【独占】JPモルガン・ブロックチェーン統括:米国最大の銀行が2020年以降に強めるテクノロジーとは

ニューヨークに本社を構え、200年以上の歴史を持つ世界最大級の銀行、JPモルガン・チェース。年間約110億ドル(約1兆3,000億円)以上を人工知能(AI)、機械学習、データサイエンスなどのテクノロジー関連に費やし、ブロックチェーンをも自ら開発する金融界の牽引役だ。

その米国最大の銀行でブロックチェーンのプロジェクトを統括するのは、パキスタンで生まれ育ち、18歳でアメリカに渡ったウマル・ファルーク(Umar Farooq)、44歳。

エンジニアになるという幼い頃からの夢を抱いて渡米し、アメリカのトップスクールでエンジニアリング、経済学、法律を学んだウマルは、米西海岸のテクノロジー企業からのオファーを断り、東海岸で金融の道を歩んできた。

銀行はいまだかつてない勢いであらゆるテクノロジーを吸収し、次世代に備えた新しい銀行の姿にトランスフォームしようとしている。テクノロジーの対極に位置する金融で働くウマルにとって、JPモルガンはむしろ自身の夢を叶える企業なのかもしれない。

AI、機械学習、データサイエンス、ブロックチェーン、量子コンピューティング……2020年以降、世界のビッグバンクは破壊的なテクノロジーを駆使して自らをどう変えていくのか?来日したウマルはCoinDesk Japanのインタビューで、次の10年間の銀行の姿を語った。


JPモルガンはすでにテック企業を超えた

年間1兆3,000億円をテクノロジーに費やすJPモルガンは、すでに多くのテクノロジー企業よりも大きな存在となった。(写真:Shutterstock)

──2008年の金融危機を機に、世界の銀行の多くは大きく変化した。仮想通貨のビットコインが生まれ、テクノロジー企業は金融サービスを始める動きを活発化させた。銀行にとって、次の10年を言い表すとしたら?

ウマル:次の10年を考えるとき、テクノロジーがより重要であることは間違いない。リテールバンキング(個人向け金融サービス)やホールセール(企業向け)のあらゆる銀行業務で、テクノロジーをどう活用できるかをさらに見ていく必要がある。

JPモルガンは年間110億ドル以上をテクノロジーに費やし、約5万人がJPモルガンのテクノロジー部門で働いている。この投資額はこれからさらに増えていくだろう。この数値を基に考えると、JPモルガンはすでに多くのテクノロジー企業よりも大きな存在だ。

それでも、JPモルガンは銀行であり続ける。テクノロジーが顧客ニーズに応える銀行になるだろうと考えている。

機械学習、データが最も重要

──これからの銀行にとって、最も重要なテクノロジーとは?

ウマル:ランクづけするとしたら、マシンラーニング(機械学習)とデータサイエンスは間違いなく変革を起こす技術となる。

次いで、ブロックチェーンなどの比較的新しい技術はインパクトを与える可能性はある。しかし、どれほどの影響を与えるかは現段階で明らかではない。

機械学習とデータサイエンスはより高い価値を生み、銀行はそれらを顧客に提供できる。機械学習とデータの両方のインフラに対する投資はさらに必要になってくる。

例えば、「我が社のキャッシュフローの予測の仕方を教えてほしい」と銀行に相談を持ちかける企業は多い。銀行が本質的な価値を顧客に提供するには、データという資産をフル活用することが重要だ。JPモルガンでは数百人規模のデータサイエンティストが働いている。

ブロックチェーンのインパクト

「(銀行にとって)マシンラーニング(機械学習)とデータサイエンスは間違いなく変革を起こす技術となる」(ウマル・ファルーク)

──JPモルガンが積極的にブロックチェーン開発を進める背景とは?

ウマル:特に変わった話ではない。ブロックチェーンに限らず、我々は常に新しいテクノロジーを積極的に見ている。例えば、IBMと共同で量子コンピューティングに関する取り組みを始めた。カーネギーメロン大学の専門家が進めるAIのリサーチラボにも参画している。

全てのテクノロジーを調べ上げ、それらにどう投資するべきかを考察している。

5年前またはそれ以前になるだろうか、イーサリアムが注目を集め始めた頃、我々はその基盤となるテクノロジーを調べることを始めた。その頃、この技術がやがて大きなインパクトを与えると期待され、我々はさらにこの技術の調査を進めていった。分散台帳技術がどう我々のビジネスに役立つのかを。

──ブロックチェーンが最も有効に利用される銀行業務のエリアとは?

ウマル:この技術がもたらす企業向け、大口銀行業務(ホールセール・バンキング)へのインパクトは、おそらく個人向け(リテール・バンキング)に対してよりも早く見られるだろうと考えている。

純粋なリテール・バンキングにおいては、膨大な取引を処理する能力や速さなど、求められる条件が多い。マススケールでこれらのニーズに応えられるブロックチェーン技術は多くないはずだ。

もちろん、ビットコインやイーサリアムなどにおいては有効だろうが、銀行が処理するリテールバンキングにおける取引ボリュームは桁外れだ。おそらく、(ブロックチェーンが)インパクトを与えるのはホールセールにおいてだろうと考えている。

マイクロソフトと提携した理由

「JPモルガンにとって、クオーラム・ブロックチェーンを次のレベルに上げるにふさわしいパートナーがマイクロソフト」(ウマル・ファルーク)(写真:Shutterstock)

──JPモルガンはブロックチェーンの取り組みでマイクロソフトと提携を結んだ。その理由は?

ウマル:我々が開発したブロックチェーンのクオーラム(Quorum)を、次のレベルに上げるためのふさわしいパートナーを模索していた。JPモルガンはユニークな位置にいる。本来、テクノロジープラットフォームなどをつくることをしない銀行が、ブロックチェーンを開発したのだ。

クオーラムの開発は成功した。同時にこのブロックチェーンに関するサポートを多く求められようになった。テクノロジーサポートを主に行うビジネスモデルを有しない我々にとって、マイクロソフトとの提携は大きな意味を持つ。

クオーラムを、マイクロソフト・アジュール(Microsoft Azure)のブロックチェーンサービスが提供するツールと組み合わせれば、ユーザーはブロックチェーン技術を使ったアプリケーションを容易に構築できるようになるだろう。

我々はイーサリアム(Ethereum)ネットワークを高く評価している。マイクロソフトも我々と似た考えを持っているだろう。クオーラムとアジュールが組み合わされれば、より強固なプラットフォームが生まれるだろうと考えている。


最も尊敬する人物はと尋ねると、迷うことなく発明家のトーマス・エジソンと、ウマルは答える。多くの発明や技術革新の創造は、エジソンが成し遂げたように、あらゆる方法での研究と挑戦を続けてきた者が可能にする。

「懸命に働き続け、挑戦を諦めなかったエジソンは、私が選ぶ生き方のモデルになっているのかもしれない」とウマルは話した。(敬称略)

ウマル・ファルーク:現在、トレジャリー・サービス部門のデジタルチャネル、アナリティクス、イノベーション統括およびコーポレート&インベストメントバンク(CIB)部門のブロックチェーン・プロジェクト統括責任者。JPモルガンに入社する2009年以前は、個人向け金融サービと大型機械や航空機などのリース事業を手がける米CITグループに所属。マサチューセッツ工科大学でコンピューターサイエンスと経済学で学士号を、コンピューターエンジニアリングで工学修士号を取得。イェール・ロースクールでは法学博士号を取得した。3児の父。

インタビュー・文:佐藤茂
編集:浦上早苗
写真:多田圭佑