中央銀行がリテール型デジタル通貨を発行すべき4つの理由

中央銀行がリテール型デジタル通貨を発行すべき4つの理由

アジット・トリパス(Ajit Tripath)氏は起業家で、「Breaking Banks Europe Podcast」のホストの1人。これまでに、コンセンシス(ConsenSys)でフィンテック・パートナーを務め、PwCのイギリス・ブロックチェーン・プラクティス(UK Blockchain Practice)を共同で立ち上げてきた。

中央銀行デジタル通貨の2つの種類

2月下旬、新型コロナウイルスの感染が広がる前、世界の関心は1月のダボス会議で世界を救おうとするビリオネアたちに向けられていた。

今年のダボス会議では、人工知能、気候変動、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の3つが焦点となった。そして新型コロナウイルスの感染拡大以降、我々が紙幣というものがどれほど危険になり得るかを認識する一方、CBDCはさらに注目の的となった。

ソーシャルメディアでの議論の多くは、CBDCにはブロックチェーンが必要か否かに集中しているが、ほとんどの中央銀行にとってそれは二の次だ。

イングランド銀行(Bank of England)が最近、その審議文書で強調した通り、CBDCの設計は経済的、技術的、政策的な多くの決定を伴う。

その中で重要なことは「誰がCBDCを使うのか」だ。そのためにはまず、CBDCとは何か、お金の他の形態とはどのように異なるのかを理解しなければならない。

CBDCには主に2つの種類がある。

1つは、ホールセール型CBDC。金融機関が利用するためのデジタル通貨だ。

2つ目はリテール型CBDCで個人、家計、企業が利用する。

ホールセール型CBDCは金融市場や通貨政策の観点からはより有用で、リテール型CBDCはより複雑で興味深いものだ。

リテール型CBDCは、一般大衆が中央銀行発行のリスクの無いお金を利用し続けることを確実にし得る。これは将来、現金利用が減り、民間企業が発行した新しい形態のお金が支払いにおいて広く使われるようになった時に特に重要だ。

CBDCは中央銀行の負債

アメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)が、デジタルドルの発行を決定したと仮定しよう。デジタルドルはFRBの負債に計上される。

つまり、あなたが1デジタルドル(CBDC)をウォレットの中に持っているとしたら、FRBはあなたに1ドルを借りていることになる。その意味でリテール型CBDCは、中央銀行が発行した紙幣と同じように機能する。

誰かから盗んできたわけではなく、あなたのウォレットの中にあれば、それは100%あなたのお金であり、アメリカ政府はあなたにそのお金を借りていることになる。

リテール型CBDCは、紙幣と同じように機能する。上記の例で、もしFRBがまだドル紙幣を発行している場合、あなたはFRBにデジタルドルをドル紙幣と交換することを要求できる。

対照的に、あなたが取引所の口座にテザー(USDT)やトゥルーUSD(TUSD)といったステーブルコイン(法定通貨などに連動する暗号資産)を保有している場合、FRBはあなたに何の負債も負っていない。万一、それらのテザーがすべて詐欺で、突然騙されていることがわかったとしても、それはあなたの責任で、アメリカ政府に責任はない。

今、あなたの銀行口座にあるお金もCBDCではない。それは銀行があなたから借りている数字に過ぎない。そして、銀行が破綻した場合、あなたが取り戻せるのは、連邦預金保険公社(FDIC)の保証最大金額までだ。

ペイパル(PayPal)のウォレットの中にあるお金もCBDCではない。あなたが送金ボタンを押し、ペイパルがその金額を先方に送ることを拒否した場合、あなたは規制当局に異議を申し立てることはできる。だがアメリカ政府は、そのお金をあなたから借りているわけではない。

つまり、CBDCとは政府があなたから借りているお金のことだ。その延長で考えれば、CBDCは政府だけが発行し、政府だけが供給量を調整できるお金だ。

CBDCを必要とするのは?

