シンガポール:リスタートの準備が整ったアジアの一大拠点【クリプト・ハブ2023】第2位

「ワイルド・ウエスト(西部開拓時代)」というもっともな評価を受けている暗号資産(仮想通貨)業界だが、暗号資産企業の創業者たちは、法人設立の場所を探す時には、予測可能性と明確な規制を優先する傾向がある。

だからこそ、規制が整備され、効率的に統治された都市国家シンガポールには、バイナンス(Binance)やコインベース(Coinbase)、クリプトドットコム(Crypto.com)など、暗号資産業界でも最大手の本社やサテライトオフィスが置かれている。

しかし、自国の寵児だったテラフォーム・ラボ(Terraform Labs)とスリー・アローズ・キャピタル(Three Arrows Capital)の派手な破綻によってエコシステムは「暗号資産の冬」に突入。シンガポールの暗号資産コミュニティは今、傷を癒し、未来に目を向け始めている。

力強いクリプト・ハブ

シンガポールの高い評判は、いまだに健在。今年春、世界を飛び回る暗号資産の専門家約30人を対象に行われたCoinDeskの調査では、最高のクリプト・ハブとして最も多くの票を集めた。レッド・ドットの愛称で呼ばれるシンガポールは、デジタルインフラでは世界最高評価(タフツ大学のフレッチャースクールによるDigital Evolution Index)、世界銀行によるビジネスのしやすさ指数では第2位となっており、強力なクリプト・ハブに必要な要素はすべて揃っている。

2023年の国際金融センター指数によると、シンガポールは香港を抑え、アジア太平洋地域で最も競争力のあるフィンテック・ハブであり、暗号資産業界における規制のパイオニアでもある。シンガポール金融管理局(MAS)は2020年に決済サービスライセンス法を可決している。

「シンガポールは、同地域でデジタル資産ライセンス付与のための確固としたフレームワークを整備した最初の国だったため、ライセンスを申請するために企業が殺到することになった」と機関投資家向けデジタル資産取引テクノロジー開発を手がけるタロス(Talos)のAPAC営業責任者パメラ・リー(Pamela Lee)氏は語る。

初期段階の暗号資産プロジェクト向けのブロックチェーンベースのクラウドファンディングプラットフォーム、エンジンスターター(Enjinstarter)の創業者プラカシュ・ソモサンドラム(Prakash Somosundram)氏は、シンガポールの暗号資産界の状況を2015年から「最前列で」見てきたと語る。

「規制の観点からいうと、暗号資産の初期は非常に親暗号資産的だった。そのため、多くの暗号資産インフルエンサーがここに資本を移動させた」とソモサンドラム氏は語った。また、キャピタルゲイン課税がないため、「暗号資産富裕層が来るには理想的な場所である」とも指摘した。

「クリプト・アイランド」

高度な教育を受けた人材と組織的なフィンテックのノウハウは、シンガポールにとって強力なコンビとなっている。初期のICO(イニシャル・コイン・オファリング)には、2017年にわずか7分で4300万ドル(約60億円、1ドル140円換算)を調達した暗号資産決済プラットフォームTenXをはじめとするシンガポールのスタートアップが含まれていた。

同年のICO調達額では、シンガポールは15億ドルと、12億ドルのアメリカを上回った。ニューヨークシティとほぼ同じ広さの国土、人口は3分の2に過ぎないこの国にとっては驚異的な数字を記録した。

現在の「暗号資産の冬」が到来するまで、シンガポールは暗号資産セレブのカルチャーやライフスタイルのステレオタイプとも言える系統の人々を惹きつけていた。その世界は、ソモサンドラム氏が「クリプト・アイランド」と呼ぶリッチなセントーサ島を中心としていた。

セントーサ島は、シンガポールの中で外国人が不動産を所有できる唯一の場所であり、リッチな外国人が殺到している。セントーサ島の住人には、バイナンス(Binance)の創業者兼CEOのチャンポン・ジャオ(Chengpeng Zhao)氏や、暗号資産のオピニオンリーダーでアメリカ人投資家のバラジ・スリニバサン(Balaji Srinivasan)氏などがいる。暗号資産関連のミートアップやカンファレンス、イベントは、別荘やヨットで開催されていたとソモサンドラム氏は振り返る。

