「シャンハイ」アップグレードがETHの流動性に与える影響とは──新たな成長が始まるか

「シャンハイ」アップグレードは、イーサリアムブロックチェーンにとって、最も重大なイベントになるだろう。シャンハイでは、イーサリアムブロックチェーンに数々の改善が行われる。その中でも特に重要なのは、イーサリアム(ETH)をステーキングした人たちがステーキングしたコインと獲得した報酬を引き出せるようになることだ。

プルーフ・オブ・ステーク(PoS)ネットワークのビーコンチェーン(Beacon Chain)では2020年12月のローンチ以来、ユーザーは取引の検証に協力してきた。だが現状、ステーキングは一方通行。ステーキングされたイーサリアムは、デポジットコントラクトにロックされていた。

リド(Lido)やロケットプール(Rocketpool)、ステークワイズ(StakeWise)などのプロトコルが、この空白を埋めるために「リキッドステーキング」トークンの提供を開始した。

これらのトークンは、ステーキングされたETHを表す。価格は変動し、DeFi(分散型金融)エコシステム全体で使うことができる。シャンハイアップグレードによって、ステーキングされたETHの引き出しが可能になり、ETHが市場に大量流入した場合、現在リキッドステーキングを席巻しているこれらのプロトコルにどんな影響があるのかはまだわからない。

シャンハイアップグレードはおおむね、ETHステーキングの人気を高めることになりそうだ。ステーキングプロトコル間の競争を促し、ユーザーにメリットをもたらす。さらに、イーサリアムブロックチェーンの新しいPoSチェーンの安全性も高まる。

強気シグナル

弱気相場の中でのシャンハイの実施は、ステーキングエコシステムにダメージを与えると想像することは簡単だ。2023年の暗号資産のマクロ的展望に不安を抱えたステーカーが、市場がさらに混迷した場合に備えて自分の資産の流動性を保つためにステーキングしたETHを引き出すかもしれない。ステーキングサービスを提供する企業への取り締まりを恐れて、強気相場のブームの時のように、新規ステーカーたちは増えないかもしれない。

しかし長期的には、シャンハイ(特に、ステーキングしたETHや報酬を引き出せること)はイーサリアムに強気の展望をもたらすものだ。具体的にはシャンハイによって、ETHの流動性を提供する人たちへのインセンティブが3つの形で高まる。

1.イノベーション促進

まず第1にシャンハイは、ダイレクトステーキングやリキッドステーキングのソリューションにおける、さらなるイノベーションを促す。より頻繁にステーキング、引き出し、報酬の再ステーキングが可能になることで、リスクを最小限に抑えつつ利益を最大化するチャンスを人々が模索するなか、より繊細な金融アプリケーションが生まれるだろう。複雑なレンディングソリューションも生まれるかもしれない。

シャンハイはまた、リキッドステーキングプラットフォーム上の個人の流動性提供者にも恩恵をもたらす。プラットフォームはよりユーザーフレンドリーであることを迫られ、プロトコルは流動性提供者をめぐって争うようになり、より多くの機能やインセンティブが登場してくるだろう。

2.ETHのポジション強化

2つ目にシャンハイは、ETHのポジションを強化する。シャンハイ後にイーサリアムブロックチェーンが支払う利回りは、ネットワークの流動性と取引規模に左右され、ETHにとって「基本利回り」のようなものになる。既存と新規のステーキングプロトコルは、イーサリアムブロックチェーンの利回りメカニズムと競争しなければならず、ETHはより安全かつ安定、予測可能でリスクの低いものとなるだろう。

3.資産に対する主権

3つ目に、シャンハイはETH流動性提供者に、シンプルだが力強い精神的安心感を与える。暗号資産の世界において、指針となる原則は、自らの資産に対する主権だ。イーサリアムブロックチェーンを深く信じる人にとってさえも、資産のロックを求めるコントラクトは受け入れにくい。シャンハイによって、参加への心理的ハードルはなくなり、流動性提供者はステーキングをより自信を持って行えるようになる。

つまりシャンハイは全体として、ETHステーキングに特化した新たなイノベーションサイクルを生み出す。流動性提供者はこのイノベーションの確かな恩恵を受け、成長を続けるさまざまな機能、ツール、サービス提供業者のエコシステムにアクセスすることになる。その結果として、流動性提供者のより分散化されたエコシステムと、より安全なネットワークが生まれる。

集中化という懸念

ただしシャンハイ実施後に留意するべき重要なポイントが1つある。ステーキングの集中化だ。ETHステーキングの増加は表面的には、ネットワーク「分散化」の高まりを意味するように思われる。しかし、シャンハイ後の新規ステーカーの大半が、暗号資産取引所コインベース(Coinbase)などを通じてステーキングすることを選べば、少数の中央集権型オンチェーン企業がエコシステムを支配するリスクがある。

この点を考えると、長期的に分散化を高めるようなイノベーションがステーキング業界で生まれることを願う。競争の激化は選択肢の増加を意味し、各プロトコルはより優れたプロダクトやサービスによって差別化を図ろうとするだろう。さらに、イーサリアム財団などの組織は、よりレジリエントなステーキングネットワークを生むインセンティブを提供するために、個人ステーカーのユーザーエクスペリエンス(UX)に重点を置くべきだろう。

移行完了

イーサリアムブロックチェーンには今後、さらに多くのアップグレードが計画されている。しかしシャンハイは「やり遂げた」感をもたらす。PoSへの移行がついに完了した感覚がもたらされる。

イーサリアムブロックチェーンはこれまで生き延びてきた。そして今、繁栄する準備が整った。

ケヴィン・デ・パトゥール(Kevin de Patoul):Keyrockの共同創業者兼CEO

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:What the Ethereum Shanghai Upgrade Will Mean for ETH Liquidity