ワイン、イワシの缶詰、鉄骨……「資産をトークン化すれば誰もが銀行になれる」は妄想か

理想の未来

素敵な夢について語ろう。理想の未来では、あらゆる資産はブロックチェーン上のトークンとして表される。

誰もが自分の資産を裏付けとした自分のトークンを発行する。トークンには資産の裏付けがあり、所有権は変更不能な分散型のブロックチェーンに透明性を持って記録されるため、皆が他人のトークンをお金として受け入れる。

お金を発行するために信頼できる中央機関は必要ない。トークンとブロックチェーンの新しい世界では、個人資産に裏付けられたお金があらゆる所に存在し、誰もが自分自身の銀行になる。

鉄骨を売ってみよう

現在、資産に裏付けられたトークンは主に、流動性を持たないものを流動的にするために使われている。価値は高いが移動が難しい宝物を持っているとしよう。

例えば、長さ4メートル弱の鉄骨だ。掲示板に「鉄骨売ります。買い手求む」と広告を載せる。そして、待つ。長い間、待つ。

問題は、この取引には「欲求の一致」が必要なことだ。鉄骨の保管は場所を取る(ガレージは鉄骨でいっぱいになってしまうからだ)。

そして鉄骨の投資市場はあまり多くない。つまり、あなたの鉄骨を買いたいと思う人は、鉄骨をすぐに使いたい人であり、そして重要なことは、鉄骨を運べる人だけということだ。

運が良ければ、鉄骨が必要な地元の建設業者がいるかもしれない。距離があっても、買い手は気にしないかもしれない。とはいえ、大幅な割引価格で鉄骨を売っているのは、おそらくあなただけではないだろう。

鉄骨トークンを発行

鉄骨を売る代わりに、宝物をマネタイズすることに決めたとしよう。鉄骨はマネタイズに適している。腐らないし、ネズミに食べられないし、火事や洪水も乗り切れるし、「交換可能」、つまり鉄骨は区別がつかない。

そこで鉄骨に紐づけられたトークン、つまりステーブルコインを作る。

1トークンは鉄骨1本を表す。トークンを販売するために魅力的なウェブサイトを作り、インターネットで見つけた素材を使ってホワイトペーパーを発表し、「鉄骨コインは未来のお金。いち早く購入した人はビリオネアに。見逃すな、今すぐ購入!」と書いたプレスリリースをたくさん送る。

人類ははるか昔から、資産をこうしてマネタイズしてきている。価値あるモノを表すものは、モノ自体よりもはるかに容易に取引可能で、ときにお金として使われてきた。

デリケートなモノは、管理された場所に保存しておくこともできる。例えば、年代物のイワシの缶詰は、適切に熟成させるには温度と湿度が調節された環境で慎重に管理する必要がある。

銀行のやり方

しかし、モノ自体ではなく「モノを表すもの」の取引は詐欺の機会を生み出す。もし鉄骨コインが上昇すれば──このタイプのコインの多くは、少なくともしばらくの間は上昇する──鉄骨を物理的に納品せずに多くのお金を手に入れることができる。

もちろん、あなたの鉄骨は今は他人のものであり、所有権は恒久的に透明性を持ってブロックチェーンに記録される。

しかし、ことわざでは「現実所有は9分の勝ち目」と言われる。つまり、実際に持っている人が有利ということだ。

そこで地元の建設業者があなたの家まで来て「鉄骨が必要だ」と言ったら、あなたは取引をするのではないだろうか?

あなたは鉄骨の何本かを現金で建設業者に売る。鉄骨コインはまだ存在しているが、もはや実際の鉄骨と1対1で裏付けられていない。今は「部分的に準備」されている。実は銀行は、何世紀にもわたってこうしてきた。

トークンと実資産の間の違い

しかし問題がある。

もし鉄骨コインの所有者が実際に自分の鉄骨を手に入れようとした場合、あなたは鉄骨を持っていない。幸運なことに、前述の通り、鉄骨は代替可能だ。

つまり、1トークンの所有者には「鉄骨1本」を請求する権利が与えられるが、特定の鉄骨ではない。あなたは賢明なことに、鉄骨コインの利用条件の中に「鉄骨を手に入れたい場合は3日前に通知しなければならない」という条項を入れておく。

そうすれば、仮に誰かが鉄骨を要求したとしても、あなたには3日の猶予がある。だが掲示板で格好の広告を見つけるといった幸運でもない限り、鉄骨のサプライヤーから定価で購入しなければならないだろう。

ブロックチェーン上に実資産の所有権の変更を記録することは、詐欺をなくすものではない。

実資産に裏付けられたトークンを購入する場合、実資産が存在することをどうすれば確認できるだろうか? ブロックチェーンによって実資産の所有者を知ることはできるが、どこにあるかはわからない。ブロックチェーン上にあることと、現実に存在することは、まったく異なる可能性がある。

