イーロン・マスクとスペースXからフィンテックが学ぶこと

イーロン・マスク(Elon Musk)は複雑だ。彼の人生は極端で、破産から成功、家庭人から遊び人、コンプライアンスから法の無視、馬鹿げたことをする人物からリーダーへと大きく揺れ動いている。

立ち止まって称賛し、人間の本質、創造力、そしてビジョンについて学ぼう。テーマはスペースX(SpaceX)。

レックス・ソコリン(Lex Sokolin)氏はニューヨーク・ブルックリンに拠点を置くブロックチェーンソフトウエア企業コンセンシス(ConsenSys)のグローバルフィンテック担当共同責任者。本記事は、彼のニュースレター「Fintech Blueprint」から引用した。

マスクは2002年にスペースXを創業した。同社は常に惑星間宇宙旅行と、火星にヒトの居住地を作るというマスクの個人的野望を追い求めている。

この目標を掲げるエゴと尊大さを想像してみよう。それを成し遂げる意志の力と強さを想像してみよう。

マスクの性格について多くの人が共有している重要な洞察は、彼がどんな問題も「第一原則」に分解し、現代的かつ普通ではない回答に再構築できることだ。

ペイパル、テスラ、スペースX、ボーリングカンパニー(The Boring Company)、すべては根本的で大きな社会ニーズに対するマスクの回答だ。

有人ロケットの打ち上げに成功

スペースXは有人ロケットの打ち上げを成功させ、国際宇宙ステーション(ISS)に宇宙飛行士を送った。これは多くの点で注目に値する。

第1に、アメリカの宇宙計画は、2011年にスペースシャトルが退役して以来行き詰まった。ISSへの飛行はロシアの宇宙船「ソユーズ」に頼っていた。

第2に、スペースXは民間企業としてすでに多くの偉業を成し遂げている。当面の間、NASAの打ち上げ能力の主力を担う初めての民間企業となる。

グローバルテクノロジーをめぐる中国との競争が激化するなか、スペースXは商業での研究開発における西側社会の期待の星でもある。

宇宙開発は単なる冒険ではない。宇宙はGPSシステムを生み(GPSがなければ、ウーバーもリフトも成立しない)、グーグルマップに欠かせない衛星マッピングを実現した。

マスクが現在、衛星の打ち上げを続けているスターリンク(Starlink)計画を成功させれば、宇宙空間に浮かぶ高速インターネットシステムが誕生する。

中国が何十億ドルもの国家予算をAI(人工知能)、ブロックチェーン、他の最先端テクノロジーインフラに投じる一方、アメリカは研究開発を資本市場に依存している。

世界の歴史の中に、資本市場を使って人類規模の問題に対処するマスクのような能力を持つ人物はほとんど存在しない。

デジタルトランスフォメーション(DX)という幻想

今回の打ち上げに関連して、ソーシャルメディアで話題になった画像の意味を考えよう。「デジタルトランスフォメーション(DX)」についてだ。

一番上の「アポロ」宇宙船の写真には多くのボタンやダイアルが写っている。その1960年代的な美しさは、親しみを感じさせるとともに圧倒的だ。アポロ宇宙船の操縦には巨大な産業機械を動かすような、むき出しの身体性がある。

「スペースシャトル」(真ん中)はスクリーンやディスプレイを採用した。だが計り知れないマニュアル操作の複雑さが残っている。

そしてスペースXの宇宙船「クルードラゴン」(下)。

コントロールシステムは、リナックス(Linux)で作動する洗練されたビジュアルディスプレイに集約されている。コンピュータは3つのバックアップを備え、そのうちの1つは別のOSで作動し、マニュアル操作も可能。写真はまるで高級車のようだ。

多くの人が、これをオンラインバンクやロボアドバイザーが金融業界を革新しているやり方と比較した。

大がかりで難解な手作業でのプロセスではなく、シンプルさとユーザーエクスペリエンス(UX)を追求したタッチスクリーンインターフェイス。インクとFAXと電話を使う代わりに、顔をスキャンするだけで、そうしたサービスにアクセスできる。

宇宙服が伝えること

出典:Official SpaceX Photos/Flickr

宇宙服も比べてみよう。

『スタートレック』に出てくるようなシンプルでスマートなスペースXの宇宙服は、スペースシャトルの完全に実用優先でダブダブのオレンジ色した宇宙服とは著しく違っている。

スペースXの宇宙飛行士はカーレーサー、あるいはSFキャラクターのようで、パワー、スピード、未来志向を表現している。

この宇宙服のコンセプトは、映画『アベンジャーズ』『X-MEN2』『ファンタスティック・フォー』の衣装を担当したハリウッドのデザイナーによるものと聞けば、納得できるだろう。

この宇宙服は、以前の宇宙服に比べて機能面で劣ることはない。しかし以前の宇宙服とは違って、過去には欠けていた、宇宙へのアクセシビリティとカッコよさを表現している。宇宙は異質で息が詰まるような場所ではなく、人類が旅する新たな場所となった。

不条理な悲劇を笑いとばす

マスクが理解していること、そして多くのフィンテック業界の人たちが自然と理解していることは、ブランドとストーリーが重要ということだ。

これがマスクが電気自動車「テスラ」を打ち上げた理由だ。馬鹿げたことをする、ユーモアのセンスを持つ、人間本来の不条理な悲劇を笑いとばす──これらはすべて、1人の人物から生まれている。こんな人物が、証券取引委員会(SEC)がツイッターでの発言を規制することに苛立たないことがあるだろうか?

