イーサリアム取引を元に戻す:スタンフォード研究員が提案──メリットと落とし穴【コラム】

イーサリアム取引を元に戻す:スタンフォード研究員が提案──メリットと落とし穴【コラム】

ぼんやりとしていて、暗号資産(仮想通貨)フィッシング詐欺の被害にあってしまい、10イーサ(ETH)を盗まれたと想像して欲しい。暗号資産取引は確定されてしまい、何も手を打つことはできないと思うだろう?

そうではなくなるかもしれない。

盗まれた暗号資産が本当の所有者に戻されるように、スタンフォード大学の研究者たちは先日、イーサリアムに元に戻せる(可逆な)取引を導入するというアイディアを提案した。これが実現すれば、少なくとも理論的には、盗まれた10ETHがあなたのウォレットに舞い戻ることになる。

取引を元に戻せるような機能は、特にこれまでイーサリアムを採用するのを拒んできたリスク回避型の人たちの間で、人気を集めるだろう。しかし、考慮すべきコストもある。

どんな支払いシステムにおいても、特定の問題を解決するための要素を調整すると、ネットワークの別の箇所に新しい問題が生まれることになる。無料の解決策など存在しないのだ。では、どんなコストが伴うのか、見てみよう。

イーサリアムでの可逆な取引

大規模なハッキングから、個人を狙った小規模なフィッシング詐欺まで、暗号資産の盗みはあらゆるところで発生している。暗号資産エコノミーをより安全なものにするために、カイリ・ワン(Kaili Wang)氏と同僚たちは、取引を一時的に元に戻すことのできるようにするイーサリアムトークン規格を導入するというアイディアを提案した。

例えば4日間など、一定の期間中は、被害者は分散型仲裁者に対して、盗まれた暗号資産を取り戻すよう申し立てることができるのだ。

ビットコインの生みの親サトシ・ナカモトが聞いたら、衝撃を受けるだろう。ナカモトのホワイトペーパーはいわば、可逆な取引に対する痛烈な非難とも言っていいものだ。金融機関は「紛争の仲裁を避けられず」、その結果として業者は「客に対して疑心暗鬼となり、必要のないはずの情報まで求めるようになる」のだと、ナカモトは主張した。

しかし、スタンフォード大学の研究者たちは、イーサリアムを100%元に戻せるものにしようとしているわけではない。そのようなアイディアを好ましく思わない人たちは、元に戻すことのできないトークンだけに制限して取引を行い続けることができる。

イーサリアムを安全に使うのに必要とされる専門知識の多さに怯んでいるような人たちにとっては、可逆なトークンは、安心感を高め、イーサリアムに惹きつけられる一因となり得る。

新たな詐欺の登場

支払いシステムには、多くの複雑なトレードオフが含まれる。1つの問題を解決すれば、新しい問題が生まれる。ブランケットが小さ過ぎるジレンマのようなもの、と考えれば分かりやすいかもしれない。

眠りにつきたいのに、ブランケットがつま先まで届かないとしよう。つま先を覆えば、今度は首が出てしまう。ブランケットの向きを変えてつま先も首も覆ってみれば、今度は肩が出てしまう。完璧な解決策がないのだ。どの部位を覆って、どの部位は諦めるのか、決断が必要だ。

支払いでも同じこと。取引を元に戻せれば、盗みの被害は減るかもしれないが、詐欺という形で、新しい問題にさらされることになる。

クレジットカードシステムが、予期される問題についての示唆を提供してくれる。

クレジットカードの所有者は、カードでの支払いに異議を申し立て、返金してもらうことができる。この機能によって、正直者のユーザーはカード詐欺から守られるが、詐欺師たちはこの機能を逆手にとって、ショッピングをした後に支払いに異議を申し立て、アイテムやサービスを受け取っていないと嘘をつくのだ。業者は毎年、このような詐欺で何十億ドルもの被害を被っている。

あるいは、ペイパルを例にとってみよう。リスク回避型の消費者にとって、ペイパルの取引に異議を申し立て、元に戻すことができるのは便利な機能だ。

しかし、あらゆる種類のペイパル詐欺が横行している。例えば、ペイパル過払い詐欺では、詐欺師は売り手に過払いを行い、売り手に過剰な分の返金を求める。過払い分が返金された後、詐欺師はペイパルに最初の取引を元に戻すよう求める。つまり売り手は、過払い分を損するのだ。

