サム・バンクマン-フリードは暗号資産がなくても帝国を築けたのか

10月3日はサム・バンクマン-フリード氏の裁判が始まった日であり、すでに暗号資産(仮想通貨)の歴史において最も重要な日のひとつと言ってもいいだろう。たとえ、証言台で重大なことはまだ何も起こっていないとしても。

裁判の始まり

たった1人の男の裁判が業界にとって重要である理由は簡単だ。バンクマン-フリード氏は、親しみを込めて「SBF」と呼ばれることもあったが、暗号資産の悪いところすべてを象徴する人物に祭り上げられてしまった。そして、我々が後悔するべきことはたくさんある。

しかし、バンクマン-フリード氏が暗号資産を端的に表した存在であり、その避けられない危険性や行き過ぎを体現した人物、あるいはこのほとんど規制されていない業界が必ず行き着く先を示す証拠だと言うのは間違いだ。

ニューヨーク・タイムズの暗号資産担当デイビッド・ヤッフェ-ベラニー(David Yaffe-Bellany)記者は、最近共同執筆した記事『Crypto is on trial, as SBF faces a reckoning(SBFが報いを受けるなか、暗号資産が裁かれている)』のなかで、前述のように示唆している。

ニューヨーク・タイムズによれば、デューク大学法科大学院で教鞭を執る暗号資産専門家リー・ライナーズ(Lee Reiners)氏は「暗号資産によって、そして暗号資産のユニークな側面によって可能になり、さらに加速された詐欺だ。他の文脈では起こり得ないことだった」と語っている。

これは、SBFのこれまでの歩みと裁判の見通しを要約しただけの記事で取り上げるには奇妙な考えだが、おそらく広く浸透しているものだろう。ありがたいことに、おそらく誰よりもFTXの状況を理解している人物、FTXの現CEOで伝説的な企業再建請負人であるジョン・J・レイ(John J. Ray)氏は、SBFの80億ドル(約1兆2000億円)の窃盗疑惑を「昔ながらの横領」と呼んだ。

暗号資産がこの状況に斬新さを与え、これが現代ならではの犯罪であるかのような雰囲気を醸し出しているが状況はいたって単純。SBFは顧客の金を奪い、高級不動産、母親と父親へのプレゼント、ビーガンチーズに使ったことで告発されている。

そして、彼の弁明も同様に古典的なものだ。ガールフレンドが財政問題を引き起こした、私の弁護士は嘘つき、そして「ちょっとヘマをしてしまった」と言っている。

暗号資産を象徴する人物

しかしそれでも、暗号資産にはこれほど大規模な犯罪を引き起こす、他にはない力があるという考えは一考の価値がある。暗号資産は、彼の栄枯盛衰にきわめて重要な役割を果たし、良くも悪くもSBFの隣で証言台に立っている。しかし、サム・バンクマン-フリード氏は、業界や利害関係を超え、世界に広がる、あなたのポケットの中の紙幣と同じくらい多くの潜在的な「ユースケース」を持つムーブメントの公正な代表者なのだろうか?

SBFが業界に蔓延する「奔放な傲慢さといかがわしい取引」を象徴する人物の1人であることは事実。しかし、主に政治的影響力を買うことで成長した中央集権的な取引所は、サトシ・ナカモトがビットコインに掲げたビジョンとは違う。

これは「真のスコットランド人論法(No true Scotsman)」的に「真の暗号資産」はいまだに試みられていないといった状況なのだろうか? それとも、何か優れたものへの関連を通して、悪質な製品が売られるブランディングの一種「アフィリエイトマーケティング」なのだろうか?

残念ながら、暗号資産なしではSBFは成り立たなかったというライナーズ氏の大胆な主張の根拠は語られたとしてもカットされてしまっている。彼に代わって言えば、半匿名的に使える世界的な貨幣印刷マシンで、誰でもスイッチを入れることができるものは悪用を可能にすると言っても言い過ぎではない。

実際、暗号資産が悪用されるのは、暗号資産が使われるのと同じ理由からだ。暗号資産は、誰が何のために使っているのかを知る必要のない、思慮のないツールだ。暗号資産を支える主要なイノベーションが、そこにある。プライバシー、所有権、代替性に関して、現金と同様の保証を持つデジタルマネーだ。

だからこそ、ビットコインの当初のキャッチフレーズは「デジタルキャッシュ」だった。暗号資産をより深く知る人々は、人々にかつてないほど資産を移動、保有する力を与え、欧米諸国の貨幣に対する独占を覆し、貧困、戦争、社会的争いを防ぐもの(ただし、幅広く普及さえすれば)といったメリットを付け加えるかもしれない。

暗号資産が可能にした犯罪?

そうなるとある意味では、次のような疑問が浮かんでくる。

SBF帝国は、現金や伝統的な金融システムを通じて活動できるだろうか? 逆に、暗号資産はとりわけ、インターネット上の犯罪を助長するのだろうか?

