ナントカPayは淘汰の時代へ──2020年の「キャッシュレス決済」を見通す ディーカレット白石陽介CTO

PayPay、LINE Pay、メルペイ、楽天ペイ、d払い、au PAY──まさに2019年はキャッシュレス競争が本格化し、普及が進んだ1年となった。キャッシュレス決済の現在と2020年の見通しについて、スマホ決済アプリ「PayPay」の立ち上げを経験し、現在はディーカレットでCTOを務める白石陽介氏に聞いた。

「何となくオトク」だから習慣化できた

──前職のヤフーではYahoo!マネー、PayPayの立ち上げを経験されていらっしゃいます。節目となった2019年をふり返り、キャッシュレス決済の市場はどのように変化してきたのでしょうか?

2019年はキャッシュレス普及の1年でした。ヤフーとソフトバンクが出資するスマートフォン決済のサービス会社「PayPay(ペイペイ)」が、2018年12月に100億円を還元する大規模キャンペーンを行ったことを皮切りに、2019年はLINEやメルカリ、楽天やNTTドコモなど各社が消費者へインセンティブを実施し続けた1年といえるでしょう。

白石陽介(ディーカレット CTO)/2005年インターネットイニシアティブ(IIJ)入社。エンジニアとして様々な大規模案件を手掛けた後、2010年SBIグループへ出向。外国株式及びデリバティブシステム刷新を担当。2012年ヤフー株式会社入社。Y!mobile、Yahoo!マネー等の立ち上げを経て、決済プロダクトの統括責任者に就任。PayPayを立ち上げる。2019年より株式会社ディーカレットにCTOとして参画。

10月からはキャッシュレス推進のため、政府主導でキャッシュバックやポイント還元する施策も始まり、「現金よりキャッシュレス支払いのほうが何となくオトク」という心理が定着してきました。ユーザーは「この決済で何パーセントのオトクになっているか」をいちいち考えているわけではないと思いますが、「何となくオトク」という感覚が大事です。

これまではスマホでQRコードを表示させてスキャンすることに、ユーザーにどうやって慣れてもらうかが各社の課題でした。しかし、今では「何となくオトクだから」とユーザーは使い続けてくれて、だいぶQRコードで決済することにも慣れ、多くのユーザーの習慣化に成功してきているのではないかと思います。

SuicaとPayPayのどちらが便利か?

「QRコード決済よりもNFCや非接触型ICカードの方が技術として優れている」という話をよくビジネスパーソンの方々から聞きます。NFCや電子マネーや交通系ICカードに搭載されている「FeliCa(フェリカ)」の方が決済処理の速度が早く、「QRコードは枯れた技術じゃないか」という批判です。

Suicaのように大量の乗降客数をさばくために、0.2秒で改札の処理を完了しなければならないのならば、非接触型ICカードが有用です。一方で、QRコード決済のためにアプリを立ち上げてスマホの画面が必要になることを面倒だと思うかと、それを活かせるかは別問題だと思います。

BT Image / Shutterstock

PayPayでQRコード決済すると、すぐに決済後の画面に「◯◯円相当のPayPay残高をGET」と表示されます。これによりユーザーは「オトクだ」と感じます。本当はクレジットカードを使った方が、還元率が高いかもしれないのに、こうした即時フィードバックによりユーザーを惹きつけているのです。

決済ビジネスにおいては、技術の優劣を議論するのではなくユーザーにとってどうあるべきか、消費者心理をふまえて議論すべきです。

ナントカPayは淘汰の時代へ

日本では現在、QRコード決済の事業者が乱立している状況です。インセンティブのバラマキをはじめ、競争が激しいほど決済手数料で稼ぐのは難しくなります。ゆえに統一の規格として「JPQR」がスタートしていますが、ユーザーとは直接関係しないインフラ部分は共通化していく動きが加速していくでしょう。なかなか儲からないので相乗りしていこう、という話です。

その上で、2020年のキャッシュレス決済はどうなるか? おそらくインセンティブのバラマキ競争が終わり、徐々に決済アプリケーションの上に乗っかるコンテンツやサービスで競うようになるはずです。

2019年11月からPayPayアプリからDiDiタクシーをミニアプリから呼べるようになりましたが、利用頻度の高い「スマホ決済アプリ」を起点に、予約サービスやEコマースなど様々なコンテンツを重ねていく。いわゆる「スーパーアプリ」化は2020年に急速に進むのではないかと予想しています。

ヤフーとLINEの経営統合により、国内では優勢のPayPayとLINE Payがいっしょになるかもしれません。単に決済のタッチポイントが多いだけでは、今後ナントカPayの事業者は生き残りが厳しい状況に追い込まれていくのではないでしょうか。

「スマホ決済アプリ」戦国時代──誰が生き残る?

私はスマホ決済のペイメント事業者は、大きく分けて2つのタイプに集約されていくのではないかと考えています。

1つはPayPayに代表される「スーパーアプリ」です。この構想が中国のAlipayやWeChatの成功を見本にしていることは、一部のビジネスパーソンにはよく知られていることかと思います。スーパーアプリは、上に乗るコンテンツやサービスを充実させ、いかにユーザーに使われるアプリになれるかという競争ですので、いかに素早くたくさんの事業者と連携できるかがカギとなるでしょう。

もう1つは、自分たちで経済圏を持てるプレイヤーです。たとえば、コンビニのファミリーマート「ファミペイ」。コンビニなど大手小売りは、もともと多くの店舗と顧客を抱えており、自分たちで経済をまわす規模を持っています。他社のペイメントサービスでクーポンを発行して手数料をとられるよりも、自社で行ったほうが、コスト効率が良いと考えるはずです。

また地域ごとのペイメントサービスも可能性があるのではないかと考えています。地域振興のための地域通貨などは古くから事例も多く、決済ビジネスとの相性もいいものです。地方にはデジタル機器を使いこなせない高齢者も多いはずで、「スーパーアプリの使い方を覚えるだけでひと苦労」という人たちも多いと思います。たとえば地銀のような地域に根ざした金融機関の手厚いサポートにより、地域に根付くようなペイメントサービスの形があってもいいはずです。

新たな金融システムに対しては「相互運用性」が重要

──仮想通貨で電子マネーにチャージできる仕組みを実装するなど、現職のディーカレットでは新たなチャレンジをされています。スマホ決済アプリとの違いは何でしょうか?

ここまで話してきたスマホ決済アプリは、金融システム全体からすると「ラストワンマイル」を取りにいくビジネスです。キャッシュレスで決済できる店舗、つまり「使える先」を泥臭く増やしていき、ネットワーク化していくようなイメージです。

一方で、金融システムそのものが変わるわけではありません。このコアな金融インフラをリプレイスしていこうという動きが「デジタル通貨」なのだと思います。各国の金融機関に衝撃を与えたFacebook「リブラ」や中国のデジタル人民元をはじめ、各国で「グローバル・ステーブルコイン」や「中央銀行デジタル通貨(CBDC、Central Bank Digital Currency)」に注目が集まっています。

ディーカレットが目指すのは「デジタル通貨による価値交換プラットフォーム」です。新たな金融システムが登場して「デジタル通貨」が普及する時代になれば、当然ながら異なるシステムを組み合わせても相互に運用できる「インターオペラビリティ(相互運用性)」が必要となるはず。ディーカレットの強みはこのインターオペラビリティです。

仮想通貨と電子マネーの組み合わせは一例に過ぎません。今後も「デジタル通貨のメインバンク」という構想の実現に向けて、取り組みを加速させていきたいと思います。

取材・構成:久保田大海
撮影:多田圭佑


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