イーサリアムマイナー、アップグレードの遅れに数百万ドル規模の賭け

イーサリアムがプルーフ・オブ・ステークへのシフトを進めているにも関わらず、大手ビットコイン(BTC)マイニング企業や、マイニング機器メーカーは、イーサリアム(ETH)マイニングへの投資を拡大している。

ビットコインのマイニングを手がける上場企業のハット8(Hut 8)とハイブ・ブロックチェーン(Hive Blockchain)は、時価総額で第2位の暗号資産であるイーサリアムのマイニング能力を増大させている。

一方、ビットメイン(Bitmain)やイノシリコン(Innosilicon)といったマイニング機器メーカーは今年、新たなイーサリアムのマイニング機器を発売予定だ。

イーサリアムは5カ月後に、プルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフ・オブ・ステーク(PoS)への移行が予定されており、PoSマイニングには最先端の機器が必要ないことを考えると、このような投資は不思議に映るかもしれない。

専門家たちは、移行が遅れるかもしれないという見立てがその背景にあるとみている。

「4年前にはマイニングは無くなると言われていたが、まだ続いている」と、イーサリアムマイニング機器に特化したコンサルティング会社ビットプロ(Bitpro)のCEO、マーク・ディアリア(Mark D’Aria)氏は語る。「常に様子見という感じだった。皆の見込みよりも時間がかかりがちだ」

8月5日に実行されたアップデート「ロンドン」によって、ネットワークはイーサリアム2.0へと一歩近づいた。しかし、イーサリアムが生まれて6年、大型アップグレードは複数回にわたって延期されてきた過去がある。

例えば、イーサリアム2.0に向けた大切なステップであったアップグレード「コンスタンティノープル」は当初、2018年7月に予定されていた。しかし、コードのバグによって2019年2月まで延期され、PoSへの移行はさらに遅れることとなった。

氷河期でマイニングは凍結

イーサリアム改善提案(EIP)3554は、マイニング難易度を高めるための人工マイナーを加える「ディフィカルティ・ボム(difficulty bomb)」を導入するもので、マイニングの収益性は低下することになる。その時期は「氷河期」と呼ばれている。イーサリアム開発者たちは当初、このEIPを2015年に提案していたが、2021年12月まで延期された。

イーサ価格が値上がりするに連れて、ネットワークをPoSに移行するのはますます難しくなるかもしれないと、マイニング企業ルクソール(Luxor)のイーサン・ベラ(Ethan Vera)氏は述べる。

「イーサが3000ドルまで値上がりしていくのを目の当たりにした。分散型金融(DeFi)はイーサリアムネットワーク上に築かれており、NFT(ノンファンジブル・トークンが)も成功している」とベラ氏は語り、次のように続けた。

「イーサリアムのPoSへの移行に強気な人たちも、移行が正しく行われ、開発者が見落としている落とし穴や盲点、疑念が残らないようにするために、ゆっくりと進めていくことを望んでいる」

イーサリアム上の資産にまつわる技術的課題やセキュリティの問題に加えて、イーサリアムのマイニングコミュニティからの抵抗も、PoSへの移行を遅らせる要因となり得る。

「PoSへの移行に対して、どれほど抵抗があるかという点はあまり良く認識されていない」とディアリア氏は指摘。「ただ単にスイッチを入れて、何十億ドルものマイニングによるマイナーの収入源を絶ってしまうだろうなんて、どうかしている。そんなことにはならない」と続けた。

マイニング企業

ビットコインマイニングに比べてイーサリアムマイニングには、より多くの個人マイナーが関わっており、大規模なマイナーはより少ない。

ビットコインマイニング機器に比べるとエネルギー消費が比較的少ないこと、イーサリアムマイニング機器からの発熱や騒音が少ないことによって、自宅でGPUを使ってイーサをマイニングすることが可能であると、ベラ氏は説明する。

ディアリア氏によれば、イーサリアムマイニング機器の90%以上はGPUベースであるが、GPUはゲーム愛好者が一般的に使うハードウェアでもある。

しかし、暗号資産マイニング大手が、イーサリアムマイニング業界に進出し、ビットコインマイニングよりも大きな利益を狙っている。

2020年10月15日付の会計報告書によると、ハイブ・ブロックチェーンは、世界最大のイーサリアムマイニングを手がける上場企業となったと主張している。そのハッシュレートは1秒当たり3383ギガハッシュ(GH/s)と、当時のイーサリアムネットワークの総ハッシュレートの1.3%であった。

カナダのバンクーバーに拠点を置くハイブ・ブロックチェーンは、今年末までにイーサリアムマイニングのハッシュレートをそこから62.5%多い、5500GH/sまで増加させることを目指している。

ハイブは2月、データセンターコロケーションサービスを提供するGPUワン(GPU One)から、カナダのニューブランズウィック州にある50メガワットのデータセンターを購入した。

ハット8は5月、GPUメーカーのNvidiaから3000万ドル相当の専用イーサリアムマイニング機器を購入した。これらの機器はすべて、8月末までにカナダのアルバータ州にある施設に届けられ、設置される見込みで、消費電力は4メガワット、ハッシュレートは1600GH/sになる予定だ。

「この取引は、収益多様化を進め、会計年度2021年度の直近の中・短期的収益成長の狙いを前進させるという、ハット8の目標を支えることになる」と、同社は説明している。

マラソン(Marathon)やライオット(Riot)などのビットコインマイニング専門企業とは異なり、ハット8は行き場のないエネルギーや活用されていないエネルギーを生かし、それを演算能力と利益に転換する使命があると、ベラ氏は語った。

「今、この土壇場でイーサリアムマイニングに参入している企業は、自社の演算能力をどのように活用できるかについて、もっと大局を見据えているのだと思う」と、ベラ氏は語る。「暗号資産は彼らが追及する多くの業界の1つということだ」