ランサムウェアの専門家であり、ハッカーから改心したマーカス・ハッチンス(Marcus Hutchins)氏がかつて私に言ったように、ランサムウェアは暗号資産以前から存在していたし、すべてのビットコインノードがダウンしても存在し続けるだろう。どのように解釈するかは自由だが、犯罪の動機があれば、そのための資金は見つけられるだろう。

さらに、インターネット犯罪が増加しているのは、インターネットそのものが成長しているからだと考えたことがある人はいるだろうか?

この考えは、違法な有価証券の募集やラグプルの説明にはならないが、暗号資産が犯罪に使われるそもそもの理由を説明できるかもしれない。変更可能な公開台帳は一般的には犯罪者が避けるものだからだ。

これらはいずれも、バンクマン-フリード氏のストーリーにおける暗号資産の役割を軽視するものではなく、暗号資産がこの目的を達成するための唯一の手段であったという考えを複雑にしているだけだ。結局のところ、暗号資産が「革命的なテクノロジー」であると主張しながら、それが悪影響を及ぼす可能性があるという考えを否定するのは不誠実だ。

ライナーズ氏が考える暗号資産の他の「ユニークな側面」とは、インサイダーが立ち上げたプロジェクトから分け前を得る慣習のような、社会的なものがあるだろう。悪用するにはぴったりだ。

例えば、バンクマン-フリード氏は、実質的に取引所トークンであるFTTの分配をコントロールし、それを使って融資を引き受け、自身のヘッジファンド、アラメダ・リサーチ(Alameda Research)には徹底的にレバレッジをかけて取り引きさせていた。

犯罪を助長する土壌

同様に、暗号資産的カルチャーは犯罪を可能にするだけでなく、助長する。窃盗は予想されることであり、ハッキングはビジネスを行ううえでのコストだ。悪者は、金融のプライバシーと個人の主権を達成するために支払う適切な代償と理解されている。多くの場合、人々は無法地帯の感覚、つまり自分の人生の一角が、付随する責任とともに誰にも介在されないという考えを受け入れている。

バンクマン-フリード氏は、自分の帝国を築き上げる際、これらすべてを利用した。また、暗号資産においておそらく最も基本的な「ミーム」である「十分な数の人がそう言うなら、どんなものにも価値がある」という考えも利用した。この力をFOMO(機会を逃すことへの恐怖:fear of missing out)、投機、または「価格は上がるばかり」、「テクノロジー」とも呼ぶことができるが、これが暗号資産価格が(上がるときには)上がる主な理由であり、CryptoDickButt NFTのようなものが価格を持つことができる理由だ。

この集団的ドリームマシンが、一時期のSBFのような、群衆の欲望、要求、そして妄想を明確にする仕事をする、多くの暗号資産リーダーが数多く存在する理由だ。彼らは、うまくいけば、次のさらなる愚か者たちを巻き込むのに十分なほどに受け入れやすい体裁を保ちつつ、賢い投資家たちと一緒に賭けているという安心感も与えてくれる。

諸刃の剣を使いこなす

これらはすべて、暗号資産とその周辺コミュニティをかなりネガティブに捉えているように聞こえるかもしれない。しかし、繰り返しになるが、このようなことは暗号資産に限ったことではない。ブロックチェーンにおける技術革新は、どんな技術革新でもそうであるように、良い目的にも悪い目的にも使われるために人間のインプットが必要だ。

これは同語反復かもしれないが、人類が新たなツールを開発する際に何度も何度も繰り返してきた教訓だ。プラスチックは河川を汚染し、食品を保存する。原子の力を解明することは、家庭に電力を供給し、都市を破壊した。暗号資産が異なるのは、社会的な害をもたらすことは間違いないが、まだ広く使われていないということだ。

サム・バンクマン-フリード氏の容疑は古めかしいものであり、彼の動機とされるものは人間の本性と同じくらい古いものだった。暗号資産は彼の貪欲さの源泉となったが原因ではない。彼は文字通り「行動には結果が伴わない」と聞かされて育った人物だ。だから、彼の無謀な野心の容れ物は、AI、クオンツ取引など、できるだけ多くのお金を稼ぎ、寄付できるような高成長産業である限り何でもよかった。

バンクマン-フリード帝国崩壊には、確かな経済的コストが伴った。FTXが破産を宣言した日以来、暗号資産の時価総額は約19億ドルも消滅した。FTXの複雑な企業ネットワークとSBFの業界をまたぐ人脈は、倒産する企業がFTXひとつでは収まらないことを意味した。アメリカにおける規制の進展は、金で厚遇を買おうとしたSBFの節度を欠いた行動が大きな原因となって停滞している。

しかし、バンクマン-フリード氏が暗号資産内部の腐敗を示すのにふさわしい例であるとしても、彼は業界の欠陥のスケープゴートとしては不適切だ。暗号資産はバンクマン-フリード氏と並んで裁判にかけられているが、真の罪は、暗号資産の真の信奉者たちが、自らを正すこの機会を逃すことだろう。次なるサム・バンクマン-フリードが再び台頭し、凋落することがないようにしなければならない。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:CoinDesk(加工済み)
|原文:Could Sam Bankman-Fried’s Saga Happen Without Crypto?