イーサリアムの「The Merge」が直面する弱気相場、その影響は?

ここ数週間は、暗号資産(仮想通貨)の歴史の中でも、最も激動の時期の1つであった。暗号資産市場と株式市場が弱気相場へと突入する中、イーサ(ETH)価格は、2021年ぶりの低水準まで下落。

一方、大人気であったテラのステーブルコインエコシステムは、劇的な破綻を迎え、約400億ドルの価値が消えた。分散型金融(DeFi)の世界全体にその影響が波及している。

しかし、暗号資産の世界は暗い話題ばかりではない。市場が低迷し、暗号資産の評判が低下する中、イーサリアムコミュニティは、「The Merge(ザ・マージ)」に向けて熱心に取り組んでいる。長年待ち望まれているプルーフ・オブ・ステーク(PoS)ネットワークへの移行だ。

アップグレードが夏以降へと再び延期されるという兆候も見られたが、イーサリアムの共同創業者ヴィタリック・ブテリン氏は先週、上海でのイベントにおいて、8月には「The Merge」の準備が整うと語ったのだ。

PoSへの移行は、イーサリアムのセキュリティを改善し、エネルギー消費を抑えると同時に、より大きなネットワーク容量と手数料の改善のお膳立てをするものとして計画されてきた。しかし、ここ最近の市場の低迷を見て、重要な疑問が浮かぶ。弱気相場での移行は、アップグレードの効果を鈍らせるのだろうか?

弱気相場での「The Merge」と投資家心理

まず、注意点をひとつ。私はマーケット担当の記者ではない。市場でのトレンドについて価格を分析して報じる優れたジャーナリストも存在するが、この記事では、「The Merge」の結果としてイーサ価格がどのように動くかについて、深い洞察を提供することはできない。

それでも、思い切って予測してみよう。長年にわたって投機家たちは、「The Merge」がイーサ価格を高騰させると指摘してきた。もしかしたら、ビットコイン(BTC)価格を超えるレベルにまでだ。

その根拠は、はっきりとしていなかった。イーサ価格の「ファンダメンタルズ」を理由にすることは難しい。PoSによって、イーサリアムのトークンエコノミーの一部は変わるだろうが、他の暗号資産同様、イーサ価格は全般的な市場心理の反映なのだ。今回の弱気相場が8月まで続きそうな気配の中、「The Merge」が実現した場合の市場での反応はおそらく、「だから?」の大合唱となるだろう。

「The Merge」の細部は変更されていないが、実施されることになる時の状況の変化は、大切だろう。イーサリアムが弱気相場に入ったということは、「The Merge」がコミュニティや投資家たちにどのように受け入れられるかに対して、大切な影響を持つはずだ。

弱気相場の暗号資産

暗号資産の市場低迷に関しては、価格だけに注目するべきではない。低迷した市場が、暗号資産業界全体にとって何を意味するかを予測するのは、難しいことではない。

暗号資産(やその他の投機的資産クラス)へと流れ込む資金が減る中、短期的利益を求めて暗号資産の世界にやって来る人の数も少なくなるだろう。さらに、暗号資産の強気相場の絶頂期に、暗号資産の世界に足を踏み入れた投資家や開発者の多くが、より安定し、利益の出そうな分野へと移っていくことが予想できる。

この先数カ月(あるいは数年)にわたって、暗号資産の世界で仕事を得る人たちの多くが、比較的リスクの高いDeFiプロジェクトや、新しいブロックチェーンよりも、コインベースのような大手企業へと向かっていくことも想像できる。

ベンチャーキャピタルからの資金が枯渇する中、それでも生き残る新規プロジェクトは、熱狂的な評価額や短期的な利益目当ての資金を集める能力よりも、人材やテクノロジーのおかげで生き残ることになるはずだ。

もちろん、詐欺的なNFTプロジェクトや、ポンジ・スキーム的なDeFiプロトコルが、手軽な利益を求める個人投資家からの関心を集め続けるというシナリオもあり得る。株式市場に高リターンを期待できない状況ではなおさらだ。しかし、大口投資家たちが近いうちに、テラのような不確かな実験に何億ドルも投資するとは考えにくい。

ドットコムバブルとの類似

様々な悪いニュースもあったが、ここ数年は暗号資産にとって、多くの点で極めて好ましいものであった。ベンチャーキャピタルが、「暗号資産」と名のつくものなら何でも出資しようと勢いづく中、より保守的な時期なら却下されるような、リスクは高いが身のあるプロジェクトが資金を得るのを、私たちは目の当たりにしてきた。

さらに、NFT市場や多くのDeFiプロトコルが、より広範な市場低迷の重みに押し潰されてはいるが、これらセクターのブームが、ずっと多くの人たちにとって暗号資産の入り口となったのだ。

暗号資産のこの時期に関して、平凡だが有力な比較対象は、2000年代初頭のドットコムブームとそのバブル崩壊だ。バブル崩壊前に創業した企業の多くが最終的にはいなくなったが、最初のブームは、その後に登場してきた多くのものへの道を開いたのは確かだ。

テックやメディア関係の著名アナリスト、ベン・トンプソン(Ben Thompson)氏が2021年、ニュースレターで次のように言った通りである。

インターネットの初期、「ウェブサイトだけでなく、この新しいテクノロジーによって実現するかもしれないことについての夢も、急増した。このような熱狂がドットコムバブルにつながり、テレコムインフラへの巨大な投資を促した。そのような投資をしたワールドコム(Worldcom)、ノースポイント(North Point)、グローバル・クロッシング(Global Crossing)などの企業は破綻したが、広範な高速インターネット接続のための基盤が築かれたのだ」

ドッドコムバブル崩壊の後、グーグル、アマゾン、イーベイを始めとする巨大テック企業は、集中モードへと移行し、黙々と仕事に打ち込んだ。インターネット時代の初期、不運な最後を迎えた投資ブームによって整ったインフラがなければ、これらの企業が成功することはなかったのだ。

マージを見据えて

私の見解では、イーサリアムの「The Merge」での努力がここに当てはまる。どんなことがあっても、「The Merge」は実施されそうだ。イーサ価格に大きな後押しとならなかったとしても、開発者の言うことを信じれば、イーサリアムネットワークの未来に、長期的な影響をもたらすことは間違いない。

「The Merge」が8月に実施されるかもしれないというニュースは、イーサリアムメインネットでの2つのシャドーフォークの成功の直後にもたらされた。5月12日と5月20日だ。

シャドーフォークとは、イーサリアムのPoSへの移行のための試験運転のようなもの。その中でも、最も厳しく、実世界に近い状況を使ってPoSへの移行をシミュレーションするメインネットシャドーフォークは、ネットワークがアップグレードの準備ができていると開発者たちが判断するのに必要なテストの最終ステップの1つだ。非常に小さな問題がいくつか発生したことを除けば、2つのフォークとも、上手くいったようだ。

ここ数週間、イーサリアム開発者コミュニティのツイッター界隈では、確かにより広範な市況を認識してはいるが、「The Merge」の完了が近づいているというニュースのおかげで、かなり明るい雰囲気が広がっている。

「The Merge」が完了したとしても、イーサ価格はそのような熱狂を反映することはないかもしれないが、ここ数週間で思い起こさせられたことがあるとすれば、価格は暗号資産業界の中でも最も退屈な要素の1つであるという、一貫したメッセージだ。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:What Impact Will a Bear-Market Merge Have on Ethereum?

.