カーブ危機が示す、DeFiと分散型リスク管理の落とし穴

DeFi(分散型金融)が2020年に注目を集めたとき、レガシー金融の欠点に対する解毒剤としてアピールされた。

分散型レンディングは、DeFiのキラーアプリになるはずだった。銀行やクレジットスコア抜きで、ブロックチェーン上でデジタル資産を瞬時に貸し借りする方法だ。昨年、FTXのような中央集権型暗号資産(仮想通貨)レンディング業者が犯罪者や不適切な運営のせいで崩壊するなか、最大の分散型レンディングのアーベ(Aave)プロトコルのような「優良プロトコル」は動き続け、伝統的な金融を改善するものとしてDeFiのアピールを支えた。

暗号資産市場は低迷しているが、DefiLlamaによると、アーベは46億ドル(約6670億円)相当の預かり資産を誇り続けている。これは、イーサリアムや他のブロックチェーンでのバンクレス借り入れを促進するために、世界中の人々によってプールされた資金だ。

しかし数週間前、最大の分散型暗号資産取引所(DEX)のひとつであるカーブ(Curve)で7000万ドルのハッキングが発生し、DeFiが約束してきたことに亀裂があることが明らかになった。このハッキングは、連鎖的に一連の事態を引き起こし、DeFiレンディングは限界にまで追い込まれた。主要なDeFi資産の価格が「デス・スパイラル」に陥る恐れに直面し、コミュニティ主導の金融プラットフォームがリスク管理能力を備えているかどうかについて重大な問題を提起した。

過剰担保レンディングの限界

DeFiは、スマートコントラクト(ブロックチェーンをベースとしたコンピュータープログラムで、人々が互いに直接取引することを可能にする)に基づいている。コードに依存することで、迅速かつ安価に、そして幅広くアクセスできるようになり、人々は銀行を介さずにトークンの貸し借りやスワップを行うことができる。

アーベ、フラックス(Frax)、アブラカダブラ(Abracadabra)のようなDeFiレンディングプラットフォームが貸し出した資金は、個々の預金者からなる「分散型」コミュニティからプールされ、各預金者は借り手が支払った利息の一部を受け取る。大きなポジションのリスクもこれらの人々の間で分散される。借り手が借金を返済できなければ、これらの貸し手が貧乏クジを引くことになる。

DeFiレンディング企業は、銀行よりも信用度を判断するツールが少ないため、厳格な過剰担保を要求する傾向がある。つまり、借り手は、融資を受ける以上の価値を担保に入れなければならない。しかし最近の出来事から、リスクを回避する手法としての高額担保の限界が見えてきた。

数カ月間、カーブの創業者マイケル・エゴロフ(Michael Egorov)氏は、複数の異なる分散型レンディングプラットフォームで合わせて約1億ドルを借り入れ、担保として、カーブのネイティブトークンであるCRVを2億ドル分以上差し入れた。

DeFiレンディング企業は、借り手の担保が一定の価格に下がると自動的に清算、つまりオープン市場で売却するようにプログラムされている。エゴロフ氏の貸し手は、債務不履行の可能性がある場合にはCRVの担保で十分カバーできると考えていた。

しかし、先月ハッキングによってカーブから7000万ドルが吸い上げられ、CRVの価格が20%下落し、エゴロフ氏の担保が自動清算される価格に近づいたとき、エゴロフ氏への貸し手は、すぐに数百万ドルの不良債権を抱えることになるかもしれないことに気づいた。

エゴロフ氏への融資を許可する際、レンディング・スマートコントラクトはエゴロフ氏の全担保ポジションを考慮していなかったようだ。複数の異なるレンディングプロトコルで分散されていたため、プログラム的に把握することは困難だったからだ。すべて合わせると、エゴロフ氏は流通する全CRVの3分の1を担保として差し入れていた。貸し手がこのほんの一部でも清算すれば、比較的流動性が低いものの、システム上重要なDeFi資産であるCRVの市場全体が崩壊していただろう。

暗号資産分析会社TheTieのデータアナリスト、サチャ・ゲバリ(Sacha Ghebali)氏は「プロジェクトの創設者がトークンの供給量の大部分の貸し出しを望む場合、迅速に清算することはできない。制限を設ける必要がある」と語った。

エゴロフ氏の最大の貸し手たちは、価値のないCRVを抱えた最後の1人になることを避けるために、エゴロフ氏の担保を早期に清算することを検討し、一時的ににらみ合いのような状態が続いた。

エゴロフ氏は結局、清算されることはなかった。彼は、DeFiを存続させることに既得権を持っていたトロン(Tron)創業者のジャスティン・サン(Justin Sun)氏のような大金持ちの「クジラ」の助けを借りて、ローンの一部を返済することに成功した。

それでもなお、エゴロフ氏の陥った状況は「担保に十分な流動性がない場合は、過剰担保融資で不良債権が発生する可能性があること、信用損失が発生する可能性があることを示した点で、DeFiプロトコルの弱点を暴いた」と機関投資家に特化したDeFiレンディング会社メイプル・ファイナンス(Maple Finance)のシド・パウエル(Sid Powell)CEOは語る。

