カーボンフットプリントの単純比較に潜む罠

最近よく議論になっているのは、ブロックチェーンエコシステムのカーボンフットプリントだ。プルーフ・オブ・ワーク(PoW)を採用したシステムは、取引をの安全性を高め、詐欺や共謀を防ぐことには大いに成功しているが、同時に大量のエネルギーを消費する。

現在の推計では、ビットコイン(BTC)取引1件のカーボンフットプリントは350kgを超える。一方のイーサリアム(ETH)取引1件では、約39kgと推計されている。

中央集権化された取引処理システムと比べれば、効率性の面で何百倍も劣る。イーサリアム取引1件のカーボンフットプリントは、中央集権化されたクレジットカード決済ネットワーク上では、8万件以上の取引を処理するのに相当する。

人件費で見るカーボンフットプリント

すべてのバンキングシステムと小口決済をブロックチェーンで置き換えてしまうことを目指すなら、困った事態だ。効率性が99%向上すると言われているプルーフ・オブ・ステーク(PoS)にシフトしたとしても、同じことだ。

しかし、私の考えでは、ブロックチェーンが現在のバンキングやクレジットカード取引の大半に取って代わる可能性は低い。つまり、カーボンフットプリントの単純比較も意味をなさないのだ。かつて述べた通り、ブロックチェーン取引は、消費者が行うシンプルな取引の大半、さらには給与支払いなど、小口の企業取引の多くと比べると、メリットはなく、デメリットが多い。

ブロックチェーンを使った取引が、それ以外のオプションに対して魅力的な強みを発揮するのは、より大きなビジネスプロセスの一環である、複数の当事者を含む複雑な取引に必要なカーボンフットプリントの合計を考慮した場合だ。

そのようなシナリオでは、効率的なクレジットカード取引はオプションとはならない。人間が関与することのコストと複雑性、費やす時間のカーボンフットプリントが問題とななってくる。

私が思いつく好例は、典型的なビジネスでの発注だ。多くの推計があるが、平均で大企業は通常、1つの発注書発行、あるいは請求書の支払いに50〜100ドルを使っている。このコストのほとんどは、ITコストには関係がない。

コストを押し上げている大きな要因は、発注書や請求書がその会社の支払い規則や、その他既存の契約に従ったものであることを確かめるのに必要な人間の時間に対して支払うコスト。つまり、人件費なのだ。プロのビジネスサービスにおける現在の平均では、1〜2時間分の人件費だ。

正しい比較は可能か?

すると、カーボンプットプリント正しい比較は、イーサリアム取引とクレジットカード取引との比較ではない。イーサリアム取引と、1時間の労働との比較とするべきだ。

アメリカでは、(Buffer.comが提供するカリフォルニアのデータを使うと)平均的な従業員の1年分のオフィススペースと通勤に伴うカーボンフットプリントは、約4000kgとされている。それを労働時間2000時間(計算を簡単にするために四捨五入している)で割ると、カリフォルニア州では、労働時間1時間当たりのカーボンフットプリントは約2kgということになる。

ここまでの議論はおおむね、かなり憶測に基づいている。カーボンフットプリントの推計は、科学的だが大雑把な推測を基盤に、それをさらに掛け算している。このような推計作業においては、間違いや不正確な想定は、掛け算を通してさらに大きく拡大されるため、最終的な推計は現実からは程遠い可能性もある。

全体の中における再生可能エネルギーの量といった大きな数字は、答えを見つけるのが難しい。変動しやすく、信頼できるデータ源はほとんど存在しないからだ。再生可能エネルギーにシフトすることで、そのようなシステムのフットプリントはさらに削減されるだろう。

結論としては、正確な答えを出すことは不可能だ。しかし、ある取引と別のシステムの取引と比較することは有意義ではないということは確かになった。ルールが共有された複数の参加者を伴う発注と、クレジットカード取引を比べることはできないのだ。

信頼できるデータは、人件費や計算の点でコストがかさむ。ブロックチェーンテクノロジーを使って産業界のカーボンフットプリントを削減しつつ、事業の複雑性や人間による無駄な作業を排除することができる。

ポール・ブローディ(Paul Brody)氏:EY(アーンスト・アンド・ヤング)のグローバル・ブロックチェーン・リーダー。
※見解は筆者個人のものであり、EYおよびその関連企業の見解を必ずしも反映するものではありません。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
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|原文:A Big Carbon Footprint Compared to What?