コインベースの人員削減は、暗号資産の冬到来の最初のサインか?【コラム】

6月2日、コインベースから真に衝撃的な発表があった。上場暗号資産(仮想通貨)取引所である同社が、2週間前に実施された採用凍結を延期するだけではなく、すでに決定していた新規採用を取り消すというのだ。

米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ対策として利上げを行い、株式市場およびトークン市場が低迷を続けていることを受けた、各暗号資産取引所による一連の人事決定の中でも、今回のコインベースの決定は最も劇的なものだろう。

しかしこれは、テスラなどの投機的「グロース」株を襲っているのと同じく、より広範な周期的低調の一部に過ぎないのだろうか?それとも、より限定的な、暗号資産固有の現象なのか?

言い換えるならば、はるかに悲惨な何かの序章に過ぎないのか?暗号資産の冬が始まろうとしているのだろうか?

「ようこそ!あ、やっぱり無かったことに」

すでに決定していた採用を取り消すというコインベースの決定は、悪質としか言いようがない。あなたが先週、コインベースから採用通知を受け取ったと想像してみて欲しい。

夜や週末は暗号資産に没頭し、家族を養うために平日の昼間に必死に働いてきた職場に、即座に辞表を提出。デジタル資産のエキサイティングな世界で新しい仕事を始めることにワクワクしながら、6月2日の朝を迎えた。

そして、『Update to your Coinbase offer(コインベース採用に関する最新情報)』という件名の定型文メールを、受信ボックスに見つける。最新情報とは、「おっと、やっぱり無かったことに」と言うのだ。コインベースよ、しっかりしてくれ。これは恥ずべき行いだ。

一般の人々の受け止めは、予想通り冷たいものだ。従業員の扱いという点で、コインベースの無能さが、改めて露呈したのだ。この会社は以前にも、買収したブロックチェーン分析企業の首脳陣が、人権侵害で知られる複数の政府にスパイウェアを販売したプロジェクトをかつて主導していたことが判明。他にも、政治的発言を禁止する方針を発表したことによって、60人もの従業員が退職した過去も持つのだ。

しかし、今回の内定取り消しは、昔から続く従業員軽視の姿勢を裏付けるだけではない。戦略面での大失態を露呈してもいるのだ。支出にこれほどきつく急ブレーキをかけるということは、半年以上暗号資産市場が一貫して低調であったのに、コインベースでは誰一人として問題の兆しを見ていなかった、ということだ。

FRBの利上げサイクルの重大さを、誰も把握していなかったのだろうか?内定取り消しとは、市況の明らかな変化に対する準備ができなかったことから生まれる冷や汗を伴うパニック反応だ。FRBでは、事前に将来的なガイダンスを発表しているのにも関わらず、である。

冬が残した傷跡

コインベースは再び、失態に秀でて見せてはいるが、逆風に直面しているのは、コインベースだけではない。暗号資産エコノミーが低調になる中、取引所は縮小を発表する最初の分野のひとつとなっている。その一因は、その多くが上場企業であったり、規制を受けた企業であるからだ。

株式や暗号資産投資サービスを提供し、パンデミック中に急成長を遂げたロビンフッドは、従業員を9%削減。メキシコの取引所Bitsoや中東の取引所Rain Financialも、人員削減に踏み切った。

中でも、ウィンクルボス兄弟が率いる取引所ジェミニ(Gemini)の人員削減発表が、最も挑発的な形で表現されていただろう。10%の人員削減を発表する中でジェミニは、暗号資産業界全体が「静止状態の時期に突入」しているとして、迫り来る「暗号資産の冬」にはっきりと警鐘を鳴らしたのだ。

しかし、暗号資産の冬がやって来ているとしても、まだ私たちはそれを目にしてはいない。暗号資産取引所による解雇の人数はこれまでのところ、大したことはない数字だ。

「暗号資産の冬」というのは、2019年、市場の暴落と業界の後退の際に広まった言葉だ。この時には、2018年の初めには8300億ドルあった暗号資産の合計時価総額が、2018年12月には1000億ドルにまで大幅に減少。その結果として生じた人員削減は、割合の点で、現状と比べれば、はるかに深刻だった。

私自身も、他の多くの人と同じように、暗号資産関連の職を失ったので、冬を直接体験している。

正式なデータはないが、前回の冬と現状の違いは歴然としている。2019年、トークンスワップサービスを手がけるシェイプシフト(ShapeShift)は、一度に30%の従業員を解雇。同じ年には、個人投資家に重点を置いた取引所に比べて市場の動きにさらされにくい、暗号資産相対取引(OTC)デスクの多くも、人員削減や閉鎖を迫られた。 

イーサリアムブロックチェーンのアプリケーションとインフラの開発を手がけるコンセンシス(ConsenSys)の縮小は、とりわけ象徴的だった。2018年の12月には、従業員の13%を解雇。そして支援していた「スポーク」と呼ばれるいくつかのスタートアップをスピンアウトし、結局さらに大幅な人員削減が行われた。2020年2月には、残りの従業員の14%をさらに解雇したのだ。

ここでの時系列に注目して欲しい。業界全体におよぶ人員削減は主に、トークン市場がつまずき始めて1年後に実施された。ビットコイン(BTC)が2021年11月に史上最高値を更新し、現行の市場後退が始まってから、約8カ月の今。まだ本格的な暗号資産の冬には突入していないのは確実だ。冬は、出番を待っているのかもしれない。

冬の到来?