何よりも、マスクは自身が述べた約束を果たしている点を評価しよう。

金融におけるアマゾンを構築することをいまだに語っているフィンテック界の多くの創業者たちとは異なり、マスクは我々の心に彼のストーリーとユーモアを焼き付ける実績を築いている。

リチャード・ブランソン(Richard Branson)のバージン・マネー(Virgin Money)やキャピタル・ワン(Capital One)以外に、こんなアプローチで金融に挑んだ人がいただろうか? 毎年、ジョークにジョークを重ねて、不可能を成し遂げた人物はいるだろうか?

イノベーションの“アピール”から抜け出す

確かに、マーケティングやデザインは重要だ。だが、それらはデジタルトランスメーション(DX)ではない。バナナの木に猿を惹きつけるノイズであり、無機質な企業が人間の消費者と共感し、つながるためにやらなければならないことだ。

ワークショップやインフルエンサーの記事を使ったイノベーションの「アピール」ではなく、マーケティングやデザインはより深い何かを表すものでなければならない。

根底にある変化を示そう。何かを作るための違った方法を示そう。新しくやり直すために、今手にしているものを燃やしてしまおう。

こうしたイメージこそが本当に重要なのだ。ここに本物のデジタルトランスフォーメーション(DX)がある。

人工衛星の打ち上げコストは、スペースシャトルの1kgあたり2万ドル(約220万円)から、スペースXでは2000ドル(22万円)へと劇的に下がった。核となるイノベーションの1つは再利用可能なロケットで、宇宙船や人工衛星を軌道に乗せた後、地表に戻って自動着陸する。

その結果、打ち上げごとの変動費は、5億ドルから5000万ドルに減少した。固定費の面でもスペースXはきわめて優れている。NASAはロケットの開発費を40億ドルと推定したのに対して、「ファルコン(Falcon)」ロケットを4億ドルで開発した。

つまり、マスクは初期費用も運用費も90%削減することに成功した。

経済的効率性の損失

この90%は、いわゆる「死重損失」、経済的効率性の損失である。つまり、既存業者だけをサポートし、現行のやり方に固守し、革新的なソリューションよりも組織的な関係性の方が重要だと信じる、官僚主義的な資源の浪費。

40年経過している銀行の中核システムのサンクコスト(埋没コスト)にとらわれ、ゼロから作り変えることができないことだ。

サンクコスト:意思決定の内容にかかわらず、すでに回収することはできないコスト。事業の継続・撤退などを判断する際、すでに回収できないサンクコストは判断基準から除外し、今後の可能性・将来性のみで判断すべきだが、サンクコストにとらわれ、損失を大きくしてしまうケースがある。

これは、すべての金融サービスをリアルタイムでシンプルに利用したいモバイルファースト世代と、主に富裕層顧客にサービスを提供するために複雑さの上に築かれた投資運用業界との間の断絶でもある。

フィンテックへの教訓

この記事を読んでいるあなたは、フィンテック業界に関わっているのだろう。我々皆がそうであるように、あなたも支払い、貯蓄、投資における昔からの問題に対してクリエイティブな切り口やアプローチを提供し、お金を稼ぎたいと考えている。

私のアドバイスは、次のように自問してみることだ。

「あなたが取り組んでいることは、初期費用と運用費を90%削減したうえで、以前のシステムと同じ結果を出すことができるだろうか?」

出典 : SpaceX Official Photos/Flickr

それとも、新しいインターフェースで覆われた古いやり方を誇大広告しているのだろうか?

既存のフィンテック企業を批判しているわけではない。どの企業も、消費者に意義ある影響を与え、銀行サービスに対する認識を再構築している。

それでも、漸進主義的な思考から抜け出し、金融ミドルウエアに20%の改善をもたらしたいならば、より大きな視点で考える必要がある。

人間の存在にかかわる巨大なニーズからスタートし、今あるツールを使って、次の世紀のためのソリューションをデザインする必要がある。

もしも500万ドルを調達したプレシードラウンドの後に、数十もの企業があなたと同じ問題に取り組んでいるとしたら、それはあなたが時間を費やす価値のある問題ではないだろう。

もっと大きな問題を選ぼう。もっと困難なことに取り組もう。例えば、イーサリアムでゼロからグローバル金融システムを再構築することは簡単ではないかもしれない。だが、挑戦する価値はある。

太陽に挑んだギリシャ神話のイカロス

皆がマスクのような数百万ドル規模の事業売却に成功しているわけではない。マスクは20代でZip2の売却から2000万ドル、30代でペイパル(PayPal)から1億8000万ドル、それ以降に数十億ドルを得ている。

皆が太陽に挑んだギリシャ神話のイカロスにも似た、マスクのような自信と自制心を持っているわけではない。だが我々は皆、もう少し上を目指すことができる。

流行りのトレンドに乗って、短期的なビジネスをするのではなく、実用的なビジネスを構築しよう。市場のタイミングはあなたが考えているよりも難しい。

金融の仕事をしているからといって、金融化(financialization)に取り組む必要があるわけではない。資産を保有して収益をあげたり、資本市場に投資して他の人の取り組みをサポートすることは良い稼ぎとなり得る。これは自力でビリオネアとなった人の多くがやってきたことだ。

しかしアーティスト、何かを作り上げる人、ビジョンを描く人であることには大きな価値がある。シャベルを持ち、掘り始めよう。(敬称略)

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:Official SpaceX Photos/Flickr
原文:What Fintech Can Learn From Elon Musk and SpaceX