり、この構想を前進させた。シンガポールはフィンテックのハブとしての存在をさらに強めることとなった」とコメントした。

プロジェクト・ウビン:ブロックチェーンを活用した送金決済や証券取引決済を研究する5年間プロジェクトで、MASと金融業界が同分野についての知見を高める目的で進められた。中央銀行デジタル通貨に対応し、よりシンプルな次世代決済基盤の開発につなげることを最終的なゴールにしている。

プロジェクト・ウビンでは、JPモルガンとテマセクが協力して、決済ネットワークのプロトタイプを開発。他の中央銀行や金融機関が参加できる、次世代クロスボーダー決済基盤のテスト版に位置づけられた。

DBSとJPモルガンは共に、従来型の「金融機関」から「金融に特化したテクノロジー企業」にトランスフォームする取り組みを積極的に進めている。

時価総額5100億ドル(約58兆円)のJPモルガンは、年間で約120億ドル(約1.36兆円)の予算を自社のテクノロジー関連に費やす。独自のブロックチェーンを開発し、その技術の応用については6年ほど前から研究してきた。2020年には、ブロックチェーンに関係するすべてのプロジェクトを運営する新ユニット「オニキス(Onyx)」を立ち上げた。

一方のDBSの時価総額は約815億ドル(約9.3兆円)で、日本の三菱UFJフィナンシャル・グループ(約8.7兆円)を上回る。DBSはアジアで最も積極的にデジタル化を進めている銀行とも言われ、ブロックチェーンで資産をトークン化する技術の研究開発を進めている。

Partiorはラテン語で、「distribute(分配する)」や「share(共有する)」の意味を持つ言葉。イングランド銀行によると、世界のクロスボーダー決済額は2027年までに250兆ドルに達すると予測されている。

JPモルガンのブロックチェーン開発:JPモルガンが開発したブロックチェーンは、イーサリアムをベースとする「Quorum」で、2020年にブロックチェーン・ソフトウェア企業の米ConsenSysに売却された。JPモルガンは同時に、ConsenSysへの出資を行い、2社の提携関係を深化させた。

Quorumの売却発表後、JPモルガンは2020年10月に子会社のOnyx(オニキス)を設立。ホールセール型支払いトークンの「JPMコイン」を利用したサービス開発を進めながら、ブロックチェーンを活用した他の金融ソリューションの開発を継続している。

ConsenSysは、イーサリアムブロックチェーンとのやり取りに使用されるデジタル資産ウォレットの「MetaMask(メタマスク)」を開発している。ConsenSysによると、MetaMaskのアクティブユーザー数は2021年8月末時点で、1000万人を超えた。

DBSのデジタルトークン事業:DBSは、株式や債券、不動産などをトークン化してブロックチェーン上で発行・流通させる取り組みを進めている。既に「DBSデジタル取引所(DBS Digital Exchange=DDEx)を設立。DBSは2021年5月に、同行初のセキュリティトークン・オファリング(STO)を実施し、1500万シンガポールドル相当のデジタル債券をDDExで発行した。

|取材・テキスト・編集:佐藤茂
|トップ画像:シンガポール(Shutterstock)