平成の仮想通貨史㊦バブルは弾けた。令和に残された資産と課題

平成の仮想通貨史㊦バブルは弾けた。令和に残された資産と課題

ビットコイン2.0と呼ばれるコインが生まれ、産業界でもブロックチェーン技術の応用が模索され始めた。平成29年(2017年)以降はバブルの形成と崩壊とともに、技術に対する過度の期待がしぼむ時期である。社会に対する影響が大きくなり、政府も規制に本腰を入れた。ブロックチェーンゲームなど実需の模索が広がる一方、技術的には成熟の途上にある──

平成の仮想通貨史㊤20年の試行錯誤経て産声げたビットコイン

平成の仮想通貨㊥ビットコイン2.0競争を勝ち抜いたイーサリアム

過度な期待が生んだバブル

多数の被害者を出したMt.Gox(マウントゴックス)事件などを契機として法整備の必要性が認識され、日本では平成29年(2017年)4月に改正資金決済法が施行された。仮想通貨を法的に定義し、仮想通貨交換業者を登録制にしたことは、ビジネスの枠組みを規定することになった。平成29年は、日本における「仮想通貨元年」と言っても過言ではない。

グレーだったものが明確になると、仮想通貨への資金流入も進んだ。 平成29年(2017年)12月、ビットコイン価格は220万円を超えた。同年1月は12万円だったビットコインの価値は、1年で18倍に膨らんだ。

今から振り返れば、それはビットコインやブロックチェーン技術への過度の期待が生み出したバブルだった。産業への応用例がイメージとして一人歩きした。ビットコイン投資が株や不動産への投資と同等のもの、あるいはそれ以上の「儲かる投資」と見られ、相場が過熱した。投機は投機を産み、何も生み出していないアルトコインでさえも価格が高騰した。ICOでは誇大広告が横行し、詐欺のような案件もあった。それでも資金が集まった。

コインチェック事件が明らかにしたこと

過度の期待は、しぼむのも早い。

平成30年(2018年)1月に起きたコインチェック事件は記憶に新しいだろう。ホットウォレット(編注:インターネットに接続されているウォレット。接続されていないウォレットに比べてセキュリティーが甘い)で管理されていたNEMがハッキング被害に遭い、時価総額580億円分の仮想通貨が盗まれた事件は、仮想通貨交換業者のずさんな管理体制を浮き彫りにした。

金融庁は規制の色を強め、その他の交換業者も含めて立入検査を断行。仮想通貨バブルは突如はじけ、ビットコインの価格は2018年2月頭には60万円にまで落ち込んだ。

自力再建は不可能だと判断したコインチェックは平成30年(2018年)4月、マネックスグループの傘下に入ることを選択した。

仮想通貨バブルの全てを悪と断ずることもできない。さらなる成長には、淘汰が必要なプロセスだからだ。

この10年で、仮想通貨を起点にした産業も育っていることも、記しておきたい。平成29年(2017年)に創業した仮想通貨取引所バイナンスは、翌年には世界最速でユニコーン企業になった。中国マイニング大手のビットメインは、一時、時価総額1.5兆円にもなった。

ブロックチェーン技術に関心を示す企業も増え、多くのスタートアップ企業が生まれた。クリプトキティなどのブロックチェーンゲームも登場し、今後の展開が注目される。

仮想通貨から暗号資産へ

平成が終わろうとする2019年も、仮想通貨を巡るニュースは日々更新され続けている。

コインチェックはガバナンスの正常化への取り組みが認められ、平成31年(2019年)1月に仮想通貨交換業者として金融庁の登録を受けた。

日本政府は平成31年(2019年)3月、仮想通貨の呼称を暗号資産へと変えることを含む資金決済法や金融商品取引法の改正案を閣議決定した。仮想通貨ビジネスにおける、顧客保護の姿勢を一層明確にした。令和2年(2020年)6月までの施行を見通している。

令和に持ち越した課題は少なくない。中でも早期の解決が求められているのが、 トランザクションの急増にともなうスケーラビリティや手数料の問題だ。現在、レイヤー2と呼ばれる、オフチェーン技術を用いたトラストレスな解決法が模索されている。たとえばビットコインならライトニングネットワーク、イーサリアムならプラズマやジェネラライズド・ステートチャネルがある。

ブロックチェーン技術が成熟し、期待に見合うだけの技術基盤となれるかどうか、そしてまた、法整備のもとでビジネスがどう展開されていくか、CoinDesk Japan編集部として追い続けていきたい。

文:小西雄志
編集:浦上早苗
写真:Shutterstock

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