日本、シンガポールはセキュリティトークンで世界のハブになる:ADDX創業者

世界の金融界が注目しているデジタル証券「セキュリティトークン(ST)」。24時間取引、コスト削減、小口化、クロスボーダー投資などの期待を背負い、日本でも金融大手の取り組みが始まっている。

ブロックチェーンを基盤技術にするSTをめぐるイベント「デジタル証券フォーラム:資金調達の新手法、セキュリティトークンの登場」が、12月14日に都内で開催された。

イベントでは、シンガポールのデジタル証券取引所「ADDX」創業者兼CEOダニー・トー氏が、セキュリティトークンをめぐる現状と普及に向けた環境づくりなどを説明し、STが切り開く未来について語った。その講演内容を紹介する。


世界の資金調達・投資の姿を変える

2021年は、セキュリティトークン業界にとって重要な1年だった。トークン化プロジェクトが大幅に増え、規制当局、発行企業、投資家も取り組み始めた。セキュリティトークンをめぐる議論は、トークン化でどんな利益が得られるのかという抽象的なものから、具体的にどう実施するのかという点に移った。

トークン発行企業が増え、おそらくより重要なことに、銀行や大手証券会社・大手上場企業などが関心を高め、さまざまな形で参入するようになった。試験的に参入する企業もあれば、相当な規模のトークンを発行した企業もある。

今後、セキュリティトークンの重要性は高まり、いち早く参入した企業は業界の成長の恩恵を受けると言われている。

STOの利点と課題

STOの利点と限界はどこにあるのだろうか?

STOによって、従来の手作業が自動化・効率化される。発行企業にとっては、低コストで、従来よりも低い額から資金調達が可能となる。STOは従来に比べ中間業者が少なく、資本市場へのアクセスや資金調達にかかる時間も短い。さらに、STOは新たな資金調達手段の一つとして、発行企業がより多くの投資家、特に個人投資家にアクセスする手助けになる。

投資家にとっての利点は、これまで手の届かなかったプライベート投資市場に少額参入できることだ。効率が良いので、私募ファンドや非上場株式への最低投資額は100万ドルから2万ドル以下まで下がる。投資家はリスク選好度に応じ、適切な分散投資をし、多様なポートフォリオが持てる。

プライベート市場商品への投資は、アセット間の相関を引き下げるので、よりよい長期リターンが期待できる。加えてセキュリティトークンは、セカンダリ市場で同日決済ができるので、満期前に手仕舞うことも可能だ。

しかし、現状のSTOには制約もある。

シンガポールや日本では、STOの規制は明確で投資適格の資産クラスと考えられている。だが、多くの国では規制が整っておらず、まだ不明瞭だ。また相互運用性の問題もある。プラットフォームを横断した取引のためのルール作りを、規制当局とプラットフォーム側が協力して確立できるのだろうか。

ただ、STOが比較的若い段階にあることを考えると、こういった初期トラブルは想定の範囲内だ。今後10年で業界が成熟するにつれて、克服できる課題だという確信がある。

活発なSTO業界を築くための5つの要素

では活発なSTO業界を築くにはどうすれば良いのか?

STOのプラットフォームやプロジェクトが世界で増えるなか、STOの活性化と投資家保護を両立する方法が見えてきている。これらが、活発なSTO市場を求める国や地域を成功に導くための要素と言えるだろう。

1つ目の要素は、ルールと規制の明確化だ。まずは規制当局がSTOの実施を支え、トークンを合法的な証券と認めること。そして資本市場の参加者が規制当局を信頼することだ。投資家と発行企業の信頼醸成のためにも、明確な規制が必要だ。

規制当局の中には、いち早く業界団体などに助言を求め、見解を示し、明確化を進めているところもある。他方、慎重な姿勢をとり、アーリーアダプターから学んで問題を回避しようと、様子見をしているケースもある。

2つ目の要素は、政府がSTO振興策を打ち出すことだ。これは単にSTOを承認するというだけの意味ではない。政府は、STOが資金調達に関わるエコシステムを発展させ、資本市場の厚みを増すものだと考えるなら、積極的にSTOをする企業やプロジェクトを促したらどうか。

これには「規制のサンドボックス」と研究助成金の創設という2つの例がある。
「規制のサンドボックス」は多くの国で取り入れられ、すでに実験的なSTOプラットフォームや取引所が作られています。