ペイパルやビザは、すべての取引を元に戻せないようにすることで、過払い詐欺や返金詐欺を根絶できる。しかしそうなると、リスク回避型の消費者にとってフレンドリーなものではなくなり、利用率が落ち込む。あちらを立てればこちらが立たず、の問題なのだ。

元に戻せるイーサリアム取引を手に入れるための代償は、詐欺である。スタンフォード大学の研究者たちが思い描く、分散型調停システムは、元に戻せる機能につけ込もうとする詐欺師たちからの訴えで溢れかえるだろう。そのような詐欺を見極めることは、仲裁者たちの負担を高めることになる。

盗みに対してある程度の保護を提供できれば、返金詐欺のもたらす厄介さに対処する価値もあるかもしれない。しかし、覚えておくべきポイントがある。新しいものを導入することには、代償が伴う。タダのものなど存在しないのだ。

交換可能性の低下

イーサリアム取引を元に戻せるようにすることは、交換可能性にも影響を与える。支払いシステムにおいて、交換可能性は魅力的な特徴だ。すべてのドルが交換可能なら、ドル支払いシステムの使いやすさは高まる。

元に戻せる取引を導入することで、イーサリアムネットワークは2つに分割される。洗練されたトレーダーたちは、お互いに元に戻せるトークンを取引するのではなく、元に戻せないトークンの方にこだわるだろう。以前の所有者の返還の訴えによって1000万ドルの取引をなかったことにされてしまう可能性というのは、あまりにもリスクが高い。

一方、あまり洗練されていないユーザーならおそらく、元に戻せるトークンの持つ安心感を選ぶだろう。

ネットワークが2つに分割されても、2つのタイプのトークンが1対1で交換できるなら、大したことはないだろう。しかしおそらく、そうはならないはずだ。

例えば、ジャックがジルに、100のステーブルコインを借りているとする。ジャックがジルに返すのには、2つの方法がある。元に戻せるステーブルコインによるものか、元に戻せないコインによるものだ。

ジルは、元に戻せない方を好む。元に戻せる方は、取引が解消され、手元からなくなってしまうリスクを伴うからだ。そこでジルはジャックに、100の元に戻せないステーブルコインか、105の元に戻せるコインで返済するよう伝える。つまりこれら2つのコインは、交換不可能になっているのだ。

4日間の元に戻せる期間が終わり、リスクがなくなれば、元に戻せるステーブルコインは、元に戻せないステーブルコインとまた同じ価値に戻る。しかしそれまでは、同じコインのはずなのに、2つの値札がつくことになる。

これも、小さ過ぎるブランケットのジレンマの一例だ。新しい保護レイヤーを加えることで、混乱のレイヤーも生じることになる。

イーサリアムネットワークの有用性は変わらない。非交換性の負担の大半は、特別なリスク鑑定人、つまりブローカーが背負うことになる。彼らは(元に戻せないトークンと交換で)消費者が持つ元に戻せるトークンを割安で買い、満期になるまで待つことで、利益を出すのだ。

サトシ・ナカモトが示唆した通り、このような仲介業者は取引を元に戻すリスクに備えて、顧客に余分な情報を要求しなければならないかもしれない。

非交換性と、新しいタイプの詐欺という2つのコストを考慮しても、元に戻せる取引には価値があるかもしれない。元に戻せないという特徴は、トレーダー、企業、テックエリートたちにとっては素晴らしいものかもしれないが、ペイパルやクレジットカードの人気が長続きしていることからも、普通の人たちは安全性を求めていることが窺える。

任意で選べる元に戻せる機能の導入は、より開放的で、より幅広いユーザーを惹きつけ、一段と温かみのあるイーサリアムを生み出すだろう。

私の直感としては、導入する価値があると感じている。

J.P. コニング(J.P. Koning):カナダの証券会社の元リサーチャー。カナダの大手銀行で金融ライターとして働いた経験もあり、現在は人気ブログ「Moneyness」を運営している。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Reversibility on Ethereum: The Benefits and Pitfalls

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