なぜロシアは制裁回避で暗号資産に依存しないのか?【コラム】

2月にロシアがウクライナに侵攻したことを受けて、アメリカとEUを筆頭とする欧米諸国はロシアに対して広範な制裁を課した。ロシアを経済危機に陥らせることで、ウクライナからの撤退を促そうと狙ったものだ。

制裁回避の懸念

しかし、制裁実施から数日の間に、アメリカ当局者や金融アナリストたちは、ロシア政権が欧米の制裁を回避するために、暗号資産(仮想通貨)を使う可能性があると警告。

ブロックチェーン基盤のプラットフォームによって、ロシアがアメリカのアンチマネーロンダリング(AML)規制を回避することが可能となり、経済破綻を防ぐことができるのではと懸念された。

考え得るシナリオの1つは、ロシアのマイナーが、潤沢にあるロシアのエネルギーを使ってビットコイン(BTC)をマイニングし、アンホステッド・ウォレットを使ってそのビットコインをいくつかの怪しい取引を通じて移動させ、米ドルに交換し、支払いに使うというものだ。

アンホステッド・ウォレット:暗号資産を管理する秘密鍵が、取引所やその他の中央集権型組織ではなく、ユーザーによって保有されているタイプのウォレット。

米財務省が8月に制裁対象としたミキサーのトルネード・キャッシュ(Tornado Cash)はすでに、約90億ドルのロンダリングに使われており、あり得るシナリオだ。

しかし、開戦から7カ月ほど経った今、ロシアはこのような戦略を採用してはいない。暗号資産を通じてロシアに流れた資金はほとんどないのだ。

ウォール・ストリート・ジャーナル誌は4月、ロシアのウクライナ侵攻後、ロシアルーブルでの1日の暗号資産取引高が4600万ドル相当まで急増したが、その後急速に700万ドル相当まで減少したと報じた。

8月時点でも、ロシアの暗号資産取引高は落ち込んだままだ。ルーブルからテザー(USDT)への24時間の取引高は現在、数千万ルーブルから1億ルーブルほどの範囲で推移。3月上旬のピーク時の1日43億ルーブルからは大きく落ち込んでいる。

米財務省でサイバーセキュリティを担当するトッド・コンクリン(Todd Conklin)氏が3月に言った言葉は、正しかったようだ。

「一晩でスイッチを切り替えて、G20参加国の経済を暗号資産で運営することはできない。流動性が足りないのだ」

暗号資産が抜け道を提供するとしたら、ロシアはその抜け道を通り抜けようと最大限の努力をすると見込めるだろう。しかしこれまでのところ、政府によるものも、非政府的なものも、暗号資産の流動性を高めようとするロシア側からの協調した取り組みが行われているサインはない。

伝統的金融システムで抵抗

むしろプーチン大統領は、ドルベースのSWIFTシステムに対抗するための代替金融システムを構築することに全力を注いでいるようだ。これには、SWIFTの競合となる「SPFS(金融メッセージ転送システム)」と、ビザ/マスターカードの競合となる決済システム「MIR(ミール)」が含まれる。

ロシア政府は、インド、イスラエル、アラブ首長国連邦など、欧米の同盟国でもある主要な貿易相手国に、SPFSを盛んに売り込んでいる。インド、トルコ、イラン、中国、ドイツ、アルメニア、スイスなど10カ国ほどの、約20の銀行がすでにSPFSに加入した。

一方、5つのトルコの銀行が7月、ミールに参加。イランも参加に向けた交渉中で、インド、キューバ、スリランカも参加への関心を表明している。

制裁に対する反応から、プーチン大統領やその側近が伝統的金融ツールの方が、暗号資産よりも穴が多いと考えていることがうかがえる。プーチン大統領は、伝統的な金融ネットワークを構築した方が、暗号資産を使うよりも制裁回避には適していると考えているようなのだ。

そして彼はおそらく、正しいのだろう。

その第一の理由は、伝統的金融システムにおける取引データは途方もなく膨大で、エラーまみれである可能性が高いこと。例えば、アメリカの規制では、多くの場合報告要件が適応される1万ドルをわずかに下回る9999ドルの取引が繰り返されていることに銀行が気づいた場合には、米財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)に不審行為報告書(SAR)を提出することが義務付けられている。

2019年にアメリカの銀行によって提出されたSARの数は270万件。1営業日につき約1万件の割合だ。この報告書はシンプルな書類ではなく、エラーの余地がある。

世界の中央銀行のための国際銀行である国際決済銀行(BIS)の元事務局長ピーター・ディタス(Peter Dittus)氏も先日、伝統的な金融システムのメリットを説明した後に、この問題点を認めた。

「しかし、(欧米の銀行システムには)2つの大きな欠点がある。疑わしい発信源からの世界中の取引すべてを同時に監視できないこと。規制を遵守する利己的な銀行と国家を過信していることだ」と、ディタス氏は説明した。

さらに、「伝統的金融システムの中核的な制約は、取引データを監査することがほぼ不可能である点」だとも、ディタス氏は指摘。実際2019年、FinCEN職員が2100件のSARをリークした際には、それを検証するのに400人のジャーナリストで取り組んで16カ月かかった。

マネーロンダリングツールには不適?

これが、2つ目の理由につながる。ブロックチェーンの取引データにはエラーがなく、誰でもアクセスできるのだ。すべてのオンチェーンアクションは、永続的で変更不可能、誰でも閲覧できる記録によって追跡されている。

暗号資産は確かに、他のユーザーや取引所があなたの身元を知らないという点では匿名性があるが、すべてのユーザーが痕跡を残すのだ。

暗号資産ユーザーが取引を行えば、そのデジタルアドレスに当たるウォレットが暗号資産取引所や別のユーザーとやり取りをし、当局が追跡できるデジタルの痕跡が残る。

これは、現在使われているAML基準における伝統的な本人確認(KYC)の枠組みにはピッタリと収まらないかもしれないが、同じ目的のための別の手段として、取引確認(KYT)といった効果的な新ツールを生み出せるかもしれない。

独裁者や人身売買を行う人物、テロリスト、麻薬カルテルの成功は多くの場合、伝統的金融システムを通じてマネーロンダリングをする力にかかっている。

暗号資産は、一部の人たちが主張するように、犯罪者たちの頼みの綱となる手段を提供するのではなく、むしろ彼らを破綻に追い込むチャンスを私たちに与えてくれる。そして今私たちは、その証拠を手にしているのかもしれないのだ。

戦時の残虐行為から、選挙民主主義への高度な介入まで、プーチン大統領は、自分の求めるものを手にするためなら手段を選ばないことを、世界は痛感させられた。そんな彼が欧米の制裁を回避するための試みに、暗号資産を取り入れていないことは、マネーロンダリングのツールとしての暗号資産の有用性について、雄弁に語っている。

マーク・ルーリー(Mark Lurie)氏は、暗号資産取引のためのソリューションを手がけるシップヤード・ソフトウェア(Shipyard Software)の共同創業者兼CEO。過去に2つのスタートアップを創業した経験を持つ起業家で、投資家でもある。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Why Russia Isn’t Relying on Crypto to Evade Sanctions