シリアル起業家・実業家の岩瀬大輔氏、ブロックチェーン開発のブレインであるファビアーノ・ソリアーニ氏、そして安室奈美恵や少女時代、JuJu、西野カナなどの楽曲を手がけ、日本・アメリカ・韓国で20年以上にわたって音楽プロデューサーとして活躍してきたジェフ・ミヤハラ氏。
この3トップで、NFTのクリエイティブ事業を香港を拠点にグローバル展開しようとしているのが、KLKTN(コレクション)だ。
世界中で数々のNFT関連企業に投資する香港のアニモカブランズや、Dapper Labs、元ソフトバンクグループ副社長の佐護勝紀氏などから出資を受け、音楽とアニメを中心にNFTコンテンツを世界中で発掘する事業と、アーティストとファンをつなぐ次世代のコミュニティ空間の創設に挑もうとしている。
坂本龍一のピアノと、満島ひかりのボーカル&ダンスのMVが話題となった「Mondo Grosso」をプロデュースした大沢伸一氏や、日本・アメリカ・韓国で活動するロックギタリストのMIYAVIが手がけた作品などをベースに、NFTのコンテンツ開発を始めた。
ただ単に音楽コンテンツを切り売りするNFTのマーケットプレイスではなく、世界がWeb3に移行しようとしている中で、今まで経験したことのない音楽の体験を個人が作り上げていくことのできる空間を作っていくと、KLKTNでチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるジェフは話す。
KLKTNが始めたNFTプラットフォーム「Kollektion(コレクション)」を通じて、音楽アーティスト・クリエイターとファンとの距離は圧倒的に縮まり、アーティストは、一つの楽曲を制作するプロセスで生まれる音源や画像、動画を細分化して、そのかけらをファンに提供することができる。
消費者が買い物をする上での思考・行動・感情を時系列に見える化したものをカスタマー・ジャーニーと呼ぶが、クリエイターが作品を完成させるまでのプロセスを「クリエイター・ジャーニー」ととらえることができると、ジェフは話す。
ファンにとっては、クリエイタージャーニーの中で生まれる音楽アートの無数のかけらのようなものを手にすることで、ファン1人1人が堪能する音楽体験の歴史を、NFTで刻んでいくことができる。それが、Web3の音楽の新しい楽しみ方の一つになる。
KLKTNがこれから生み出すNFTと、Web3で聴く音楽の世界について、ジェフに語ってもらった。
ポップミュージックがよりポピュラーになったコロナ時代
──過去2年、新型コロナウイルスのパンデミックは人の生活、行動を大きく変えました。家の中で過ごす時間が増え、新しい時間の使い方を見出す機会も増えました。僕は最近、週末にあいみょんの曲を聴きながら、ギターを弾いてみたりしますが、最近のJ-POPは、ジェフにはどう見えているのですか?
ジェフ:ポップミュージックは文字通り、ポピュラーな音楽だから、ヒットして受け継がれていく曲はシンプルで、ある意味普遍的な側面を持つものが多いですよね。ヒットする曲はその後にカラオケで長い間、歌われることもあるだろうし。
最近すごく人気のあるあいみょんの曲は、ファンにとっても歌いやすいだろうし、ファンがギターを弾きたくなるのもよくわかる。それに、コロナ禍で、家でアコースティックギターを弾く人が急増したと言われているくらいだし、ポップミュージックは今まで以上にポピュラーになっているのかもしれない。
日本のポップミュージックは、メロディもリリック(歌詞)もどの国よりも丁寧に作られていますよね。日本の文化なのかな。シンプルだけど、アーティストが等身大の曲作りを丁寧にしているから、ファンの心に突き刺さるほどに奥が深いように思う。
Web3:Web3.0とも呼ばれ、ブロックチェーンなどのピアツーピア技術に基づく新しいインターネット構想で、Web2.0におけるデータの独占や改ざんの問題を解決する可能性があるとして注目されている。
コレクション行動の背景にある、記憶の印で作る人のストーリー作り
──KLKTNがこれから展開する音楽のNFTコンテンツの話になりますが、70年代、80年代のレコード・CDの時代と違って、音楽はストリーミングで聴き、アーティストの世界観はソーシャルで感じることができます。
ファンが何かをコレクションしようにも、物質的なものを収集する機会は大きく変化してきているように思います。
ジェフ:70年代、80年代は、レコードジャケットやCD(コンパクトディスク)をレコード屋で手にする感動から始まって、レコード・CDで音楽を聴く感動がありましたね。2022年、人は音楽をストリーミングで聞くことがほとんどで、楽曲は全てプレイリストの中。そんな社会であることは間違いない。
