ツーク:イーサリアムが生まれ、暗号資産が大人になるところ【クリプト・ハブ2023】第1位

暗号資産(仮想通貨)の世界で最も象徴的な誕生物語は、謎の人物サトシ・ナカモトによるビットコインのホワイトペーパー。では、それに続くのは?

ヴィタリック・ブテリン氏が、スイスのツークにある小さなアパートの一室で、他の開発者たちと熱心に取り組んだ2015年のイーサリアムのローンチだ。

「靴箱みたいに狭かった。普通の家。ホステルのようにマットレスの上で暮らしていた」とイーサリアム財団アドバイザリーボードの初期メンバー、バーンド・ラップ(Bernd Lapp)氏は数年前、そう私に語っている。

彼はブテリン氏が「とても親切ないい人」で、食料品を買いに行ったり、ニンジンの皮をむき、食事を開発者たちに配ったりしていたことを覚えている。

イーサリアム誕生の地であることが、ツークが「文字どおり暗号資産誕生の地」である理由の1つと、チューリッヒの元議員で『Crypto Nation Switzerland(暗号資産国家スイス)』の著者、アレクサンダー・E・ブルナー(Alexander E. Brunner)氏は語る。

規制整備に積極的な政府

もう1つの理由は、スイス政府。「否定するか、向き合うか」と暗号資産とブロックチェーン技術の台頭について元ツーク市長のドルフィ・ミュラー(Dolfi Müller)氏は述べ、「望むと望まざるとにかかわらず、これらはやってくるのだから、向き合わなければならないと常に言い続けてきた」と続けた。

だからツークは向き合うことにした。シリコンバレーに匹敵する「クリプトバレー」としてブランド化するために積極的に取り組んだ。例えば、政府は市民がビットコイン(BTC)で納税できるようにする実験を行った。そして、明確な規制フレームワークが整備された。「スイスはガイドラインを設けた最初の国」とブルナー氏は語った。

規制に関して宙に浮いた状態に置かれることで、暗号資産関連企業がアメリカに拠点を置くことに消極的になっているのに対し、スイスではどんな扱いを受けるのかが明確にわかり、しかも仕事を進めやすくなっている。SEBAやシグナム(Sygnum)のような「暗号資産銀行」も国内に存在し、暗号資産スタートアップに納税証明書や暗号資産の保管、預金保険といった基本的なサービスを提供しているとブルナー氏は説明する。

このように暗号資産企業にとって快適な環境のおかげで、イーサリアム財団、カルダノ(Cardano)、コスモス(Cosmos)、その他数百ものプロジェクトがツークに集まってきた。税金は安く、いたるところにフィンテック企業があり、チューリッヒ大学には強力なブロックチェーンセンターがある。さらにツーク政府は先日、ブロックチェーン研究センターのために3900万スイスフラン(約63億円)を拠出すると約束した。

しかし、予想とは少し違うところもある。 ツーク自体は、バーがたくさんあったり、暗号資産ファンがたくさんいるわけではない。小さな街だ。人口は3万人に満たず、ブルナー氏は驚くほど率直に「退屈」と形容した。

だからこそ現実的には、ツークを「クリプト・ハブ」にするというアイデアには、チューリッヒ(電車でわずか20分)やベルン、ジュネーブといった大都市も含まれる。

「暗号資産はスイス全土に広がっていると言っていいだろう」(ブルナー氏)

開発には適さない

ツークは、合法的に会社を設立するためには便利な場所かもしれないが、実際に人を雇って仕事をしてもらう場所では必ずしもない。スイスは、ニューヨークの物価が安く感じられる、地球上でも数少ない場所のひとつだ。

「開発者の多くはスイスには住んでいない」とブルナー氏。「開発者やコーディングのコミュニティを探しているなら、スイスはそのための場所ではない」と続けた。

しかしそれでも、規制の明確さ、銀行やベンチャーキャピタル(VC)へのアクセスのしやすさ、さらに静けさを楽しんでリラックスしたいのであれば、スイスこそが最適な場所だ。ツークはもう、笑ってしまうほど心地いい。

私は2019年、ツークにひと月滞在し、湖畔でジョギングをしたり、清浄な静けさに浸ったりした。そして「クリプト・バレーの心臓部」と謳われるCVラボ(CV Labs)で開催された暗号資産ミートアップに参加した。5階建てのきらびやかなコワーキングスペースは、もちろんWeb3に特化しており、最上階では、床から天井まである窓からスイスアルプスの壮大な眺めを楽しむことができた。

しかし、そうしたミートアップの雰囲気は変わってしまった。パーカーを着ているような人たちはもうおらず、スーツ組が主流になった。ブルナー氏が数年前に暗号資産のミートアップに行っていた頃には、人々は口々に「ビットコインが銀行を終わらせる! 私たちはより良い金融システムを作るのだ!」と語っていた。

そのような言葉はもう、ツークの暗号資産ミーティングではほとんど聞かれなくなった。その代わりに、コンプライアンスやライセンス、さらには銀行との提携についての評価が新たに高まっている。

「暗号資産の非主流派的な側面はどこかに行ってしまった」とブルナー氏は語った。暗号資産のワイルドな側面が失われたことに苛立つ人もいるかもしれないが、ブルナー氏の見方では「暗号資産はスイスで大人になっていく」。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ツーク(Shutterstock)
|原文:Zug: Where Ethereum Was Born and Crypto Goes to Grow Up