トークンの監査とは

資産に裏付けられたトークンの発行者は通常、定期的な監査で信頼を植え付けようとする。鉄骨コインの発行者であるあなたは、鉄骨に対する6カ月ごとの監査を約束することができる。

イワシ缶コインの発行者は実際にこれを約束している。だがそれでも信用問題は残っている。誰が監査を行うのか、そして監査結果は信用できるのか──特に、監査に対価が支払われている場合はなおさらだ。

鉄骨コインの所有者が好きな時にいつでも鉄骨の在庫を検査できるように、恒久的なオープンハウスを維持すれば信用問題を緩和できるだろう。しかし、それは自分が所有する鉄骨だけではなく、鉄骨の総数を知っている場合に限られる。当然ながらガレージは屋根まで鉄骨で埋まっているので、数えるのはやっかいだ。

そこであなたは、会計士の友達に適切な数の鉄骨を保有していることを保証してもらい、証明書をウェブサイトに掲載する。投資家にあなたは誠実であると納得してもらう。

真面目な話、これがトークン発行者が行っていることだ。

GPS追跡装置

あなたが鉄骨をすべて保有していることをコインの所有者に保証する方法は他にもある。

あなたの鉄骨の保管場所を24時間監視する鉄骨管理システムを作り、インターネットに公開する。あるいは、すべての鉄骨にGPS追跡装置を取り付け、動きを追跡できるようにする。

マイクロチップの付いた鉄骨はやや先進的に思えるが、IoT(モノのインターネット)で可能になる。コストはかかるが。

しかしマイクロチップを取り付けたイワシ缶やワインボトルは、IoTでも複雑すぎるように思える。保管の管理人がイワシを食べたり、ワインを飲んで、空のイワシ缶とワインボトルの山を残して姿を消すリスクは常に存在する。安心のためのマイクロチップはもちろん、そのままだ。

騙そうとしているのではないと投資家を納得させることは高くつく。小規模な鉄骨販売業者にとって、あまりにも高すぎる。

大企業の鉄骨ファンド

結局、お金を稼ぐ簡単な方法はこれかもしれない。

あなたが正直者なら、このすべての費用から抜け出す戦略は、買い手を探すことだ。規模の経済がそうであるように、大企業はガレージで商品を売っている人たちよりもこうした費用をはるかにうまく負担することができる。そして可能なら市場を独占したいと考えている。

あなたのような小さな家内工業の廃業は、企業の利益になる。つまり、大企業が鉄骨コインをすべて買い上げ、鉄骨ファンドに吸収することを提案した場合、あなたは深く安堵して受け入れるだろう。

鉄骨ファンドは鉄骨コインの所有者が拒否できない提案を行い、鉄骨を彼らの倉庫に移す。そしてあなたは何年ぶりにガレージに車を入れる。もちろんすべての監視機器を取り除いたあとで。

トークンの本質

すべての資産をトークン化し、人々が自分のコインを発行し、お金として使えるようにするという夢は、信用の問題のために破綻する。

本質的に、物理的な資産は分散型ではない。あなたの鉄骨はマネタイズするまではあなたのものだが、一度マネタイズすると、あなたは他人の鉄骨の管理人になる。

他人があなたのお金を受け入れ、あるいは投資として保有するために十分な信頼を得るには、大規模なインフラと完璧な評判が必要だ。トークンがお金として広く受け入れられるためには、さらに多くの信用が必要となる。

そして他人の資産を管理する責任を負いたくなければ、話は「買い手求む」に戻る。逆説的だが、分散型の物理的資産は、資産に裏付けられたトークンの本質を破壊する。

自分自身の銀行になる夢

トークンを実資産に確実に結びつける費用は、必然的に市場を統合、寡占、さらには独占に向かわせる。もちろん、分散型デジタル資産でトークンを裏付けることはできる。

しかしデジタル資産に投資して、自分自身のデジタル資産を発行できるようにすることは、ガレージにあるものをシンプルにマネタイズすることからは程遠い。だれがわざわざそんなことをするだろうか?

誰もが当然のように分散型デジタル資産を保有するなら、誰もが自分の資産に裏付けられたトークンを発行し、政府の関与なしに自由に取引するユートピアが現実となるかもしれない。

しかしそうなるまでは、資産のトークン化は専門家の領域にとどまり、「自分自身の銀行になること」は単なる素敵な夢にすぎないだろう。

フランシス・コッポラ(Frances Coppola)氏は、銀行、金融、経済をテーマにしている。著書の『The Case for People’s Quantitative Easing』では、現代のお金の創出と量的緩和の機能を説明し、景気回復のための「ヘリコプターマネー」を提唱している。

翻訳:Emi Nishida
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:Shutterstock
原文:The Tokenization Delusion