当時、MTVや歌番組に好きなポップミュージシャンが生出演した時間は、ファンがアーティストとリアルタイムで時間を共有できる数少ない瞬間だった。
今でも、一つのテーマでモノを収集する熱狂的なファンはいますね。一方で、そこまでモノに執着して、コレクションをしようとする人は限定的なのだろうとも思うんです。何かをコレクションしようとする人の行動の本質は、ある意味、昔も今もさほど変わらないように感じますね。
簡単に言ってしまえば、人は体験をコレクションしていると思うんですよね。その体験を象徴するものがモノであるわけで。
無意識に体験をコレクションしている僕たちの日常
──言われてみると、そうかもしれないですね。好きなアーティストの曲をストリーミングで聴き、今でも存在するCDを時に買い、アーティストが弾くようにソファーの上でギターを弾く。
時々、アーティストのTwitterとInstagramを眺めたりして。体験し続けることが、体験をコレクションしていると言えるのかもしれない。
ジェフ:例えば、好きなアーティストのライブの楽しみ方は、楽曲と熱気、匂いみたいなもので包まれた非日常の空間を味わうことだろうけど、ファンそれぞれの感じ方、楽しみ方、意味合いは違うわけです。それぞれの日常があって、それぞれの人生があって、音楽を聴く行動の裏にある意味合いみたいなものは、それぞれで違うわけだよね。
ファンは、アーティストとその楽曲、MV、作品を制作している時の生々しい雰囲気を味わうことで、コレクションという行動を経験を通じて行っているように思うんだよね。
その経験の証として、アーティストの活動・作品・雰囲気のかけらのようなものを、NFTという技術を使ってブロックチェーン上に無意識に刻み込んでいければ、今まで記憶の中でコレクションしてきたものが、見える形でコレクションすることができるのかな。
音源、画像、動画、作品を制作する過程で生まれるあらゆるものをNFT化する動きは、すでに始まっている。ライブチケットをNFTにすることは、もう多くの人たちが始めようとしている。ただ、それは、お気に入りのアーティストの作品と共に作る、人それぞれのストーリーの1アイテムに過ぎないのかもしれない。
ファン1人1人が作る音楽体験のストーリー・歴史を、Kollektionを通じて実現できるようになればと思ってます。
ファン1人1人が打ち立てる音楽ライフの「Hall of Fame」
──昨年(2021年)は、NFTアートや、プロスポーツ選手のプレイの瞬間を短い動画にまとめた「NBA Top Shot」などが人気を集めて、NFTのグローバル市場は急激に膨れ上がりました。世界最大級のマーケットプレイス「OpenSea」を見ると、BeepleやBored Ape Yacht Club(BAYC)のアート作品がずらりと並び、手が届かない値で取引されてます。
瞬時に価値を取引できる手法が、コレクティブルズの世界にやってきて、キャピタルゲインを目的とした新たな金融市場ができあがりつつあると考える人も多くいると思います。
ジェフ:BeepleもBored Apeのアート作品も、とてもクールだと思います。僕たちも素晴らしいNFTコンテンツを世界に紹介できたら良いと思うけど、僕たちが考えているのは、NFTを使って、ファンが多くの体験をして、それぞれのストーリーを作り上げる空間。
例えば、MIYAVI KLKTNパスというNFTを作成して、販売しました。アミューズメントパークに入るときに見せる、あの入場パスのようなものです。そのパスをエントリーポイントとして、その入口からファンが数々の体験ができる空間です。
人の体験の仕方はさまざまで、デジタルコレクティブルズをたくさん集めることも一つの体験だろうし、MIYAVIと共に時間を共有するリスニングパーティに参加したいと考えるファンもいるでしょう。
ファンが共感するミュージシャン、アーティスト、クリエイターを中心とする新しい形のコミュニティを作って、ファン1人1人の音楽ライフの爪痕を残せるような空間を作り上げたいと思う。
NFTって何?と聞かれれば、デジタルコレクティブルズと答えるのが一番分かりやすいと思うけど、自分だけのユニークなストーリーというものを、デジタルに刻み残していけるものだと思ってます。Web3の中で、ファン1人1人が自身のHall of Fame(栄誉殿堂)を打ち立てることのできるアイテムなのだろうと。
Web2の音楽界と、これから始まるWeb3の音楽プロダクション
──いまあるWeb2の音楽界と、Web3で始まる音楽プロデュースの大きな違いは何でしょう?
