映画のエンドロールに名前を載せたい──映画好きの方なら、そんな思いを抱いたことがあるかもしれない。ブロックチェーン技術を活用したセキュリティ・トークン(ST、デジタル証券)が、その夢を叶えてくれそうだ。
フィリップ証券(シンガポールに拠点をおくフィリップキャピタル・グループの日本法人)は12日、「エンターテインメント系デジタル証券(STO)記者発表会」を東京・兜町のKABUTO ONEで開催。同社STの第一号案件として、映画『宝島』(2025年公開予定)の映画製作委員会への出資で得られる権利をセキュリティ・トークン(デジタル証券)化して小口販売すると発表した。
「映画デジタル証券・フィルムメーカーズプロジェクト1 – HERO’s ISLAND」は、発表資料によると「劇場配給、ビデオセル、放送権の販売等から得られる収益を運用利回り」とするセキュリティ・トークン。また投資口数に応じて「特典映像、劇場用宣伝ポスター等のグッズ取得や、試写会等の限定イベントへの参加、エンドロールへのクレジット表示等、特別な経験や体験ができる商品」という。
STの概要は以下で伝えたとおり。ここでは、スキームの詳細やフィリップ証券がセキュリティ・トークンに取り組んだ経緯などを取り上げる。
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大作の製作委員会に投資
映画『宝島』は、妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太などが出演。監督は、大友啓史。原作は、戦後の沖縄を舞台に“戦果アギヤー”と呼ばれる若者たちの姿を描き、直木賞を受賞した真藤順丈の「宝島」。配給は、東映/ソニー・ピクチャーズエンタテインメントで、2025年公開予定。話題の小説を今人気の俳優陣によって映画化する大型エンターテイメント作品だ。
「映画デジタル証券・フィルムメーカーズプロジェクト1 – HERO’s ISLAND」は、この映画『宝島』の映画製作委員会への出資分を投資対象とするセキュリティ・トークン(ST)。『宝島』の製作費は約13億円。そのうちの約75%は製作委員会が集め、残りの約25%、具体的にはSTの募集総額となる3億6800万円をSTを使って主に個人投資家から集める。
セキュリティ・トークン化のスキームには、現在主流の不動産STで使われている受益証券発行信託ではなく、匿名組合出資持分(GK-TK)を使用。その理由は、簡単に言えば、映画(製作委員会)への出資は、不動産に比べるとリスクが高く、信託銀行を加えてスキームを組むにはまだハードルが高いためだ。
(出資案内資料より)
発行口数は3680口、発行価格は1口10万円、申込単位は1口以上1口単位。ちなみに、エンドロールに名前を乗せるには、30口以上が必要。つまり300万円で映画好きにとっての夢が叶うことになる。
投資期間は2024年8月15日から2027年5月31日の3年弱。映画公開は来年5月だが、その後のビデオ化、放送権などからの収益も見据えている。ST基盤は、Securitize Japanが提供する。
単なる投資ではなく「新たな体験」を
フィリップ証券が今回、映画のST化に取り組む背景や狙いについて、同社代表取締役社長の永堀真氏はまず、セキュリティ・トークンの可能性には「投資対象の多様化」があると述べた。さらに具体的な投資対象として「不動産」「航空機」「インフラ」「社債」「未上場株」「金銭債権」をあげ、前半の3つは「富裕層を対象とした大口の投資商品」で、STにより小口化を実現した。次に後半の3つは「法人を中心とした投資商品」で、STにより一般化を実現したと説明した。
そして今回、同社が挑戦しようとしていることは3つ目の新しい分野であり、具体的には「ESG」と「エンタメ」をあげた。
「セキュリティ・トークンはいろいろな可能性があり、投資対象が多様化しているが、現実は85%が不動産、15%が社債。すでに存在した投資商品を小口化・一般化したもの。私たちは今回、新たに今まで『投資するという感覚がなかったもの』に対する投資を実現したいと考えた」
また投資家の目的はもちろん収益を上げることだが、昨今は取引がますます短期化していると指摘。会社のポリシーやビジョンに長期的な視点から投資するケースが少なくなっていると述べた。