多様性に富んだ島

しかし、ジャオ氏とバラジ氏は比較的早くシンガポールを後にした。自身にとってシンガポールで2つ目の暗号資産スタートアップであるステーキング・アクセス・スタートアップ、ロックX(RockX)の創業者兼CEO、ジューリン・チェン(Zhuling Chen)氏は、現地の暗号資産コミュニティに対する自身の見方は、人目を集めるビリオネアのための贅沢な島とは明らかに違うと述べた。

チェン氏は、コミュニティは人種も性別も多様で、暗号資産のエコシステムも多様化していると語る。チェン氏によれば、ICOに加え、「シンガポールはイーサリアム・コミュニティが最も早い時期に形成された国のひとつ」でもある。「NEARやSolana(ソラナ)のミートアップに行くと、それぞれ異なったタイプの人たちを見かける。強いファンベース」がさまざまなトークンプロジェクトに存在していると、チェン氏は語った。

シンガポールの住民は世界中から集まっており、人口のおよそ30%は非市民、つまり外国人だ。「シンガポールは長年、フィンテック・ハブとして、アジア太平洋地域全体から人材を引き寄せてきた」とチェン氏は語り、「ここは優秀な人材を見つけるために、かなり魅力的な場だ」と続けた。実際、チェン氏の会社の40人のスタッフの国籍は、8カ国に及ぶ。

「私たちはクリプト・ブロ(独善的で横柄な暗号資産支持の男性たち)のように見られたくはない」と、シンガポールのブロックチェーン協会の「ブロックチェーンにおける女性委員会」のメンバーであるリー氏は語る。

「シンガポールが本当に築きたいのは、そのような考え方ではないだろう。私たちが目指すのは、人々が協力し合い、ともに成長するための非常にイノベーティブな環境があるフィンテック・ハブだ」

慎重な姿勢と“シンガポール離れ”の不安

シンガポールが初心に帰るなか、MASも暗号資産投資家も以前より少し慎重さを増している。政府系コングロマリットで、VCのテマセク・ホールディングス(Temasek Holdings)は、FTXの破綻によって2億ドル(約280億円)を減損処理したと報じられた。

チェン氏は、シンガポールはブロックチェーンの推進という点ではそのコミットメントを維持していると言いながらも、銀行は顧客確認(KYC)やアンチマネーロンダリング(AML)対策に、より注意を払うなど、厳格化が進んでいることを認めている。

このような慎重な姿勢は、暗号資産フレンドリーな規制の整備が企業やVCの資金を惹きつけているドバイや香港へと、暗号資産富裕層を移動させるかもしれないとソモサンドラム氏は指摘した。

ソモサンドラム氏自身も、エンジンスターターのトークンをオフショア法人からドバイに移し、スタートアップの第1段階のライセンスを申請していると述べた。

「私たちは、香港とドバイに座を奪われつつある」とソモサンドラム氏は語った。チェン氏とリー氏は、ホットスポットとしての勢いはドバイや香港に移りつつあるとはいえ、シンガポールがそうした地域に押されているわけではないと語る。

「シンガポールは居心地がいいので、ここで立ち上げたビジネス全体を香港に移すことは、それほど簡単なことではない」とリー氏。「むしろシンガポールにとどまって、別の場所に小さなオフィスを構えた方がいい」と続けた。

いずれにせよ、シンガポールは暗号資産規制の分野では、世界トップの金融ハブであるニューヨークシティよりもはるかに有利な立場にある。暗号資産取引所ジェミナイ(Gemini)の共同創業者であるウィンクルボス(Winklevoss)兄弟は6月、シンガポールの拠点を100人以上の規模に拡大すると発表した。ちなみに現在、同社の世界全体での従業員数は500人と報じられている。

ジェミナイはブログで、「弊社のシンガポールオフィスは、より広域のAPAC事業のハブとして機能する。私たちは、APACが暗号資産とジェミナイの次なる成長の大きな原動力になると信じている」と述べている。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Wirestock Creators / Shutterstock.com
|原文:Singapore: The Center of Asian Crypto Wealth Is Ready for a Reset