SBIが手数料ゼロ戦略をしかけた2つの理由──ネット証券の大再編が始まる2020年【北尾社長インタビュー】

ネット証券業界が揺れている。

アメリカでは、ベンチャー企業のロビンフッドが株式の売買委託手数料をゼロにしたサービスで若い世代を中心に人気を集め、顧客数を飛躍的に伸ばし、ネット証券業界再編のトリガーを引いた。

米ネット証券最大手のチャールズ・シュワブは2019年11月、同業のTDアメリトレードを260億ドル(約2.8兆円)で買収することで合意。今後、アメリカの証券業界は、一層厳しい事業環境に直面することが予想される。

日本では、eコマースをコア事業に持つ楽天や、メッセージアプリでユーザー数を増やしてきたLINEが、金融事業の拡大を進めている。一方、ネット証券各社は投資信託などの取引手数料を無料化する方針をすでに打ち出してきている。

その手数料ゼロ戦略を積極的に進め、国内のシェア争奪戦のフロントラインにいるのがSBIホールディングスだ。北尾吉孝社長は10月、SBI証券は今後3年程度で、現物株式を含むインターネット取引で行われるすべての手数料の完全無料化を目指していくと宣言した。

2020年、日本のネット証券業界では、テクノロジーと金融の垣根を越えた大再編が起きてくるのか。手数料ゼロの動きは、安倍政権が掲げる「貯蓄から投資へ」の政策を後押しするきっかけになるのか。北尾氏に聞いた。

北尾社長が宣言した「手数料革命」

「業界再編成と業界内での自然淘汰の二つの事象を経由して、我々のところのシェアがどっと増えていくと思っている」(SBI・北尾社長)

──チャールズ・シュワブによるTDアメリトレードの買収合意は、米ネット証券業界再編の始まりとして注目を集めた。北尾社長は昨年から「SBIは手数料革命を起こす」と述べてきたが、日本市場でもネット証券各社が一部の手数料を無料化する動きを強めている。2020年、業界再編の波は日本にも押し寄せてくるのか?

北尾社長:チャールズシュワブが動けば、TDアメリトレードだろうが、Eトレード(E*Trade=米オンライン証券会社)だろうが追随せざるを得ない。日本でもそうなると思うね。

僕が手数料ゼロ化に向けて動きますと発言した理由は、2つある。1つは新規参入者のエントリーバリア(参入障壁)を高くすること。まあ、LINEが野村證券と一緒になって参入するような現象は、これからはなくなるでしょう。なぜなら、金融の顧客基盤がない中で、手数料ゼロの世界が広がっていけば、新規参入しても利益を上げるのは厳しいからね。

2つ目の理由は、これから起こる業界再編成に絡んだこと。すなわち、今がバリュエーション(同業界全体の企業価値)のピークになり得る。ここからどんどん手数料が下がっていけば、潰れるところも出てくるだろう。業績は減益になっていくだろう。そうなっていくと、生き残れるところがシェアを獲っていくことになる。

だから僕は、徹底的にそういう意味では、シェアを獲りにかかる。そして、それは業界再編成と業界内での自然淘汰の二つの事象を経由して、我々のところのシェアがどっと増えていくと思っている。

LINE・野村の証券事業、SBIとZHDの連携、LINE+ZHD……複雑な関係

ZHDとLINEは2019年12月、経営統合に合意した。写真は、ZHD・CEOの川邊健太郎氏(左)と、LINEの出澤剛CEOが11月に都内で開いた記者会見。(撮影:CoinDesk Japan)

──LINEは、みずほ銀行や野村證券と連携しながら金融サービスを展開しようとしている。またLINEは、ヤフーを傘下に置くZホールディングス(ZHD)と経営統合することに合意した。一方、SBIはZHDと業務提携すると発表している。一見すると、入り乱れた関係が形成しているように思えるが、今後の展開をどう予想するか?

北尾:結局、LINEはソフトバンクグループの一企業になるのだと、僕には映るね。我々もソフトバンクのZホールディングスと提携することを発表しているが、その提携を反故にするわけではない。

今後、公正取引委員会の承認を得て、(LINEとZHDの)経営統合が実現した場合、LINEと野村との関係はどうなってくるだろうか。手数料ゼロの厳しい世界で、LINEと野村の合弁事業は、どうなっていくのか。それをZホールディングスはどう考えていくかだろうね。

うち(SBI)は、ZHDと組むという発表をしていて、ZHDのフィナンシャル事業を拡大することで、いろいろと力になりましょうというわけだから、LINEとZHDが一緒になっても、LINEの顧客を取り込んでやっていこうということになるのかもしれない。

いずれにしても、(SBIにとっては)漁夫の利を得るようなものです。

手数料ゼロで収益性は圧縮。大型買収に踏み切れる企業とは?

米チャールズ・シュワブは2019年11月、同業のTDアメリトレードを260億ドル(約2.8兆円)で買収することで合意。(写真:サンフランシスコにあるチャールズ・シュワブの店舗:Shutterstock)

──再編の波が高まれば、日本でも大型買収も考えられるだろうし、SBIもM&Aをしかけてくるのではないだろうか?

北尾:日本でも大きなM&Aが出てくる可能性はあるだろう。

しかし、買収できる企業と買収できない企業が出てくるだろうね。つまり、買収しても手数料ゼロであれば、利益が出ないものを買って、連結上大きなマイナスになる可能性がある会社を背負い込むことになるかもしれない。

手数料が限りなくゼロに向かう中で、買った時の企業のバリューが一番高いわけだから、それなりのメリットを見出せた企業のみが買収戦略をしかけることができる。

高い金額を出して、収益が落ち込むビジネス・企業を買うからには、相当な戦略と施策がなければできない。

SBIは買収戦略を進めるのか?

「(事業)関係が変われば、ストラテジー(戦略)も変わる」(北尾社長)

──北尾社長は以前、SBIは大きな買収をせず、事業を独自で育て上げることに集中していると述べてきた。今後もその方針を維持していくのか?

北尾:環境が変われば、ストラテジー(戦略)も変わる。

うちはどこを買収しようが、それをプラスに変えることができると思っている。うちは約35%の個人の株式委託売買取引のシェアを持っているわけだから、強い立場だよね。

ロビンフッドが数年前に手数料ゼロで始めて、あっという間にその企業価値を7〜8000億円規模に伸ばしていったわけです。どの時点でチャールズ・シュワブや他のところが(手数料ゼロ化に)追随してくるのかを見ていました。それを見ていて、(日本も)時間の問題だなあと感じました。

その状況にSBIはどう備えるかを考えて、確実にやってきた。モバイル証券を立ち上げて、その手数料を段階的にゼロにしていくというのは、手数料によって動きやすい若者たちを吸収できる場所を作っているわけです。

うちはあらゆる世代層に対しても、顧客中心主義を貫こうと考えていますが、今のSBI証券のお客様の状況を見ると、20代から50代の方々が多い。他の伝統的な証券会社の顧客の多くは、60代以上だと思います。

やがて、世代交代は起きる。お金は大きく動いてくる。その方向性は、はっきりとしている。お年寄りから若い世代へと動いてくるのだろう。

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インタビュー・構成:佐藤茂
撮影:多田圭佑