「仮想通貨をSuicaにチャージ」の真意──ディーカレットは”中世の両替商”を目指す

コインチェック事件以来初めて新規参入の仮想通貨交換業者として財務省関東財務局の登録を受けたディーカレット。同社にはIIJを筆頭株主として、国内を代表する大企業19社が出資企業として名を連ねる。時田一広社長は「インターネットで金融のデジタル化は進んだが、根本的な金融の仕組みは何も変わっていない」と説く。その理由は?

時田一広(写真右):1969年生まれ。1995年株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)に入社。2005年6月に取締役就任、 2010年4月からは常務執行役員・金融システム事業部長兼クラウド事業統括として、IIJのクラウド事業全体を統括した。2018年1月より、株式会社ディーカレット代表取締役社長(現任)。

白石陽介(同左):1983年生まれ。2005年株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)にエンジニアとして入社。2012年にヤフー株式会社に入り、Yahoo!マネー等を発足、のち決済プロダクトの統括責任者としてPayPayを立ち上げた。2019年より株式会社ディーカレットにCTOとして参画(現任)。

仮想通貨の「実需」を生み出す

──「仮想通貨でSuicaにチャージ」というニュースが話題になりました。

時田:たくさんの方々に話題にしていただくのは、大変にありがたいことです。私たちは「実需」が重要だと考えています。ブロックチェーンありきで、どのブロックチェーンを使うかというPoC(概念実証)をやっている会社はたくさんありますが、まずユーザーのみなさんに使っていただくことが大事だと思います。ディーカレットがやりたいのは、実際に使われるプラットフォームを作ることです。

実需の一つの形は「通貨」として実際に使われることです。「仮想通貨で電子マネーにチャージ」できることで、電子マネーとして仮想通貨を使うことができます。これまでビットコイン決済はありましたが、スケーラビリティやユーザビリティ、手数料などの問題があったので、広く使われることはありませんでした。ディーカレットのプラットフォームを介せば、仮想通貨を決済に使えるようになります。

BT Image / Shutterstock

白石:ブロックチェーンや仮想通貨は、いまは実需が見えないから、実験や投機の域を出ていません。しかし最近になり、農作物のトレーサビリティシステムや、アートや貿易、農場の管理システムなどで「ブロックチェーンを使ってみた」という活用事例が出てきました。「ブロックチェーンだから実装できた」「仮想通貨を実際に使えた」「DLT (分散型台帳技術)の実装をしてみたら、普通に作るよりコストが1/10に減った」という実需のモデルをたくさん作ることが大切です。実需が見えたときに、初めて本格的な普及の段階に入ります。仮想通貨を決済に使えるようにすることで、実需を生み出すことが必要だと考えました。「仮想通貨で電子マネーにチャージ」というのは、実需を生むための一部に過ぎません。

プラットフォームとして技術要素はすべてフラットに見ています。今あるブロックチェーンがいいのか、他の DLT のプラットフォームがいいのか、もしくは既存の三層型(編注:クライアントサーバーシステムを構築する手法の一つ)でもいいのか、それこそRDB(関係データベース)でもいいのか。ブロックチェーン専業になる気はありません。

IIJの遺伝子をディーカレットが受け継ぐ

──なぜ今の仮想通貨に「実需」が必要だと考えられたのでしょうか?

時田: 個人の経歴に関係しているのかもしれません。私は IIJに23年間いて、インターネットの変遷を見てきました。金融系のサービスにも多く関わってきて、たとえば1999年に株式の販売手数料が自由化されたときに、DLJディレクトSFG証券(現、楽天証券)やマネックス証券の立ち上げに参画しました。そしてFX(外国為替証拠金取引)のシステムにもかかわり、業界の変遷も見てきました。当時はインターネットで株が買えたり証拠金取引ができたりするだけで相当なイノベーションでした。しかし今にしてみると「ネットで取引できる」というチャネルが追加されたにすぎません。