世界中の多くの中央銀行はCBDCを設計し、そのテストを行っているが、政策としての有用性と持続性についての判断はまだ下されていない。全般的に、CBDCについての議論は3つのグループに分かれている。

デジタル革命論者は、中国がデジタル人民元を発行しようとしており、現在米ドルを利用している人は皆、即座にデジタル人民元に移行し、偉大なアメリカ帝国はすぐに崩壊すると主張している。しかし、そうした大胆な考えに、論理的な正当性はほとんどない。

CBDC懐疑論者は、お金はすでにデジタルになっていると主張する。彼らは、複数の西洋諸国において、支払いの大半のはベンモ(Venmo)やペイパルなどのモバイルバンキングを通じて行われ、現金利用は急速に減少していることを指摘する。

中央銀行の台帳で追跡されるデジタルマネーは、ユーザーを監視し、利益はほとんどもたらさない。イングランド銀行の懐疑論者は、消費者がCBDCを直接保有できれば、危機の際にお金を銀行に預けたがらず、銀行、信用、通貨政策は破綻すると主張している。

私のようなCBDC推進論者は、優れた設計のCBDCは発行する中央銀行が通貨・信用政策を実行する能力を高め、金融安定、消費者保護、金融包摂、クロスボーダー決済を推進すると主張する。ここでは、その理由を説明したい。

まず最も基本的なこととして、普通預金口座や電子ウォレットに保管されているお金は、中央銀行の十分な信頼と信用に裏付けられているのでい。したがって信用リスクが伴う(例えば、銀行のお金が尽きてしまう可能性もあるだろう)。

我々のほとんどは、普通預金口座に保有している残高が、銀行破綻時の保証最大額を下回るため、この点は問題にならない。銀行に数百万ドル(数億円)も預けている中小企業や、住宅のように高額な買い物をする場合、銀行が破綻したり、支払い指示に対応するだけの流動性を確保できないリスクは存在する。

つまり、多くの中央銀行が次の10年間でリテール型CBDCを発行する理由は主に4つある。

1. クロスボーダー決済、デジタルアイデンティティ

リブラを主導するフェイスブック(Facebook)の優れた点は、中央銀行とは違って、デジタル通貨はお金をデジタル化することではないことを認識していたことだ。デジタル通貨とは、アイデンティティをデジタル化することだ

これはCBDCにも当てはまる。事実、リテール型CBDCの最大の利点は、首尾一貫した、国家的でグローバルなインターネットベースのデジタルアイデンティティ・インフラの構築を加速することにある。これは、コンセプトとしてのリテール型CBDCが、ピアツーピアの電子マネーとしてのビジョンを具現化しようというものだ。

今まで、このような議論はあっただろうか?例をあげてみよう。

多くのOECD諸国における国内リテール決済は無料だが、クロスボーダー決済は依然として消費者にとって苦痛、コスト、遅延が潜む危険地帯だ。仮にイギリスに住む私がインドに住む母親に送金する場合、母親はイギリスにおけるデジタルアイデンティティを持っておらず、私はインドにおけるデジタルアイデンティティが存在しない。

そのため、イギリスにある私の銀行は、私が送金したことを認証し、母親の銀行は彼女が送金の宛先であることを認証する。双方の銀行が私も母親も悪人ではないことを認証するのだ。

その後、双方の銀行は金額の照合を行い、その後、ようやく為替の手数料を差し引いて、残額を私の母親に送金する。

もし、この銀行がインドの首都デリーではなく、ガーナの田舎にあったとしたら、こうした銀行のリレーにおそらくもう2つほどの銀行が加わり、遅延と面倒は4倍になる。

こうしたクロスボーダー決済のプロセスは消費者にとって苦痛なものだけでなく、世界的なアンチマネーロンダリング規制(AML)を無力で、法的強制力のないものにもしてしまう。

そうではなく、もしもイングランド銀行とインド準備銀行がそれぞれのデジタル通貨と、付随するデジタルIDインフラに共通のデータ標準を利用していれば、小切手は完全に自動化され、照合は必要なくなり、国境を超えたインターネットベースの決済は即座に実行される。加えて、面倒はなくなり、信頼できて、無料になる。

2. 金融包摂

商業銀行とは異なり、中央銀行は公共事業のようなものだ。お金を印刷して、ビリオネアを救う中央銀行があるかもしれないが、お金を儲けるために存在している中央銀行はない。したがって一般的に、中央銀行は個人顧客に直接口座を提供する理由はほとんどない。