分散型リスク管理の課題

CRV騒動のようなシステミック・リスクのシナリオから自らを守るために、どのレンディングプラットフォームのコードにもルールが組み込まれている。大まかには、どのような担保と引き換えに、どのような資産を借り入れることができるかを規定するルールだ。過剰担保を求めることはリスク管理の主要な方法だが、唯一の方法ではない。

アーベの広報担当者は、エゴロフ氏の6000万ドルのアーベでのレンディングポジションは、プラットフォームの古いバージョンであるアーベV2で行われたものであり、新しいアーベV3プロトコルでは、このようなことは不可能だったと指摘。V3プロトコルでは「不良債権が発生する可能性が極めて低くなるように、まさにこのようなシナリオを制限するリスクパラメーターを持っている」と述べた。

銀行は、この種のリスクパラメーターを設定するプロのマネージャーを雇用している。アーベや他のDeFiレンディング企業は、この責任を投資家に押し付けている。

アーベのリスクパラメーターは、アーベDAO(自律分散型組織)、つまりプラットフォームのトークン「AAVE」を保有する人々によって設定される。この仕組みは、アーベの利害関係者が民主的に資金の借り入れ方法を管理する方法とアピールされている。

アーベの広報担当者は「アーベDAOは保守的な管理で知られている」と語ったが、一部の専門家は、カーブの危機はリスク管理がDAOで処理するには複雑すぎることを示していると語った。

「担保要因、清算センサー、オラクル、金利など、アーベプロトコル上では500以上の異なるパラメーターが互いにやり取りしている。これらのリスクパラメーターを変更するために常に投票が行われる」と、DeFiレンディングプロトコルMorphoのポール・フランボット(Paul Frambot)CEOは語った。

「アーベのパラダイムは、このような複雑さを伴ってスケーリングするように作られていない」と、モルフォで新しい種類のリスク管理システムの導入に取り組んできたフランボット氏は語る。DAOは意思決定が遅いことに加え、「これらのことを本当に理解するには、リスク管理の博士号を持っていなければならない」。

プロに任せる

カーブの状況が何かを伝えているとすれば、それは、DeFiのレンディングプロトコルは自律的なコンピューターコードの断片と見なすべきではなく、人間の判断に大きく依存するシステムと見なすべきということだとフランボット氏は語り、次のように続けた。

「アーベのプロトコルは、実際には分散化されたオープンなレールを持つオンチェーンファンド。彼らがやっているのは、ユーザーにお金を預けさせ、そのポジションのリスクを管理することだ」

アーベの広報担当者によると「DAOにはさまざまなリスク軽減のための第三者サービスがあり」、リスクの「評価と勧告を行っているが、潜在的なリスクにどう対応するかは、最終的にはDAOの判断に委ねられている」という。

リスク管理はDAOが扱うにはあまりにも面倒で複雑なため、権力は自然と大規模な「代理人」やリスク管理会社の手に集中することになると、フランボット氏は語る。

アーベDAOの主なリスク管理パートナーであるGauntletやChaosのような企業は、リスクを測定し、パラメーターの変更を提案するための独自のツールを持っている。「文字通り毎日、リスクマネジャーは、完全に信頼される不透明なリスクパラメーターを押し付けてくる。 それらがどのように計算されているかは、さっぱりわからない。それでもDAOがそれを承認する」のは、信頼できるブランドからの提案だからだとフランボット氏は説明した。

2020年12月以降、アーベDAOガバナンスの正式な投票に至った303の提案のうち、完全に拒否されたのはわずか8%。アーベDAOによって承認・実行された262件の提案のうち、233件は全会一致で可決された。その大部分はリスクパラメーターの変更を伴うものだった。

また、アーベDAOの決定は、ほんの一握りの「代理人」(他のAAVE保有者に代わって投票する許可を与えられた個人や組織)によって左右される傾向がある。過去5回のアーベDAO投票では、いずれも最終的な投票数の半分以上が3大代理人によるものだった。

DeFiに特化したブロックチェーンを開発しているAgoric社のCEO、ディーン・トリブル(Dean Tribble)氏は「代理人という制度には、ちょっとした大衆煽動が伴う。人々は多数派に従って投票することで報酬を得ることができ、それが投票の100%というような大きな変動をもたらす。あるいは、声の大きい少数派が大きな影響力を持つこともある」と語った。

カーブ騒動は、この種のシステムから生じる気まぐれさを示した。

カーブがハッキングされる1カ月以上前の6月、Gauntletはエゴロフ氏の巨額のCRV担保が不良債権化する恐れがあるとして、アーベV2のCRV凍結を提案した。アーベのコミュニティは全会一致で、エゴロフ氏がCRVのポジションを増やすことを阻止することのできたはずのこの提案に反対した。

Gauntletがカーブのハッキングから数日後の7月にCRV凍結案を再提出したときには、コミュニティは100%賛成票を投じた。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:アーベの創業者Stani Kulechov氏(CoinDesk)
|原文:Curve Crisis Shows Pitfalls of Decentralized Risk Management