ハマスは暗号資産で集めた資金を奇襲攻撃に使ったのか? 我々にはわからない

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は10月10日、ハマスや他のパレスチナの武装集団が活動資金を調達するために暗号資産(仮想通貨)を使用していると主張する記事を発表した。「Hamas Militants Behind Israel Attack Raised Millions in Crypto(イスラエル攻撃の背後にいるハマスは暗号資産で数百万ドルを調達していた)」というタイトルだ。

この記事は、ブロックチェーンフォレンジックグループの分析に基づき、2021年8月から今年6月までの間に、ハマスが暗号資産で4100万ドル(約61億円、1ドル150円換算)を調達し、法執行機関はその流れを封じ込めることに苦戦していると主張している。

言わんとしていることは明らかだった。暗号資産は策略的で正体がはっきりせず、戦争時には信用してはいけない、と。この記事は、決済を扱った取引所の「金融犯罪管理における空白」を指摘している。バイナンス(Binance)は、イスラエルとアメリカの情報機関によって、疑わしい取引が行われた可能性のあるプラットフォームのひとつとして挙げられている。

では、暗号資産を使った武装組織の資金調達について、我々はどの程度心配すべきなのだろうか?

2016年から暗号資産によるテロ資金調達を追跡している元CIA職員のヤヤ・ファヌシー(Yaya Fanusie)氏に話を聞いた。彼は現在、分散型テクノロジーの利用を促進するサンフランシスコの団体「Crypto Council for Innovation」でアンチマネーロンダリング(AML)とサイバーリスクの政策担当ディレクターを務めている。

諸刃の剣

ファヌシー氏は、暗号資産は秘密裏に資金を調達したいグループにとって、格好のツールからはほど遠いと述べた。実際、正反対かもしれない。パブリックブロックチェーン、取引所、ウォレットアドレスが備える公共性は、テロ資金調達を監視可能な対象にする。

「諸刃の剣だ。武装集団はパブリックウォレットに資金を提供するような間抜けなドナーから寄付を得るかもしれない。しかし、それはその人物が捕まり、捜査機関に目をつけられるリスクを高める」とファヌシー氏。実際、ハマスが4月にビットコイン(BTC)の寄付キャンペーンを中止すると発表したのは、まさにこれが理由だった。

「行間を読むと、彼らは『いいか、我々は暗号資産の寄付を募り、寄付を得てきた。しかしそのせいでこれらのウォレットが公の目にさらされ、我々に注目が集まるようになっている。情報セキュリティ関連の法執行機関は、我々の支援者を実際に追跡、見つけ出し、ネットワークについて知ることができる』と言っているのだ」とファヌシー氏は付け加えた。

ファヌシー氏が2016年に初めて暗号資産を使ったテロ資金調達を追跡し始めたとき、ハマスがその年に集めた資金は約600ドルだった。しかし、2019年と2020年にある程度の成功を収めた後、暗号資産寄付の流れは減速し始めている。

ファヌシー氏は、ウォール・ストリート・ジャーナルの読者には伝わらなかったかもしれない他の2つのニュアンスを指摘した。ひとつは、暗号資産で集められた資金が先日のイスラエルへの奇襲攻撃に使われたと推測されているが、それが本当かどうかは不明だということ。

「ウォール・ストリート・ジャーナルの記事には『ハマスがこの攻撃に4000万ドルを使った』とは書かれていない。そんな文言はない。それを断定することはできない。しかしもちろん、そのような記事が掲載されるのであれば、そのような意味合いを含んでいる」(ファヌシー氏)

そして2つ目は、集められた数百万ドルが実際に武装組織の手に渡ったかどうかはまったくわからないということだ。資金が途中で法執行機関に押収された可能性もある。

「このような資金調達の試みはあったが、法執行機関はこれらの取引所にアクセスし、阻止できたかもしれない」

ファヌシー氏はまた、プライバシーコインやミキシングサービスが、ビットコインネットワークのようなトランザクションを公開するシステムの利用を回避するための効果的な解決策を提供するかもしれないという考え方を否定した。

モネロ(XMR)のようなプライバシーコインにはそのような目的にかなう十分な流動性がなく、ミキシングサービスにも問題がある。アメリカは昨年、北朝鮮のハッキンググループ「Lazarus(ラザルス)」が使用していたイーサリアムのミキサーサービス「トルネード・キャッシュ(Tornado Cash)」を制裁した。ここに、法律の手がどれほど遠くまで伸びるかが示されている。

懸念払拭に向けた動き

ウォール・ストリート・ジャーナルの報道は、暗号資産業界で長い間議論されてきた問題を提起している。暗号資産はプライバシーを高めるツールなのか、それとも金融やその他の取引の透明性を高めるツールなのか? 暗号資産を批判する人々にとっては、暗号資産は抹殺され、封じ込められることがベストな欺瞞的システムだ。

擁護派にとっては、暗号資産は説明責任を向上させ、行為者を正直に保つものだ。なぜなら、世界に自らの取引を公開しなければならないから。

多くの人たちは概ね、このパラドックスを理解できておらず、ウォール・ストリート・ジャーナルのような報道は、そのニュアンスを教育する手助けにはならない。実際、ファヌシー氏は、AMLとKYC(顧客確認)の手続きが改善されれば、この先、テロ資金調達に関連する懸念を払拭できるだろうと比較的楽観的に語った。

「業界は不正金融をさらに深刻に受け止めている。AMLを強化するインセンティブはある。そして、エコシステムの中で、それを実現しようとする動きが出てくると思う。それはいいことだ」と、ファヌシー氏は語った。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Is Hamas Using Crypto to Attack Israel? We Don’t Know