イーサリアムの「The Merge」とは?【基礎知識】

「The Merge(ザ・マージ)」によって、イーサリアム・ブロックチェーンのコンセンサスメカニズムは、プルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフ・オブ・ステーク(PoS)モデルへと移行する。

巨大なブロックチェーンを既存のシステムから別のものに変えることは、驚くほど複雑で、たくさんのステップを伴う。それぞれの決断事項を、徹底的に検討する必要がある。

イーサリアムを次なるステージへと進める動機と、そこまでの様々なステージについて紹介しよう。

PoSとは?なぜ必要なのか?

報酬をめぐってマイナーたちが競い合う必要のあるPoWとは対照的に、PoSメカニズムでは、ステーキングされたイーサ(ETH)の合計数とステーキングされている時間に比例して、バリデーターを無作為に選出する。

PoWとは異なり、PoSのバリデーターはネットワーク維持のためにブロックをマイニングする必要はない。選ばれた時に新しいブロックを作り出し、それ以外の時には他のブロックをバリデート(検証)する必要があるのだ。

最新のブロックが検証されると、他の参加者がそのブロックが有効なものであると認証する。十分に認証されると、ネットワークは新しいブロックを追加する。

報酬はネットワークによって、バリデーターのステーキングしているイーサに応じて、イーサで分配される。しかし、好ましい行動を奨励するために、オフラインになる(検証を怠る)ことや、悪質な取引を認証することに対して、ステーキングされているイーサの一部をバリデーターが失うことになる罰則(スラッシング)も存在する。

バリデーターとなるには、高度な技術的知識と専門的知見が必要ではあるが、32ETHという最低要件を満たせば、誰でも参加できる。32ETHを捻出できない場合にも、(第三者機関が管理する)プールにイーサをステーキングして、報酬の一部を得ることもできる。

PoWは信頼できて安全だが、PoWと比較した場合のPoSのメリットには以下のようなものがある。

・マイニング機器など高度で高価なハードウェアが不要。

・イーサリアム財団によれば、エネルギー効率がはるかに良い。

・ネットワークセキュリティへの障壁となるネットワーク中央集権化のリスクが低い。

「The Merge」の歴史

イーサリアムの生みの親ヴィタリック・ブテリン氏は、長年PoSメカニズムへの支持を表明してきた。現行のリソース負荷の高いPoWガバナンスシステムに比べると、PoSはネットワークのエネルギー消費量を少なくとも99.95%削減すると予測されている。

The Mergeはまた、データの混雑、高いガス代(取引手数料)を緩和すると見込まれ、次世代のレイヤー2スケーリングシステムをサポートする、2023年のシャードチェーンに向けた下地を作ることにもなる。イーサリアム財団によると、シャードチェーンは、アプリケーションやロールアップがデータを保管するための追加でより安価なストレージレイヤーを提供する。

ERC規格や、トップダウンで規則を強制する伝統的企業とは異なり、中核的なプロトコルへの大きな変更には、世界中のノードコミュニティからのコンセンサスが必要だ。

あらゆるイーサリアムのアップデートや決断は、このようなプロセスを経由しなければならないため、一部の人たちは過剰な遅延と批判する。しかし実際には、いくつかの主要な要素において、一貫した漸進的なアップグレードとフォークを通じて、骨の折れるネットワークの統合が慎重に実施されるのだ。

これが、ビーコンチェーン(Beacon Chain)であり、The Mergeであり、シャードチェーンである。これらはそれぞれ、よりスケーラブルで安全、持続可能なイーサリアムのビジョンを実現するために、お互いに依存している。

当記事執筆時点では、ブテリン氏はThe Mergeが8月に実施されると語っている。これは、ビーコンチェーン(PoSをコントロールする要素)がPoWからPoSへと公式に移行する時だ。

イーサリアムアップグレードの道のり
出典:ehereum.org

ビーコンチェーンと「The Merge」の役割

バリデーターの数を増やし、PoSを使って取引を処理するために、(いまだにPoSを利用している)イーサリアムメインネットは、(コンセンサスレイヤーとも呼ばれる)ビーコンチェーンと統合される必要がある。

(メインネットと並行して運営される)ビーコンチェーンは、2020年12月1日正午(協定世界時)にリリースされ、現在は37万5000以上のアクティブバリデーターを抱えている。これが、PoSをコントロールする役目を担う要素なのだ。

イーサリアムを次なる複数段階のアップグレードであるシャードチェーンに備えるためにも、ビーコンチェーンは非常に大切だ。シャードチェーンは、ネットワークのスケーリングやデータ保管の力を拡大させるのに役立つ。

当初の計画では、The Mergeの前にシャードチェーンに取り組む予定だったが、ArbitrumやOptimism、Loopringなどのレイヤー2スケーリングシステムがすばやく成長しているために、計画が変更された。イーサリアムコミュニティの大半が、The MergeとPoSへの移行の方が、優先順位が高いと考えたのだ。

ビーコンチェーンの役割は、時とともに変化していくと見込まれているが、シャードとステーカーのコーディネートが主だ。ビーコンチェーンはスマートコントラクトを実行したり、アカウントを扱うことができないため、メインネットと統合することで、このような能力がPoSエコシステムにもたらされることになる。

2016年のDAOのハードフォーク(ハッキングによって350万ETHが盗まれ、イーサリアム・クラシックという別のブロックチェーンを生むことになった)とは異なり、イーサリアムはThe Merge後も、1つのネットワークとして続いていく。

つまり、イーサリアムPoWチェーン全体が、イーサリアムPoSチェーンとなるのだ。The Mergeはイーサリアムのデータレイヤーには影響を与えないので、移行によって取引が失われることはない。しかし、マイニングは必要なくなるため、マイナーは手持ちのETHをステーキングして、イーサリアムメインネットの検証に手を貸す可能性が高い。

The Merge後の展開

The Mergeの目標は、PoWからPoSへの移行を加速することだ。そのために、開発者たちは遅延を引き起こす可能性の機能を減らすことに取り組んでおり、ステーキングされたETHの引き出しもThe Mergeが完了するまで待つ必要がある。しかし、これらは、The Merge後の「クリーンアップ」アップグレードで処理される可能性が高い。

シャードチェーン

The Mergeによって、スケーラビリティの問題が即座に解消することはないが、完全に機能しているPoSネットワークを必要とするシャードチェーン実現に向けて、イーサリアムネットワークの準備を整える役には立つ。

64のブロックチェーンでネットワークのデータ負荷を分散することで、シャードチェーンはアプリケーションやロールアップがデータを保管するためのより安価な追加レイヤーを提供する。さらに、イーサリアムメインネットのセキュリティの恩恵を受けながら、レイヤー2システムが安価な取引手数料を提供することも可能となる。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:What Is ‘the Merge’ and Why Has It Taken So Long?