権力とプライバシー:中国のデジタル通貨【特別レポート】

権力とプライバシー:中国のデジタル通貨【特別レポート】

ジョン・チェン氏(仮名)は、キャッシュレス経済の台頭を、2つに分割されたスクリーンで見ていた。

 一方には、自分の生まれ故郷、中国。辺境の村々でも、紙幣はほぼ絶滅寸前だ。他方には、高校に通い、現在はコンピューターサイエンスを先行する大学があるカリフォルニア州。こちらでは、紙幣はまだ一般的だ。

テック起業家の両親の元、福建省で育てられたチェン氏は、多くの点で典型的な現代中国人だ。自国独特の消費文化の発展を、5年間にわたって比較的な視点から見守ってきた。

「2016年に中国を訪れた時には『わあ、みんながウィーチャット・ペイ(WeChat Pay)やアリペイ(Alipay)を使っている。誰も財布を持ち歩いていない』と感じた」とチェン氏。企業や店舗も彼にデジタルでの支払いを求めてきたが、彼自身クレジットカードよりその方がずっと好ましいと感じている。

「個人的には(財布を持ち歩くのが)好きではない。5年ですでに3回も財布を失くしているから」と言う彼が最も最近財布を失くしたのは、アメリカでの新型コロナウイルスによる規制が厳しい時期であった。現金、クレジットカード、運転免許証も失くした彼は、友人にお金を借り、夕食の調達のためにスーパーまで送ってくれるよう頼まなければならなかった。

現在中国に戻り、リモートで授業を受けるチェン氏は、中国の進化の次なるステージを最前列から眺めることができる。中国政府は2022年2月、北京での冬季オリンピックで中央銀行デジタル通貨(CBDC)をお披露目すると目されている。

しかし、アリペイやウィーチャット・ペイとは異なり、デジタル人民元はチェン氏を戸惑わせる。その理由は、この先様々なCBDCが登場するに伴って、増していくばかりであろう議論を垣間見せるものだ。

「懸念している理由は、(政府当局者たちが)取引の詳細をすべて見ることができてしまうような気がするからだ」と、チェン氏。「そうすればプライバシーの一部を失うことになり、それは好ましくない」

もちろん、アリペイやウィーチャット・ペイもすでに、国家のカメラに接続された身分証確認手続きなど、政府とつながりを持っている。(さらにこれらの企業は、デジタル人民元の開発もサポートしている)

金融機関に報告義務があるところなら実質どこでもそうであるように、取引が大きいほど、そのつながりも大きくなる。しかし、自分のユーザーデータへの国家からの直接アクセスの緩衝材として民間企業が存在することが、チェン氏にとっては違いをもたらす。

社会信用

国民の信頼性を監視、格付けし、物議を醸している中国の社会信用システム。国民の監視、反体制派のコントロール、特定の行動の動機付けや抑止をさらに進めるために、国家がe-CNY(デジタル人民元の正式名称)をどのように使うかをめぐり、このシステムが懸念を生んでいる。

「デジタル人民元が社会信用システムの発展に寄与するのは、想像に難くない」と、Sino Global Capitalの副社長、イアン・ウィットコップ(Ian Wittkopp)氏は語った。

一方、ワシントンDCでは、デジタル通貨に関する議論は、支払いの手段だけではなく、政治的権力の象徴、そしてそのパワーが押し付ける価値など、通貨が果たす複数の役割を反映している。

中国がe-CNYのパイロットテストを開始する少し前の2020年7月、商品先物取引委員会(CFTC)の元委員長、J・クリストファー・ジャンカルロ(J.Christopher Giancarlo)氏は、米上院の銀行・住宅・都市委員会の経済政策小委員会の公聴会において、次のように警告した。

「デジタル通貨の未来をめぐる戦いに懸かっているものは、過去100年間に社会を変容させたあらゆる技術的進化と同じくらいに重要だ。(中略)私たちは間違いなく、新しい世界に突入している。問題は、そのようなデジタルシステムを誰が設計、開発するか、(中略)そしてどのような社会的価値をもたせるかという点だ」

プライバシー、自由企業、言論の自由、民主主義、すべてがリスクにさらされていると、ジャンカルロ氏は続けた。

銀行コミュニケーションシステムのSWIFTを通じて、アメリカは機能上、グローバルな資本の流れの栓を握っている。この力を使ってアメリカ政府は近年、ベネズエラ、イラン、シリア、北朝鮮、そして多くの個人に制裁を与えてきた。

ジャンカルロ氏は上院議員たちに対して、デジタル人民元がより幅広く普及するほど、SWIFTを迂回する力はより大きくなり、他国もそのようにすることができるようになると語った。これは、戦争の可能性を高めると、ジャンカルロ氏は警告した。

しかし、技術系官僚の間では、それほど大ごととは捉えられていないようだ。国際通貨基金(IMF)のトマソ・マンチーニ・グリフォーリ(Tommaso Mancini-Griffoli)氏は2020年5月、一般的に言って、「準備通貨が1つより、2つ以上ある世界の方が、より安定した世界だ」と語った。

もちろん、CBDCが成功するかどうかはまだ分からない。中国はデジタル・シルク・ロード構想と一帯一路構想を通じて、国際的な受け入れに向けた道を着々と固めているが、最終的な証拠は、大衆への普及となるだろう。チェン氏の例で見られたように、中国の一般国民は複雑な思いを抱いている。