ジェフ:主人公はアーティスト/クリエイターであると同時に、多くのファンであるから、双方がもっとダイレクトに反応し合える空間を、Web3の中では作っていきたいですよね。
技術的なことは開発のプロに聞いたほうが良いけど、Web3の世界のミュージックプロダクションは、人と人がつまらないことで比較をすることなく、個がそれぞれのユニークさを全うしながら、楽しむことのできる音楽の世界じゃないだろうか。
Web2がアーティストからファンたちへのワンウェイな発信がメインだったのに対して、Web3はアーティストとファンのツーウェイがメインになる。アーティストが決して裸の王様にならないように、ファンからのフィードバックがダイレクトに届く空間が必要だろうと思う。
アーティストが作品を作り上げるまでの生みの苦しみや喜びを、ファンが少しでも体験できるようになれば、アーティストとファンとの距離が心地の良いものになるんじゃないかな。それをグローバルに結んでいけるのが、ブロックチェーンなのだろうと思うんです。
マウントの取り合いをするいわゆる大手企業の「業界人」と呼ばれる人もいなくて、ファンである個人同士も見栄を張ることをしないで、フランクで、誰もが等身大で、過ごしやすい環境の中で音楽ライフを楽しめる世界が、Web3では作られていくのかな。チャレンジングではあるけど、そうあってほしい。
僕がWeb2で20年以上音楽プロデューサーをやってきたのは事実だけど、いまはWeb3の音楽おじさんになろうとしてます(笑)。こっちの方が居心地が良いし、自分らしさをそのまま表現できるのかな。
Web3というと、半分アンドロイドのような人がうようよいると思うかもしれないけど、なんだかよい意味で、本来の人間臭いままでいられるような気がします。だから、Web3の世界を作ろうとしている人たちのコミュニティが、音楽界に限らず、世界で広がっていくことを心から楽しみにしてます。
香港拠点、開発はカナダ、デザインはロンドン──オーディエンスはグローバル
──KLKTNは香港をベースに、カナダ・バンクーバーには開発部隊を置き、デザイナーはロンドン、東京にも事業拠点があり、事業を一気にグローバル市場で展開しようとされてますね。
例えば、日本の音楽アーティストがNFTを活用したグローバル展開がKollektionを通じて可能になるわけですか?
ジェフ:海外のマーケットに進出する際、目と耳が肥えている世界の人たちにどんな新しい刺激を与えられ、この新しいコミュニティ、新しいムーブメントに何を貢献できるかがとても大事になってきますよ。
日本人アーティストとして、世界がまだ見たことのない体験、聞いたことのない音、見たことのないライブパフォーマンスを届ける意味では、おもしろい世界が生まれようとしていると思う。
一方で、日本人だけのためにテイラーメイドされたドメスティックなNFTマーケットプレイスが、例えばアメリカのマーケットで喜ばれるかは、まだ分からないところは多くあるでしょう。日本の市場、日本のファンだけに日本語の楽曲を届けようとするアーティストが多くいるのも事実ですよね。
──Kollektionで今後展開される音楽コンテンツ(NFT)は、どんなものがメインになっていくのでしょう?
ジェフ:今年(2022年)の春先にも新たにKollektionで出てくるアーティストがいますが、グローバル市場に刺さるコンテンツにならないといけない。もちろん、そのアーティストはグローバルに突き進んでいきたいという思いがあって、覚悟もある。
KLKTNで現在展開しているアーティストは、僕がプロデュースのところで関わってきたので、これからこういった多くのアーティストのプロデュースをサポートしていきたい。
例えば、Mondo Grossoの大沢伸一さんのダンスミュージックは、音色や雰囲気がアジアの人たちにもっと刺さるだろうと思うんです。韓国にはMondo Grossoファンがいて、Kollektionで出した時も韓国ファンのリアクションは大きかった。
MIYAVIの凄みは、日本人として得たものを海外に持っていき、貢献しようとした時、日本のビジュアル系ロック「J-Rock」のカルチャーを、アメリカの人たちが喜べるように工夫をして、サムライギタリストになったことだと思う。ギターの弾き方は巧みで、独創的。英語で自己表現をすることもとても上手ですよね。
乱暴な言い方かもしれないけれど、本物であり、覚悟を決めたアーティストですよね。これから、もっともっとこういったアーティストをKollektionで発掘していきますが、正直、日本人アーティストにこだわることはないと思ってます。
KLKTNではコンテンツ・マネジメントシステムの開発を進めていて、今年の夏以降にローンチする計画です。その機能の一つとして、アーティストがKollektionのプラットフォームに登録することができるようになります。
今は僕たちが、限定的なアーティスト達と一緒に、新しい体験・ストーリーテリングをさせてもらっているけど、きっと来年の今頃には、多くの次世代のアーティストから逆に学ばせてもらえるようになるでしょうね。そういった部分でも、大きなパラダイムシフトが起きてくるのかなと、想像してます。
|インタビュー・テキスト・構成:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