さらに新NISAの登場で、株式投資が盛んになっているといえ、よりリスクの高い資産への投資はまだまだハードルが高いものになっおり、こうした状況は、事業会社にとっても「挑戦的な商品企画」を難しくしていると続けた。
そしてセキュリティ・トークンが実現し得る世界では、投資家は単なる収益を狙った投資ではなく、今回の映画への投資のような「新たな体験」と事業への「当事者意識」を得ることができると指摘。一方、事業会社にとっては、商品企画に共感した人たちが資金を提供することで、リスクに挑戦しやすい状況が生まれると述べた。
永堀氏のプレゼンテーションの後には質疑応答が行われた。
永堀社長の「思い」を実現、ただしリスクも
──映画のセキュリティ・トークン化という新しい取り組みはどのような経緯で始まったのか。
このようなビジネスにライフワークとして取り組みたいと以前から考えており、3年前にフィリップ証券に入社した目的もこのためだった。学生時代に「直接金融」のダイナミックさに憧れて、この業界に入った。2020年7月に金融商品取引法が改正され、有価証券や受益証券、集団投資スキームをデジタル化して金融機関で取り扱うことができるようになり、「これこそ、私の思いを実現できるツールかもしれない」と考えた。
だが、証券会社だけの力では絶対に実現できないことなので、いろいろな方と話をする中で、2年半前くらいに(映画製作のノウハウを持つ)クロスメディアの佐倉社長と出会い、話を進めた。また当局とも1年半くらい対話を続け、ようやく実現した。
──「思い」や「共感」を形にするとはいえ、投資商品なのでパフォーマンスは重要。興行成績として30億円をクリアしないと収益があがらないと報じられているが、収益予想はどのようになっているのか。
当然、運用のパフォーマンスは非常に重要だ。過去の映画作品を何作も研究した。今回、映画製作委員会として集める資金は12億円規模で、これは「大作」と言われる範疇。大作映画の興行成績を過去10年ぐらい全部見たうえで、それなりのパフォーマンスは出せるのではないかと判断した。
ただし、この10年間の例を見ても、興行成績の良いものはそれこそ数倍になり、良くないものは元本割れもある。なので、想定パフォーマンスは資料にはあえて記載していない。
人生に彩りを添えるサービス
──販売先は主に個人投資家とのことだが、海外の投資家も購入可能なのか。
フィリップ証券は、日本だけで仕事をしているわけではなく、アジアを中心に世界中で仕事をしている。日本にある良いものを海外の方にもわかっていただき、リスクマネーを海外から持ってくることは、私たちのミッションと考えている。今回の商品は、法人であれば海外の投資家も購入でき、すでに非常に興味を持ち、ぜひ投資したいという投資家も現れている。
──この先、エンタメ分野でのセキュリティ・トークン化の予定はあるのか。
分野を限定して、ここだけをずっと追求していくという考え方ではなく、広い視野で、投資家と事業会社がお互いに双方向で、今までになかったWin-Winの何かができるかもしれないということに対して、どんどん取り組んでいきたい。ただ実は映画では2作目、3作目みたいな話は進んでいる。この座組みで継続していろいろなことに取り組み、フィリップ証券という会社が投資家の皆様から見たときに、他とはちょっと違った形で、人生に彩りを添えるみたいなサービスを継続して提供できるように取り組んでいきたい。
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昨年度、大きく市場が拡大したセキュリティ・トークン。記事で伝えたように、不動産STが大部分を占め、投資リターンは3〜5%となっている。
一方、今回登場した映画製作委員会への投資は、その予測パフォーマンスが記載されていないように、大きなリターンを期待できるが、興行成績が振るわない場合は元本割れもあり得る。
セキュリティ・トークン市場から見れば、従来のものよりもハイリスク・ハイリターンな商品が登場したことになるが、投資対象の多様化、ST市場の多様化が進んだと言える。
エンドロールに名前を載せるかどうか、悩みどころだ。
|取材・文・写真:増田隆幸
|トップ画像:リリースより
※編集部より:一部敬称略。また本文を追記し、更新しました。