アジアで始まった巨大送金ネットワーク構想──タイ最大財閥、セブン銀行をバックに開発加速【創業者・インタビュー】

銀行口座を持たない人でも、国際送金を可能にするネットワークの開発が、東南アジアで始まった。タイ・バンコクに拠点を構えるスタートアップが、ブロックチェーンを活用して進めるプロジェクトだが、同国最大の財閥グループや、日本のセブン銀行がその後ろ盾を担い、今後さらに各国の大手企業や政府機関との連携を模索していく。共同創業者が取材に応じた。

スタートアップの名前はライトネット(Lightnet)。2018年11月に二人の起業家が中心となって設立された。一人は、タイ最大財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループを率いるタニン・チャラワノン上級会長の甥にあたるチャチャワン・チャラワノン氏。

もう一人の創業者は、Tridbodi Arunanondchai氏で、通称「ビーム(Beam)」と呼ばれる、現在40歳の起業家。同じく、CPグループの経営幹部と親戚関係にある人物だ。米スタンフォード大学でMBAを取得した後、コンサルティングのマッキンゼー(香港)やHSBCの投資銀行部門(ロンドン)、AIG Private Equity(バンコク)に勤務してきた。現在は、タイのホテルチェーンを運営する企業経営にも携わっている。

財閥CPグループが固めるアジア・ネットワーク

タイ・バンコクのCPタワーにあるCPグループ本社(Shutterstock)

CPグループは、農業と食品をコア事業におきながら、金融や通信事業も展開するタイ最大のコングロマリット。2014年に伊藤忠商事と資本業務提携を結び、その存在を日本国内に知らしめた。タイでは1万1000店を超えるセブン-イレブンを運営し、中国4大保険会社の一つ、中国平安保険(Ping An Insurance)の大株主でもある。

ライトネットは、CPの資金力と、中国、日本、東南アジアをつなぐビジネスネットワークを活用しながら、年内にアジアの大手企業や政府機関との関係を深めていくと、来日していたArunanondchai氏(以下ビーム氏)がCoinDesk Japanの取材で語った。

「ある時点までに、100を超える企業と連携することが理想だ。タイを中心とした東南アジア諸国には、銀行のサービスを受けられない移民労働者が多く存在する。送金ネットワークを作り上げることは、国にとっても、その国の多くの人たちにとっても有益だ」と、ビーム氏は言う。

セブン銀行の出資とアジアのセブン-イレブン網

タイ・バンコクにあるセブン-イレブン(Shutterstock)

連携強化の一環として、セブン銀行によるライトネットへの出資は大きな一歩となった。ライトネットは1月10日、3120万ドル(約34億円)の資金をシリーズAラウンドで調達したと発表。セブン銀行や、シンガポールを拠点とするユナイテッド・オーバーシーズ銀行(UOB)のベンチャーキャピタル、台湾の統一企業股份(Uni-President Enterprises)傘下の投資会社、ブロックチェーンをコア投資領域に置く香港のハッシュキーキャピタル(HashKey Capital)などが、出資者リストに名を連ねた。

東南アジアにおいて、預金などの銀行サービスを受けられない個人(UnderbankedまたはUnbankedと呼ばれる)の多くは、コンビニエンス・ストアでの現金支払いに依存していると、ビーム氏は言う。「セブン-イレブンを含むアジアの現金の出入りポイントを、ライトネットが開発するブロックチェーンを基盤とするネットワーク上で繋げることが、ライトネットのゴールだ」と、ビーム氏は続ける。

コンビニの「セブン-イレブン」は、世界に約6万8000店舗ある。そのうち、日本には約2万1000店が存在し、最も多い。タイの約1万1000店は2番目に多く、アメリカと韓国では、それぞれ約9500店舗が運営されている。台湾には約5400店舗、中国本土には約2900店。フィリピンの店舗数は約2600だ。

CPがタイのセブン-イレブンを運営するのに対して、今回のライトネットの調達ラウンドに加わった台湾の統一企業は、台湾とフィリピン、上海におけるセブン-イレブンの運営権を米セブン-イレブンから取得している。

ライトネットの開発部隊と2020年中のテスト送金

ライトネットの共同創業者、Tridbodi Arunanondchai氏。通称「ビーム(Beam)」(写真:ライトネット提供)

ライトネットが設立されたのは2018年11月。タイ最大の財閥グループとの太いパイプを持つ創業者に加えて、ステラ(Stellar)・ブロックチェーンネットワークを開発するインターステラ(Interstellar)がパートナーとして参画した。

現在、ライトネットのバンコクオフィスには、エンジニアを中心とする70名を超えるスタッフが開発を進める。ベトナム、中国、シンガポールにも人員を配置した。

ライトネットは、3つのソリューションの開発を進めている。1つは、「ブリッジネット(Bridgenet)」と名づけられたもの。ライトネットのネットワークに参加する送金・決済サービス会社(MTO=Money Transfer Operators)や、ウォレット、銀行などを結び、ウォレットから他のウォレットへ、または銀行口座から他の口座などへのお金の流れをより円滑にするというもの。

二つ目の「リキッドネット(Liquidnet)」は、差金決済(ネット決済)を可能にするソリューションで、余分な決済を最小限に抑えることで、送金・決済サービス企業の決済コストを軽減させるというもの。

そして、「スマートネット(Smartnet)」は、ブリッジネットとリキッドネットを基盤に、B-to-B向けの貿易金融サービスや、エスクロー(第三者を仲介させて取引の安全を担保する預託のこと)、為替関連サービスを提供する。

スティーブ・ジョブズ、孫正義。愛読書は「三国志」

孫正義氏とスティーブ・ジョブズ氏に影響を受けたと話すビーム氏。愛読書は「三国志」だという。(写真:Shutterstock)

ビーム氏によると、ライトネットは早ければ2020年上半期にも、開発中のネットワークにおいて、MTO間のテスト送金を行う予定だ。

セブン銀行が持つ25000台を超えるATMと、東南アジアのキャッシュの出入りポイントをつなぐことで、多くの顧客企業に対して相互運用性を整えていく。また、送金を目的にセブン銀行を利用するユーザーにとっても、ライトネットのネットワークは、国際送金のバックエンドとしての役割を果たすことができるだろう(ビーム氏)。

ライトネットは、アメリカや中国、日本の技術者を含めた質の高い人的リソースをさらに獲得していく。また、アジアの国際送金ネットワークという大規模なプロジェクトを進める上で、日本、中国、韓国の企業との連携は不可欠だと、ビーム氏は強調した。

孫正義氏とスティーブ・ジョブズ氏に影響を受けたと話すビーム氏。愛読書は「三国志」だという。チャチャワン氏とビーム氏の2トップが率いるライトネットの挑戦は、始まったばかりだ。

インタビュー・文:佐藤茂