実はインターネットで金融のデジタル化は進みましたが、根本的な金融の仕組みは何も変わっていない。既存の仕組みに、新たなチャネルをつけ加えた以上の影響はありませんでした。金融の仕組みでは、最後は銀行と中央銀行で決済します。どのようなキャッシュレスの仕組みを作っても、どのようなサービスを作っても、最後は現実の銀行で決済をしなくてはいけません。デジタル社会やインターネット社会と言われていても、ネットのなかで完結しません。

時田一広社長

ビットコインならばネットのなかで完結します。通貨がデジタル化してネットのなかで存在できるという仮想通貨はまさにイノベーションです。インターネットの情報流通だけではなし得なかった、ネットのなかのP2Pで価値が移転できるという仕組みそのものに意義があります。今までは既存の金融システムに乗っかっているだけで、デジタルでP2Pの価値交換ができなかったのです。

しかしながら、仮想通貨による決済にはさまざまな問題があります。現時点で、価値の移転をネットで完結する仕組みを仮想通貨だけで実現しても利用者が増えません。決済サービスとして社会に定着している電子マネーにつなげて実需を作っていくことが最善だと考えました。ブロックチェーンや仮想通貨は、既存の金融インフラを完全に代替するものではないと思います。技術的なイノベーションだけでは大きな変革にはならず、シームレスにつながることで既存の金融サービスも進化していくことが重要です。

既存の金融システムの上に乗ったサービスでは、仕組みそのものは何も変わらないのです。ネットのなかに資産が存在することを活かしてP2Pの価値交換を実現するには、既存の金融システムの隣に、もう一つ「デジタル通貨」専用のインフラを作る必要がある。そう思って、ディーカレットを構想しました。

──CTOとして参加された白石さんは、ディーカレットの構想をどのように受け止めたのでしょうか?

白石:時田からディーカレットの構想を聞くなかで、すごく共感した部分があります。今後、個別の経済圏はどんどんできていくでしょう。GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のような規模の会社は、国家に匹敵するお金を動かしているわけです。経済圏を作りたいと考えたら、フィアット(法定通貨)を選ぶ必要はありません。自身の信用力でトークンを発行して、自分たちの経済圏で流通させることができます。

白石陽介CTO

単一の経済圏が複数存在する時代には、経済圏ごとのトークンを交換する事業者がいないといけません。そうでなければ、あらゆる経済圏やビジネスエコノミーの人たちが、フルメッシュネットワーク(全てのノードが網の目状の経路で接続している状態)でつながらないと、価値を交換できない世界になってしまいます。しかしフルメッシュでつながるには、膨大なコストがかかる。

インターネットも同じです。AS(Autonomus System)というネットワークの単位があります。一つのASが一つのネットワークなのですが、それをつなぐインターネットエクスチェンジという事業者がいます。インターネットエクスチェンジがいなければ、世界中のネットワークがフルメッシュで繋がることになってしまうので、膨大なコストがかかります。

時田に「これからの時代には、価値自体を媒介して交換する事業者やプラットフォームが重要になるんじゃないか」と言われました。「中央でハブをやる事業者が必要になる。IIJは日本初の本格的な商用ISP(インターネットサービスプロパイダー)をやり、日本のインターネットを支えてきた。そのノウハウや志を、同じようにデジタル通貨のネットワークの時代で担えるんじゃないか」と。

私は「それは絶対に必要になりますね」と答えました。将来、必要性が認識されたときに突然作れるわけではないので、エコノミーができる前にポジションを見据えて準備を進めないといけません。やる価値がある仕事だと思っています。

目指すのは、デジタル版”中世の両替商”

──仮想通貨や電子マネーなど、すべてを含めて「デジタル通貨」と表現しています。どのような意味を込められているのでしょうか。

白石:私はかつてYahoo!の電子マネー事業を立ち上げましたが、電子マネーは簡単に言えばインターフェースを紙からデジタルに変えているだけです。中央銀行が発行している日本の法定通貨の媒体が、紙からスマホやプラスチックカードに変わった。今の日本のキャッシュレスの議論は「紙をデジタルで使えるようにしたら便利だよね」という話に過ぎません。通貨としてのあり方は何も変わっていない