設備投資回収の速さ

マイニング事業の設備投資回収期間を短くし、収益性を高める、よりパワフルなイーサリアムマイニング機器が市場に登場している。

ASICと呼ばれる専用イーサリアムマイニング機器は、マイニングのためだけにビットメインなどのメーカーが特別に設計するものだ。一方、大半のGPUマイニング機器は、ゲームのためのグラフィックス・カードを転用している。

Nvidiaは2021年、初のイーサリアムマイニング機器を発表。一方のビットメインとイノシリコンは、イーサリアムマイニングのための最新モデルを、年末までに納入する予定だ。

マイニング機器メーカーのアイポロ(iPolloは)、イーサリアムASICの最新モデルの予約注文で、2億ドルを超える収益を獲得。2021年第4四半期までには製品を納入すると、同社のポール・ヤオ(Paul Yao)氏は語った。

より高い生産能力を実現したら増産を行い、2022年には1年中マイニング機器を製造できるようになることを目指していると、ヤオ氏は続けた。

シンガポールに拠点を置くアイポロは、来年にはアメリカに事務所を開設し、中国から北米市場へと重点を移す予定だ。「北米と、一部のアジア市場で需要の高まりが見られる」と、ヤオ氏は指摘した。

ASIC/GPUのROIが5〜6カ月、イーサリアム2.0は6カ月以上先となる見込みであることを考えると、特にイーサ価格が力強い動きを見せる中、大半の企業がリスクを受け入れるのも理解できる」と、暗号資産マイニング仲介と管理を手がけるワッタム(Wattum)のアザム・ロズラン(Azam Roslan)氏は話す。

マイナーが最新のASICを使えば、イーサリアムマイニングの設備投資回収期間は4カ月と、ベラ氏は推計する。「ビットコインマイニングでは、事業のコストに応じて、上場企業なら設備投資の回収に1年ほどかかる」とベラ氏は指摘した。

対照的に、Nvidiaの製造する3070GPUカードなど、イーサリアムマイニングに使われる既存のGPUカードの一部では、コストの回収に約18カ月かかると、ワッタムのCEO、アーセニ・グルシャ(Arseni Grusha)氏は説明した。

「投資回収にかかる期間は12カ月未満が望ましい。つまり、イーサ価格が値上がりするか、GPU価格が値下がりしなければならない」と、グルシャ氏。「GPU価格の値下がりは見込まれておらず、ETH価格が4000ドルに達したとしても、イーサリアムマイニングROIが魅力的なものとなるには、その水準を維持する必要がある」と続けた。

利ざや

力強いイーサ価格と、比較的低い運営コストが、イーサリアムマイニングが昨年以来、ビットコインマイニングよりもより大きな利益をあげている主な理由だ。

アップグレード「ロンドン」によってイーサリアムネットワークは、マイナーに支払われていたガス代の一部を焼却できるようになったが、イーサリアムマイニングはそれでも、イーサリアム価格のおかげで、「ロンドン」実行以来その収益性を改善している。

コイン・メトリックス(Coin Metrics)のデータによると、米ドル換算での1日のマイナーの収益は7.1%増加し、2カ月ぶりの高水準を記録した。イーサリアムネットワークは「ロンドン」実行以来、7610万ドル相当の2万2708ETHと、新しいコイン供給の約33%を焼却した。

プライオリティー料(ガス代から焼却された基本料金を差し引いたもの)以外には、ブロック補助金(ビットコインのブロック報酬のようなもの)とMEV(マイナー抽出可能価値)がマイナーにとっての収入源だ。

MEVとは、ブロック内でトレーダーがトランザクションを組み込んだり、除外したり、再オーダーするのを助けることによってイーサリアムマイナーが得ることのできる収入だ。

「EIP1559の後も、MEVはまだ存在しており、ブロック補助金からは2ETH、一部のウォレットからもかなりのガス代を受け取っている」とディアリア氏は語った。「つまりそこまで大変な事態ではない」

マイナーはすでに、イーサリアムでさらなるスケーリングソリューションが展開されて混雑が解消され、取引手数料が減少するに伴って、長期的にガス代が減少することを見込んでいると、ディアリア氏は指摘。

DeFiプロコトルを使う投資家が、預け入れた資産に対する利子以外にも新しいトークンを獲得できる報酬メカニズムのおかげで、DeFiは昨年の夏、爆発的な成長を見せた。イーサリアム上の様々なプロトコルで取引活動が活発になることで、取引手数料が劇的に高まったが、この手数料は、取引を検証する見返りに、マイナーに支払われるものだ。

「ブロック補助金で2ETH、手数料で5〜7ETHが手に入る」と、DeFiブーム中の手数料の高さについてディアリア氏は語った。しかし、DeFiの取引が減少するに連れ、イーサリアムマイナーが手にできるガス代も減少している。「特異な状況であり、マイナーたちは続く間はそれを享受したいと感じている」

イーサリアムマイニングはビットコインマイニングに比べて運営コストが低い。GPUマイニング機器は高価で、機器の運用もより労働集約的だが、消費電力の少なさがそのようなコストを補い、ビットコインマイニングよりも全体のコストを下げることができると、ベラ氏は語った。

イーサリアムのPoSへの移行の正確な日程は誰にも分からないが、イーサリアムマイニングへの好機を得た投資は、大きな利益を生む可能性があると、ベラ氏は語る。

「2年前にPoSとは逆向する投資をしたマイナーは、かなりの大儲けをした」と、ベラ氏は指摘し、次のように続けた。「今PoSに逆行する投資ができれば、その見返りはかなり大きくなるかもしれない」

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Ethereum Miners Make Multimillion-Dollar Bet on Upgrade Delay