STOの技術は、規制側にとっても企業側にとっても、まだ新しいものだ。実験の場があれば、プラットフォーム許認可される前段階で、その円滑性、安全性を確かめられる。実験場では、プラットフォームの運営力や技術力、コンプライアンスチェックやマネロン対策、サイバーセキュリティなどの実力も確認できる。

イノベーションのために管理された実験場のもとでなら、問題が起きても、金融システム全体への影響は限られる。実験場は、新規プレイヤーの参入促進にもつながる。新参企業が規制当局に「ウチのシステムは、実際に問題なく動く」ことを示すチャンスになるからだ。

実験場がないと、STOの認可を得られるのは既存の金融機関ばかりになりかねない。それだとイノベーションは起こせても、スピードが遅くなるだろう。既存の金融機関は、これまでの仕組みや慣例に立ち向かわなければならないし、既得権益を守ろうとするかもしれない。

こうしたサンドボックスを取り入れた国には、イギリスやオランダ、シンガポールなどがある。ADDXはシンガポール金融管理局(MAS)のサンドボックスを経て、2020年2月に正式認可を取得した。

サンドボックス以外には、政府がSTO関連の研究に助成金を出すのも手だ。そうすれば、企業は直近のことだけでなく、将来を見据えて行動できる。助成金は、サンドボックス内で出すケースも、正式認可を受けた企業を優先するケースもあるだろう。

フィンテックとビッグバンクの連携

3つ目の要素はフィンテックと従来の金融機関が、STOパートナーシップを組むことだ。

ほとんどの国で、STOにいち早く参入するのはフィンテック企業だ。従来の金融機関は、企業や投資家との関係性、取扱高、運用資産に強みがある。フィンテックと従来の金融機関が市場で協力し始めれば、それはSTOがメインストリームになってきた証だと言えるだろう。

こうした連携は、お互いの強みを活かす補完的なものだ。そうなれば、様子見をしていた投資家や発行企業からの信頼も高まり、STOはさらに活気付くだろう。

4番目、個人的には最も重要だと思うのが、十分な投資家保護だ。

不正や詐欺から投資家を守らなければ、STOは成功しない。STO業界は日が浅いため、少しの金融スキャンダルでも、投資家からの信頼を失ってしまう。ICO(新規暗号資産公開)が良い例だろう。不正により、投資家に大きな損失が出たため、ICOの信頼は失墜した。

STOにおける3種類の不正

STO業界が注視し、予防に努めるべき不正は、3種類ある。

・投資内容を偽る不正だ。これはSTOプラットフォームのチェック体制が甘いと発生する。投資リターンの誇張やリスクの過小評価、極端なケースでは投資自体が架空のものだったりする。

・STO取引所における不正として考えられるのが、フロントランニングや、インサイダー取引といった違法行為だ。

・コンプライアンスチェックの不備による資金洗浄が、3つ目としてあげられるだろう。規制のおかげで基本的な投資家保護はあるが、十分とは言えない。認可を受けたSTO業者と従来の金融機関が協力して、確実な投資家保護を目指す必要がある。

STOプラットフォームや投資商品を選ぶための投資家教育など、大手STO業者が協力して、業界基準や成功事例を定め、プラットフォームの質の向上を目指すべきだ。

個人投資家の多くが、STOの少額投資によって、初めてプライベート投資を行えるようになることを忘れてはならない。そして、彼らは初心者であるがゆえに、不正行為の被害を受けやすいのだ。

5番目の要素は技術、特に金融の技術革新を支える文化的な土壌だ。

STOは、投資家にプライベート投資市場へのアクセスをもたらす、新たな資本調達方法だ。それゆえ、証券や資本市場のこれまでの前提は、見直す必要がある。

物理的な証書のない仮想証券は、存在できるのだろうか? パブリック市場とプライベート市場の明確な区別は必要だろうか?STOの定着には、機関投資家と個人投資家がイノベーションと変化を受け入れる必要がある。

北米・欧州・アジアの現況

北米、特に米国では、STO市場が他よりも少し早く始まった。米国内のSTOプラットフォームは、SECの管理下で発行企業も投資家も増え、大規模なSTOを扱っている。暗号通貨(仮想通貨)の普及もあり、STOも自然に資産クラスの一つだとみなされている。