キャッシュレス

タブ・リュウ氏は、河南省で生まれ育った。チェン氏と同じように、リュウ氏も現在は、カリフォルニアの大学に在籍している。専攻は地球科学と国際関係だ。小規模農家の孫である彼は、自宅から約240km離れた中学、高校に通った。

それから約10年。自らがより良い教育を受けることを可能にしてくれた一帯一路構想について、彼は情熱的に語った。「中国には、最高の高速鉄道システムがある」とリュウ氏。例えばシカゴからニューヨークまで、アメリカなら21時間かかる距離を、中国なら5時間で移動できるのだ。

リュウ氏は、キャッシュレスエコノミーの台頭にも、同じような誇りを持っている。

「ここ5年間で、中国で現金を持ち歩いたことはない」とリュウ氏。自らが使うデジタル通貨が、国家に直接つながっているかどうか、彼は心配していない。「中国政府は、財政問題について非常に慎重だ。デジタル通貨を政府が正式に発行するなら、それが成熟して安全なものである可能性は非常に高い」と、リュウ氏は語る。

「この情報化の時代には、皆がプライバシーを失くした」と、リュウ氏は続け、アメリカでのプライバシー侵害の例を挙げた。

シンガポールに拠点を置くデジタル資産金融サービス企業EqonexのCEO、リチャード・バイワース(Richard Byworth)氏は、自社のカストディ事業において、「香港在住の中国人顧客と、主にスイス在住のヨーロッパ系顧客は(非アメリカ系の)金融機関との取引を好む。アメリカに資産を保有すること、何らかの形で将来的に地政学的問題が発生したときに、そのことが何を意味するかをめぐって、敏感になっている」と指摘した。

バイワース氏は、このような慎重な姿勢の原因として、近年の政権における規制環境と、政府の権力の及ぶ範囲を挙げた。

バイワース氏はさらに、法定通貨全般に対する信頼を弱めている、より純粋に経済的な要因も指摘した。国民をサポートしようとするパンデミック中の政府の取り組みが、完全に民間発行の通貨、つまり暗号資産へと人々を走らせたと、バイワース氏は考えているのだ。

「流通しているドル全体の40%が、パンデミック中に印刷されたものだという点に注目すれば、通貨の価値の低下から資産を守るために、人がビットコイン(BTC)のような資産に期待を寄せる理由が理解できるだろう」とバイワース氏。

「2021年アメリカ救済計画法」と呼ばれる1兆9000億ドルの経済刺激法案の議会通過からまもなく、4月にビットコインは史上最高値となる6万4000ドルを記録した。

このことは、デジタルドルにも影響を持つ。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は5月、アメリカはデジタル決済システムやビットコインのような民間通貨の台頭を「慎重に監視し、それに順応」しながら、デジタルドル開発のメリットとデメリットを検討していると語った。

パウエル議長は過去に、アメリカは中国とのCBDC競争に引き込まれないと語っていたが、録画され、YouTubeに投稿された、アメリカ国民向けのこの発言の際には、中国に言及することはなかった。

全速力で前進中

2つの超大国のCBDCに対する取り組みは、まったく対照的だ。ロサンゼルス在住のアジアの経済トレンドに関するコンサルタント、スタンレー・チャオ(Stanley Chao)氏の表現を借りれば、アメリカは「まだ、議論することを議論する計画の段階」である一方、中国は自らの未来のビジョンに向けて世界を先導するために、多大なリソースのすべてを結集させている。

習近平国家主席が2017年、「未来の都市」と呼んだものが作られている雄安新区。北京から100km南西のこの場所では、デジタル法定通貨、一帯一路構想のインフラ、そして何よりも、すべてを支えるブロックチェーンテクノロジーなど、中国の開発構想の多くが集結し、暮らしが将来的にどのように変わる可能性があるかが、すでに明確になり始めている。

250km離れた北京に50分で通勤客を運ぶ、19路線の高速鉄道ターミナルが新たにオープン。土地の使用と開発が30%に制限された「グリーンシティ」は、中核となる技術インフラにブロックチェーンが組み込まれた初の「スマートシティ」でもある。

雄安新区は先日、北京のスタートアップ、S-Labsとの契約に調印。食品の安全、プロジェクト管理、調達と入札に向けたブロックチェーンアプリケーション開発のためのものだ。

開発中のスマートシティを間近で見るS-LabsのCEO、ステイシー・チョウ(Stacey Zhou)氏は、ブロックチェーンを利用して都市を構築することの重大さは、過小評価できないと語った。

「雄安新区は特別だ。何でも書ける白紙の紙のようだ。実際の都市とデジタルの都市を同時に構築できるよう、デジタルチェーン上に作っている。これは初めての試みだ。すべてのデータがブロックチェーンに支えられている。本物で、記録されており、変更不可能だ」

雄安新区は、建築資材の代金、出稼ぎ労働者への報酬、立ち退きを余儀なくされた住民への補償のために、何十億人民元もの支払いをブロックチェーンアプリケーションで行い、大型公共事業でしばしば問題となる詐欺や横領を防いだ。

変容は目前に迫っていると、チョウ氏。より多くの都市がブロックチェーン上に構築されるようになり、既存の都市にもブロックチェーンが組み込まれる。CBDCは雄安新区での暮らしの不可欠な要素となると語るチョウ氏は、次のように続けた。「ブロックチェーン技術を理解できないとしても、これが未来であり、未来は迫ってきている。心をオープンにして、私たちと一緒に取り組もう」


前編の「ブロックチェーンに賭けた中国──北京冬季五輪に向けて【特別レポート】」はこちら


|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Power, Privacy and China’s Digital Currency

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