日本銀行ができたのは1882年です。日本の中央銀行は、130年くらいの新しいイノベーションです。時田が「デジタルのなかで価値移転を完結させる100年に一度のイノベーション」と言っているように、あらゆる価値を含めて「デジタル通貨」と表現したことには、価値交換を根底から変えていこうという意味を込めています。

出典:DeCurret FactBook(提供:ディーカレット)

言い方は難しいですが、法定通貨の方が信頼性が低い国もあります。 通貨は、 少し前まで金本位制でした。ドル本位のブレトンウッズ体制も、結局は金本位制です。世界経済が中央銀行を中心に回っているのは、1971年のニクソンショック以降だけです。現在当たり前だと思っているものは、たかだか50年の歴史しかありません。

私たちが本質的にやりたいことは、新しい技術を使って既存のレガシーシステムを「ゼロから業態を超えて新しく作り直しましょう」ということです。キャッシュレスサービスの延長では、手数料を0%に近づけるイノベーションにはなりません。ディーカレットはたくさんの株主様に支えられているので、株主のみなさまと一緒に、株主自身のシステムを手伝ったり、新しいプラットフォームに乗ってもらったりしながら、変わっていこうと思います。

──「デジタル通貨」のなかで、仮想通貨やステーブルコインはどのような位置づけでしょうか?

白石:「そもそも通貨とは何か」と考えると、仮想通貨が面白いのは、法定通貨と価値の源泉が違うところです。

法定通貨では価値の源泉が日本政府の保証にありますが、仮想通貨の価値の源泉は、コンセンサスアルゴリズムにより価値が内在していると全員が合意していることですこの二つは、全然意味が違います。1BTC(ビットコイン)があることと、1万円分の日本銀行券があることは、まったく違うあり方です。仮想通貨と電子マネーは、デジタルのインターフェースという点では同じですが、価値の源泉はまったく違う。

またステーブルコインのポイントは、何にペグ(固定)するかだと思います。実体価値があるものに対してペグした、流動性の高いコインを使うのは通貨として合理的です。金本位制のときに、紙を刷って配るには多大なコストがかかりました。しかし今なら低コストで、何に対してもペグさせて流通させられます。「これはこれにペグしています」という証明ができれば、世界中で流通できる。

何かにペグするという仕組み自体は古くからありますが、流動性を持たせるテクノロジーが新しい。ステーブルコインには流動するべき根拠があり、これから盛り上がると見ています。

──ディーカレットの将来像をお聞かせください

時田:ディーカレットは「中世の両替商」をイメージしています。そのデジタル版を作ろう、というコンセプトです。中世の人々は物々交換をしていました。両替商は、金や銀を秤にかけて、それを媒介に交換していました。現在では媒介の役割を法定通貨が担っています。これからは法定通貨を通さないで、物と物とを直接交換することができるようになるでしょう。

プラットフォームになるには、分け隔てのない姿勢が大事です。特定の経済圏に属さない。GAFA経済圏にも特定企業の経済圏にも加担しない。それらの経済圏を媒介する両替商でなくてはいけません。

デジタル時代の両替商には、透明性を担保することが重要だと考えています。インターネットの仕組みでは、ネットワークはシェアされていても、情報はシェアされていません。特定のプラットフォームが情報を独占してしまう。それが課題だと思っています。ブロックチェーンやDLT を活かしたいのは、情報のシェアの部分です。たとえば、取引をした当事者以外には取引情報が見えないけれど、当事者どうしにはいつでも取引情報が見えるようにする。

ブロックチェーンで情報をシェアできるようになると、P2Pでの物と物との直接交換はさらに発展するでしょう。当事者どうしが直接取引できるようになり、取引記録や契約書に相当するものまで、ブロックチェーンのなかに保存できます。私たちはそこに新たな経済圏が生まれると信じています。

編集部より:「コインチェック事件以来初めて仮想通貨交換業者として財務省関東財務局の登録を受けたディーカレット」を訂正して、記事は2019年4月15日09:40に「コインチェック事件以来初めて新規参入の仮想通貨交換業者として財務省関東財務局の登録を受けたディーカレット」に更新しました。

構成:小西雄志
編集:久保田大海
写真:多田圭佑