しかし最大の理由は、米国が技術革新や変化にオープンだからだろう。米国企業は公的な奨励策がなくても、政府が邪魔さえしなければ、さまざまなことにチャレンジする。

一方、欧州でも、STOを新たな資金調達手段として認可する動きが見られる。セキュリティトークン取引所が、英国とスイスで認可され、来年稼働予定だ。5月には、ドイツで法律が改正され、セキュリティトークン発行の道筋ができあがった。

アジアの場合、先進国と途上国で資本市場の成熟度が大きく異なるが、STOが発展しそうな理由はいくつもある。アジアでは、多くの国が急速に経済を拡大している。高成長する企業には当然、資本調達が必要だ。株式上場ではなく、STOで資本調達する企業も多くなるだろう。それと同時に投資意欲旺盛な中流層の台頭も見られる。

アジアを牽引する日本とシンガポール

(画像:シンガポール/Shutterstock)

シンガポールでは金融当局がSTOを強く支援し、規制を明確化してサンドボックスを設けた。また他の省庁と協力しSTOに関するルールの調整を図った。その結果、国内銀行2行がSTOを実施し、ユナイテッド・オーバーシーズ銀行はADDXで仮想債券を発行した。

日本でも当局がSTOを促し金融機関に認可を与えているほか、「大阪デジタルエクスチェンジ」構想もある。資産市場の厚み、特に不動産投資に強い関心があることもSTOの浸透を後押ししている。不動産はトークン化の恩恵を受けやすく、流動性も上がる。

日本とシンガポールは、協力を強化することで、アジアのSTOの成長をけん引できるだろう。そしてアジア、さらには世界の主要なハブになるだろう。

ADDXは11月、東海東京フィナンシャル・ホールディングスと、STOにおける提携を発表した。金融庁の認可を受けた企業との提携を受け、両国の絆を強めることで、STOのさらなる発展を目指す。

世界の資本市場が変革する

STOという革新はまだ始まったばかりだが、10年、20年先を思うと心が躍る。
これほどまで、資本市場を変革する力を持つ技術の進歩というのは、歴史的にも珍しいだろう。

最近の例で言えば、パブリック市場で電子取引が始まったことが挙げられる。いずれは全ての証券がトークン化される。この流れは止められないだろう。技術によって、これまでよりも飛躍的に性能が向上し、効率的になれば、努力は必要だが、新たな技術が古いやり方にとって代わるのは時間の問題だ。

では、全ての証券がトークン化されると、どうなるだろうか? そのために、どのようなビジョンを提示すべきだろうか?

まずトークン化で、中小企業や小口投資家への垣根が低くなり、資本市場が効率化する可能性がある。資本の流れが自由になれば、市場もスムーズに自由になる。すると、集まるべきところにお金が集まりやすくなる。そして経済成長が促され、より革新的な企業が生まれる。さらには雇用が創出され、税収も増える。

2つ目はプライベート投資市場の民主化だ。STOで少額参入が可能となり、これまで100万ドル必要だった投資金額が、2万ドル以下になる。

個人投資家は、年金基金や政府系ファンドと同じような方法で、分散投資が可能になる。これは機関投資家から個人投資家への「富の再分配」だ。個人投資家の中では、富裕層から一般層への富の再分配になる。結果の平等がもたらされ、定年後の貧困といった社会問題の解決につながるだろう。

3つ目はパブリック市場とプライベート市場の境界が曖昧になる。プライベート市場で、費用対効果が最適の形で資金を調達できれば、IPOではなく非上場を続ける企業が増えるだろう。非上場であれば、四半期決算に追われることなく、長期的な成長に集中できる。

最後はトークン化による流動性向上で、非流動性資産の価値が適正値へと上昇することだ。そうなれば、こうした資産を担保とした融資への道が開かれ、個人・企業にとって資金繰りの可能性が拡大する。

今はまさに資本市場の大変革期だ。これからの人生で、私達はこうした恩恵の多くを受けられるようになるだろう。そして、私たちが、それぞれの強みを生かして協力して問題に取り組めば、変化が実現する日は、さらに早く訪れることになるだろう。


|取材・テキスト:渡邉一樹
|編集:佐藤茂
|写真:ADDX CEOのダニー・トー氏/撮影:多田圭佑