しかし、銀行があまり強力ではなく、ほとんどの人が多くのお金を持たないカンボジアのような国では、フィンテック企業と連携した中央銀行が、数百万人に堅牢で高速な電子決済システムへのアクセスを提供することができる。

これこそ、武宮誠氏と同氏の企業ソラミツがカンボジア中央銀行とのプロジェクト「バコン(Bakong)」で成し遂げたことだ。

さらに、スウェーデン、アメリカ、イギリスのような先進国でさえも、商業銀行が採算性を保ちながら、サービスを提供する対象にはならない貧しい人たちが数千人もいる。そうした多くの消費者はまた、モバイルのみのサービスを利用するために必要な技術的、経済的な力を持たない。

アメリカのような比較的豊かな国の真ん中には、バコンのような中央銀行デジタル通貨を望む「見えないカンボジア」が存在している。

3. 金融安定性

すべてのお金は負債と考えてみてほしい(フェイスブックのリブラを例に説明しよう)。

あなたが私に10リブラを支払ったとしたら、フェイスブック(厳密にはリブラ協会)は私に以前よりも10リブラ多くお金を借りていることになり、あなたには以前より10リブラ少ないお金を借りていることになる。そして、あなたの私に対する負債は以前よりも10リブラ少なくなる。

その意味で、あなたから私への支払いは、あなたからフェイスブックへの負債の移転といえる。この負債がお金になるためには、私がフェイスブックに要求した際、フェイスブックがその通りに履行してくれることを私が確信している必要がある。

仮に私がフェイスブックを信頼していない場合、私はあなたからの支払いを受け取らない。そして、10リブラは私にとっては価値がないものになる。誰もフェイスブックを信頼しなければ、世界中のすべてのリブラは価値がないものになる。これは残念ながら、思っているよりも現実的なシナリオだ。

銀行が債務を履行する能力に対して信頼をなくした時、人はすぐに預金を引き出そうとする。これは「取り付け騒ぎ」と呼ばれる。

今回の新型コロナウイルス危機を考えると、銀行がヘッジファンドや企業を信頼せず、そのために手形市場などで互いの義務を信頼しなくなった。そして、FRBが8500億ドル(約91兆円)を救済策として供給することになった。だからこそ、金融業界では信頼がよく議論される。

金融安定性とは、金融システムが不安定になり、消費者に経済的苦境を与えることを防ぐことだ。

現金や準備金とは異なり、リテール型中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、中央銀行がビリオネアや銀行にとってではなく、家計や小規模事業者にとって、貸し手として最後の頼みの綱となることを可能にする。経済危機において、中央銀行が企業でなく、消費者を救済することを可能にする。

これにより、巨大企業が必要以上に借り入れをする必要性は少なくなり、さらには国の債務が減り、金融安定性は向上する。

4. 消費者保護

政府が最も望まないのは、人々がフェイスブックのリブラや、民間企業によって魔法のように発行されたアイオタ(IOTA)のようなインターネットマネーを使うことだ。

第1に、もしあなたが政府のお金に頼らなければ、政府はあなたに対して、フェイスブックよりもずっと小さな影響力しか持たないことになる。

第2に、あなたが魔法のようなインターネットマネーやリブラを使った場合、あなたがそれを利用する際に必要な鍵を紛失したり、アイオタの創業者たちが突然、サービスを中止した時に、政府はあなたがどのような投票行動をとるのかを心配しなければならない。

リテール型CBDCは、安定したインターネットベースの国内決済システムを提供することで、これらのリスクを軽減することができる。消費者向けの広範な用途の例としては、ゲーム、オンラインコンテンツへの支払い、電子決済、デバイス間の少額決済などがあげられる。

まとめると、グローバル標準に基づいた中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、ビットコインが目指している「価値のインターネット」を実現できる。インターネットは、お金のためのネイティブプロトコルがなくても、世界のGDPに何兆ドルもの価値を追加した。

価値のインターネットが何をもたらすのか、想像してみてほしい。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:イングランド銀行(Wikimedia Commons)
原文:4 Reasons Central Banks Should Launch Retail Digital Currencies

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