過酷な冬になるのだろうか?

まず、「暗号資産の冬」を引き起こす要因を簡単におさらいしよう。業界の外からの顧客がもたらす新規収益の減少と、ベンチャーキャピタル投資の減少、そして個人投資家による投機の減少の組み合わせだ。

これまでのサイクルと同様、「個人投資家による投機」が最初に減少していった。その大きな原因のひとつは、テラネットワーク破綻という壊滅的な出来事だ。(コインベース・ベンチャーズはテラフォーム・ラボを後援していたため、コインベースの現在のパニック解雇は、業界に明らかな悪人を導き入れた自社の決定が自ら招いた結果ということにもなる)

個人投資家の行動にとっては、マクロ経済的環境も鍵となる。最も重要な個人投資家市場であるアメリカでの失業率が、非常に低い3.6%のままという新しいデータが出るなど、好材料も間違いなく存在する。

大きな逆風は金利だ。金利が上がると、投機的投資から資金がなくなるが、FRBは利上げを続けると表明している。しかし、6月1日に発表されたビットメックス(BitMEX)創業者アーサー・ヘイエス(Arthur Hayes)氏による投稿では、資産市場での痛みがあまりにひどくなった場合には、FRBが早めに利上げを止める可能性もあるという、説得力のある主張が展開されていた。もちろん、マクロ政策としてはかなりお粗末だが、それが私たちの暮らす現実というものだ。

ヘイエス氏はさらに、過去のトレンドに基づいて、ビットコインが2万6000ドルを割ったのが、底値だったかもしれない、と主張。しかし、価格に対するそのような楽観的な見解は、決して業界全体で共有されている訳ではない。さらに、FRBが利上げ方針を転換するかどうかによっても左右される。

ビットコインの価格サイクルの別の側面を引き合いに予測を導き出すアナリストたちもいる。過去のBTC最高値が次なるサイクルの底値だとしたら、BTCは2万ドル付近で底値を打つはずで、それには現状からさらに30%下落する必要がある。

さらに悲観的な見方では、2018年の高値からの85%安と同じ軌道をたどる可能性が指摘される。そうなると、BTCは1万2000ドルまで下落するのだ。

明るい材料

しかし、2018年にはなかった要因も存在する。特に重要なのは、優れたアイディアを支えるたくさんのベンチャーキャピタルの資金だ。アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)が新しく立ち上げる45億ドル規模のベンチャーファンドだけでも、多くの開発者の雇用を維持できるはずだ。

そして、NBA Top ShotのようなマスマーケットNFTブランドから、警察にブロックチェーン分析サービスを提供するチェイナリシス(Chainalysis)のような企業まで、業界の外から収益を生み出す部門が、暗号資産エコノミー内にしっかりと存在している。

一部の人にとっては痛手となるが、暗号資産の冬はしばしば必要なもので、究極的には善である。より厳しい環境は、規制当局からも業界参加者からもさらなる監視の目を引きつけ、より即座に実行できて、収益を生むプロジェクトに資金を集中させることに役立つと、私は願っている。

さらに、実現性の低いプロジェクトから高いプロジェクトへと、人材の大規模な入れ替えも引き起こされる。例えば、テラでかつて仕事をしていた開発者たちが現在、他のプロジェクトに誘われているが、これは無益というよりも有害な行き詰まりプロジェクトから、そうではないプロジェクトへと、人材の価値が移動しているということだ。

このような動きは、高額な手数料への過剰な依存を考えると、長期的に有効なビジネスモデルを欠くと批判される、コインベースのような取引所にも当てはまる。

未来が見える水晶玉を持った人はいない。しかし、全体として見れば、現在の状況は良好ではないが、殺伐ともしていない。そして、2018年の繰り返しにはほど遠い。

暗号資産は消えゆこうとしている訳でも、もう終わっている訳でもない。ドー・クォン氏のような人間を追い払う局地的な火事は、全体としてはプラスだ。暗号資産はより広範なエコノミーと連動して動く可能性が高い。低調な1、2年の後に、成長と普及が再開するだろう。

それでも、極めて慎重になるべき時には変わりない。現金をしっかりと確保して、前もって計画を立てること。そして、9カ月後に一緒にマクドナルドで働くことになってしまったら、こんな予測を立てていたじゃないかと、私に突っ込んでもらって構わない。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Are Exchange Layoffs the First Sign of Crypto Winter, or Is It Already Over?